Ep.1-R Back To Basics 3


 ……そろそろ、僕個人の話をしようと思う。独立演算型情報質量体じゃなくて、僕の話だ。

 僕は、君の父親の手によってこの世界に顕現した。

 それでも、僕が顕現する前の情報を知りえているのは、僕――悪魔/独立演算型情報質量体の本質が、情報そのものだからだ。

 世界の本質を情報の塊、マトリクスの流れとして捉えて、それを辿ることが出来る。この性質を使って、僕は君の仇――髑髏面の機体達の居場所を探ることが出来てもいたんだ。

 ……あの夜の話をしよう。

 僕はすっかりと顕現の準備を済ませられていた。後必要なのは、呼び水となる情報質量の焼失――つまり、生贄だけ。そういう状況になっていた。

 その時、お嬢さんレディ、君は父親に殺されて、情報質量として燃焼――生贄に捧げられる筈だった。

 そのために君の父親が用意していたのが、あのナイフだ。そう、君が、仇に突き立てていたナイフだよ。

 ……君はアレで刺し殺される筈だったんだ。

 でも、そうはならなかった。君が殺される前に、彼等がやってきたからだ。

 彼等の先制攻撃は、あの家を灼き尽くして、同時に君の父親を殺害した。

 その、君の父親の死が、僕の呼び水になった。

 そういう意味で見ると、彼等は君を助けたと言えるのかもしれない。彼等が君の父親を殺さなかったら、君は死んでいたんだから。

 ……済まない。少しばかり無神経だったかもしれない。

 僕はそうして、焔の中に生まれ落ちた。君の父親の死を燃料として。

 僕は生まれ落ちた世界を見て、こう思った。

 悍ましい、恐ろしい、醜い、酷い、と。

 お嬢さんレディ、君だって――その事は、僕がそう思ったという事は、理解してくれると思う。

 あの焔の海は、人の破壊行為と、人の悪意が生み出した、地獄の光景だった。

 その、地獄の中で、僕は君を見つけた。

 

 醜く悍ましい火焔の中で、僕は君のことを――美しいと思ったんだ。

 

 まるで、炎の草むらに咲いた一輪の花のように美しいと。この世に生まれ落とされて、初めて美しいものを見たのだと……そう思えたんだ。

 だからこそ、僕は君を守らなければならないと思った。君を失わせてはならないと。

 馬鹿みたいかな……でも、それが本当なんだ。それだけが、僕にっての理由なんだよ。

 でも、片腕を失って座り込んだ君は、見るからに絶望しきっていた。目からは光が失われていて、もう立ち上がることすらも出来そうにないくらいに。

 これじゃあ、僕が無理矢理にあの場所から救い出しても、何にもならない。

 だから、僕は君に向かってこう囁くことにしたんだ。

 理不尽だとは思わないのか――って。

 君に思い出して欲しかった。怒りを。憎しみを。復讐心を。

 そうして、燃え盛るその感情を原動力にして、立ち上がって欲しかった。

 心の痛みを麻痺させる医療麻薬モルヒネとして、復讐を使ったんだ。僕は。君を生かすためなら、取ってもらう手段は復讐じゃなくても良かった。

 いや――それは欺瞞かもしれない。

 僕が君の力になる方法も、それぐらいしか思いつかなかったから。そういうのが、本当のところなのかもしれない。

 僕は君に、生きていてほしかった。そして、君の力になりたかった。

 その結果、君が、君という存在が損なわれるのだとしても。

 なんて自分勝手で、醜い話だ。笑えてくる。この世界そのものより醜いのは、僕自身なんじゃないだろうか。

 ……そうして、僕は姿を変えた。

 それが復讐機ネメシス。君のための力だ。

 だからこそ、君の名前、君の力を使って変質した機体は、君に扱いやすい形をしていたはずだ。

 自在に姿を変える左腕は、君に左腕が存在しなかったからこそ出来たものだ。自分に存在する部位が、自由自在に姿を変えるイメージを持つのは、人間には難しいから。

 ネメシスの力は、現行のギアドールに大きく優越している。僕の情報収集能力と合わせれば、君が君でいられる内に、全ての復讐を果たすことも可能――そうでなくとも、まずはこの場を切り抜けることさえ出来ればいい。

 ……今思うと、なんとも甘い考えだったよ。

 敵は強く、君は頑なだった。

 いや、頑なというのも、違うかもしれない。

 君は、復讐というものに取り憑かれて、それに飲み込まれてしまった。

 君は本当に、復讐の女神ネメシスへと変わっていってしまったようだった。

 怒りと憎しみのまま、暴力を振るう事を楽しむ、復讐の化身。復讐機ネメシスそのものへと。

 でも、それでも、歪んでも尚――君は美しかった。

 だからこそ、僕は無理矢理に君を止められなかったのかもしれない。

 ……それは今も、同じことだ。

 だから、お嬢さんレディ、僕は君のことを止めることが出来ない。

 君が墜ちて、壊れて、損なわれていくのを、最早止めることが出来ない。

 僕に出来るのは、君に追従する事だけだ。君がどんな選択をしても、それを尊重し続ける。君の助けになり続ける。

 その上で、僕は君に聞く。

 君は、まだ続けるのかい?

 君の復讐に、意味はあるのかい?

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