Ep.4-1 Counter Phoenix
Ep.4-1 Counter Phoenix 1
エルフリーデに手渡されたデータメモリには、時刻と場所が入っていた。
この時間に、ここに来い。そういう意図のデータだ。
他に入っていたのは、通信コード。どうやら、エルフリーデは、自分と会話したいらしい――レディはそう考える。
そうでないと困る。殺す前に、きっちりと最後の相手を教えてもらうのだから。連絡手段は用意しておかなくては。
そんなことを考えながら、レディはネメシスを操縦している。
ネメシスは空中を高速で飛翔していた。
空には影が質量を持ったかのような黒雲が連なっており、その内に潜む雷獣が、怨敵を威嚇し唸るかのように雷鼓を鳴らす。
そんな黒い天蓋の下ネメシスが目指すのは、当然エルフリーデから指定された地点だ。
黒焔の外套を纏ったネメシスは、燃え盛る黒い矢となって飛ぶ。ぽつ、ぽつ、と耐えかねたかのように降り出した雨粒も、ネメシスの焔と速度が身に届く前に弾き飛ばし、或いは蒸発させてしまう。
圧倒的な熱量の前に、多少の涙雨がどれほどの足止めになるものか――
「
「そうね悪魔さん」
エルフリーデが指定したのは、森林地帯の中央部だ。
その、鬱蒼と茂る木々の裾野へと、ネメシスは差し掛かっていた。
レディに向かって、悪魔は言う。
「もう、何時攻撃が来てもおかしくないよ。警戒してくれ」
「そこは多分、心配しなくても良いと思う」
「それはどうしてだい?」
「あの人は多分、先に声をかけてくる」
そういうタイプの人間だろう、とレディはエルフリーデを見ていた。
芝居がかっている、とでも言うのだろうか。自己演出が好きなのだろう。
ただし、ただカッコつけているだけ――というわけでもないように、レディには見える。今まで以上に、油断してはかかれない相手だ。
……よく考えると、今まで、相手のことを気にしたことはなかった。
相手の姿を見るのは、ギアドールを破壊して、とどめを刺すその時だけだった。それだけの邂逅では、相手の何が分かるというものだろうか。
だが、別にそれで構わないと思っていた。
髑髏面の機体と、その乗り手は、レディにとっては理不尽な災厄だったからだ。理不尽な災厄に報復する、それだけの戦いだった。
だが、レディにとって理不尽な災厄だったとしても、髑髏面の機体側には相応の理由があるのではないか。
そんな事を、エルフリーデと邂逅してから考えてしまう。
相手も人間であるという、至極当たり前の事実に、今更ながら突き当たってしまう。
そう、普通に考えて、なんの理由もなく、ギアドールを持ち出して、ただの父子家庭に襲撃を仕掛けるなど、有り得ない。
なんらかの理由が有る筈なのだ。
だが――
――どんな理由があっても、私が止まることはない。
そう、レディは心中で独りごちる。
相手にどんな理由があっても、走り出した復讐はもう止まらない。手ずから心臓を貫いた二人の血が、二つの死が、それを後押しする。
レディは、ネメシスは止まらない。
と――
「
『やぁ、よく来てくれたね』
悪魔の声に合わせて空中で静止すると同時、通信が入った。その声は無論、エルフリーデのものだった。
その声を聴くと、レディの脳内に熱が走る。
――敵だ。仇だ。自分が殺すべき相手だ。
――殺さねばならない相手だ。殺してもいい相手だ。
凶暴で野蛮な意思が、レディの喉から言葉を迸らせる。
「お前を、殺しに来たぞ」
にぃ、と自分の口が、牙を剥き出すような笑みの形をとった事が分かる。まるで肉食獣のようだ。
そんなレディに対して、悪魔は言う。
「周囲に敵機を確認。空中に五機、地上に四機。武装した建造物が複数だ。マークしておくよ、
「やはり、複数で来たのね」
言いながら、レディは悪魔によってマークされた敵機の位置を確認する。空中の敵機はネメシスを取り囲むように存在し、地上の機体や建造物もバラついている。
建造物が何かは分からないが、無視しても構わない。レディが標的としているのは、髑髏面のギアドールだけ。今回の標的は、エルフリーデだけだ。
エルフリーデが駆るのは赤いギアドール、
その姿は、赤い刃を背負った、空戦機体。ならば、空中に居る五機の中のどれかが、エルフリーデの機体である筈だ。
レディの声に対応して、エルフリーデが声をかけてくる。
『済まないね。僕達はか弱いものだから、君みたいなものと一人で対峙するのは恐ろしくてたまらないのさ』
