Ep.4-1 Counter Phoenix 2


『死ねぇッ!』

 少女の声と共に、ネメシスがディアボルージュに向かって突っ込んでくる。人型で有りながら、亜音速に達する高速だ。

 ――人型なら、僕よりも向こうのほうが早いか!

 避けるか、受けるか。左腕を刃へと変じたネメシスを前にして、エルフリーデは防御を選択する。

 両腕を回転させて、エクステンション・アーマーの背から取り外した前進翼をディアボルージュの両腕に持たせる。ディアボルージュの翼は、同時に高周波振動ブレードでも有る。すれ違いざまに、ネメシスの左腕を切り飛ばしたのも、この斬撃翼だ。

 両腕に斬撃翼を持って、二本でディアボルージュの左腕を受ける。刃と刃がぶつかって、空中で火の粉を散らす。

 さぁ、一時的に受け止めはした。しかし、向こうはまだ右腕を残している。それ以前に、両腕と片腕なのに、徐々に圧力に押されてすらいる。

 このままでは打ち負ける。

 故に――

「ディアボルージュ、オーバーシフト!」

 エルフリーデは声を上げる。オーバーシフトは、ギアドールが纏うエクステンション・アーマーの、特殊性を発揮させる符丁コードだ。

 エルフリーデの発声に合わせて、ディアボルージュはまるでパーカーを脱ぐかのような早さでその姿を変える。

 エクステンション・アーマーが駆動して展開、機体を覆い、ディアボルージュ人型から戦闘機型へと変形する。

 情報焼失機関を用いた推進力によって、ディアボルージュの推力重量比は一を越えている。つまり、形状に関係なく飛行することは出来る。

 だが、当然のことながら、飛行に適した形状をしている方が、より効率よく速度が出せる。

 音速の壁を超える場合、自らが発生させる衝撃波ソニックブームを避ける必要もある。その為には、機首部が鋭角な戦闘機型へと変形する必要がある。

 仮に衝撃波ソニックブームを受けてもびくともしない頑丈さが有るのならば人型のままでも超音速飛行が可能なのだが、それは無理というものだ。

 故に、空戦機としてのギアドールを目指したディアボルージュは、必然的に戦闘機型への変形機構が必要とされた。

 とは言え、共通フレームを維持する必要がある以上、フレームに可変機構を持たせることは出来ない。

 その問題を、ディアボルージュは、変形機構を全てエクステンション・アーマーへと逃がすことで解決した。

 エクステンション・アーマーを他のスカル・フレームが装備しているものに比べても大型化し、フレームを完全に覆ってしまうように変形する。フレームを芯として使用するという思想のオーバーシフトで、共通フレームのまま戦闘機型への変形を持たせているのが、ディアボルージュというギアドールなのだ。

 変形/刃と機体が移動して、鍔迫り合いが解除される。

 空を切るネメシスの左腕/ディアボルージュ推進機噴射。

「さぁ、諸君、今だ!」

『一番機了解』『二番機了解』『三番機了解』『四番機了解』

 瞬間的に速度を得て、ディアボルージュはネメシスと距離を取る。同時に、別のものがネメシスの元へと殺到する。

 四方八方から襲いかかるそれは、ミサイルだ。周囲にエルフリーデが展開させた航空機が、ミサイルを発射したのだ。

 数は合計で四つ。

『あぁぁぁ!』

 ピラニアのように獲物に殺到するミサイルを確認すると、少女は咆哮して、ネメシスに纏わせた黒焔の外套を大きく広げる。

 そうして、その場で回転。まるでマントを振り回すように、黒焔を周囲へと振るう。

 振り回された外套が火の粉を散らす/全てのミサイルが迎撃されて、爆発。

 耳をつんざく轟音と共に、四つの華が空に咲く。

 それを見て、エルフリーデは舌打ちをした。

「やはり、ミサイルは通用しないか……これは難儀だなぁ」

 言って、ディアボルージュの高度を上げる。

 ミサイルが通用しないであろうことは、イアン――漆黒のギアドールスピードキングからの情報で分かっていた。

 イアンは刃物によって殺害されていたが、スピードキングは――正確には、その電子的中枢部は綺麗に残されていた。青白いギアドールペイルムーンもまた同様だ。

 回収した中枢部から得た情報は、エルフリーデが今回の作戦を立てる際に大きな指針となった。

 重要な情報だったのも事実であるし、彼等の死を無駄にしたくないという思いがエルフリーデにあったのも、また事実だった。

 スピードキング戦において、戦闘機によるミサイル攻撃は完全に防がれている。故に、これは決定打にならない。

 だが、無意味というわけではない。エルフリーデはそう考えて、ディアボルージュを上昇させる。

「十分だな」

 目標高度に到達/推力で機体をひっくり返す。

 機首の上下が反転。まるで剣を地に向けたかのような格好だ。

 機首の先=エルフリーデの視線の先に存在するのは、ネメシスの姿だ。ミサイルの対処で、ディアボルージュの姿を見失っている。黒い焔も、上には向いていない。

 さぁ、行くなら今だ。

「これで落ちてくれるなら楽なんだけどね――っと!」

 急降下/エクステンション・アーマーからガトリングキャノンを展開/砲撃。

 標的を食い千切る、鋼の爪牙が火を噴いた。

『上だ! お嬢さんレディ!』

『なっ……!』

 悪魔と少女の声がする。驚愕に染まった声と同時に、ネメシスが首を上に向ける。その顔面に弾丸は降り注いだ。

 エルフリーデは弾丸を撃ちながら、降下。衝突寸前でディアボルージュを操作して、軌道変更/衝