「好きにしたら良い。私は、あなたが殺せるなら、それで構わないから」
そんなレディに対して、エルフリーデは言う。
『おぉ、怖い怖い。ならばこちらも相応の歓迎をさせてもらおうか』
「
瞬間、放火が飛んできた。
飛んできた方向は、下――地上からだった。まるで巨大なヤマアラシが針山を伸ばしているかのような、強烈にして無数の対空放火。
発射しているのはギアドールではなく、地上に複数設置された灰色の塔だ。墓石にも似たそれからは、無数の筒先が覗いている。
あの建造物は、簡易設置が可能なトーチカなのだ。
「ちっ……!」
針山から逃れんとして、レディは高度を上げることを選択する。天へと昇るネメシスを追って、弾丸の列が揺れる。
邪魔では有るが、トーチカを破壊するほどではない。大事なのは、どれが標的なのかを見定めることだ。
その為には――
そう、考えたときだった。
「
「
悪魔の声に従って、モニタを確認する。確かに、ネメシスを囲んだ四機の内、一機だけこちらに向かって突っ込んでくる機体があった。
その速度が、異常だった。
レディが攻撃を受けたミサイル以上の速度――明らかに、音速超過。ギアドールとしては有り得ないレベルの、超々高速である。
「くっ……」
その馬鹿げた速度を認識すると、レディはネメシスの左腕を砲へと変化させる。
――いや、させようとした。
左腕を前に突き出した瞬間、それは来た。
二本のヴェイパーを尾のように引いて、音を置き去りにしながら、それは来た。
「な……!」
『ははははははぁ!』
エルフリーデの笑い声を背景に、ネメシスの左腕が空中を舞う。
やって来たそれは、まるでかまいたちのように、すれ違いざまにネメシスの左腕を切断していったのだ。
「この……ッ!」
レディはネメシスに後方を向けさせる。その視線の先にあったのは、空を舞う赤い物の姿であった。蝶のように華麗でありながら、鷹の鋭さを持って舞うそれは、一見すると刃まで赤い剣のような姿をしていた。
主を持たない剣がひとりでに舞い、敵を斬り刻む。それはまるで、クラシックなホラーのような光景だ。
――いや、違う。
よく見ると、それは剣ではない。
刃と見えたものは突き出た機首、鍔と見えたものは大きな前進翼。
そう、それは、戦闘機だった。
「ギアドールじゃ、ない?」
『いやぁ、それはどうかな』
レディの呟きに、エルフリーデはそう返す。
同時に、赤い戦闘機が空中でその身を割った。
まるで折り紙を開くかのように、割れた戦闘機は姿を変形させていく。剣のように鋭角な戦闘機の姿が、徐々に開かれていく。
そうして出来上がったのは、レディにとっては忘れられない姿だった。
刃のように大きな翼を背中から生やし、全身に赤い鎧……軍用パワードスーツを纏ったかのような、ギアドール。脚部は肥大化しており、胴体部と同じぐらいの大きさをしたランディングギアとブーツの間の子を履いているように見える。
だが、そんな特徴よりも、レディの目に焼き付くものが有る。
それは、ギアドールの頭部だ。あの髑髏面だ。
「
『ディアボルージュだ』
怒りを吐き出すように言ったレディに対して、エルフリーデは涼やかに言う。対応したのは、悪魔だった。
「赤い悪魔を意味する言葉だよ、レディ」
『そして、かつての大戦で生まれた
補足するように、エルフリーデは続けた。
『僕がその
楽しげに言って、エルフリーデはその場で赤いギアドール――ディアボルージュを、一回転させる。
そんな浮かれたさまが、レディの精神を逆撫でする。
――分かっているのか、この女は。
――お前は今から、私に殺されるっていうのに。
――気に入らない。
殺されるのならば、相応の態度を取れ。レディはそう思う。
いや、そうではない。取らないのであれば、取らせるだけだ。ネメシスの――自分の、この手で。
レディはネメシスの左腕――肘から先を斬り落とされたそれを前方に突き出す。すると、切断部からまるで鋼の蔓が伸びるようにして、左腕を再生する。
そんな、異形の復元を見て、エルフリーデは言う。
『いやぁ、データで見てはいたけれど、凄いものだなぁ、君は』
「その凄いもので、殺してあげる」
『おお、怖い怖い。さぁ、舞台は整った。主演は君だ、いい演技を期待するよ』
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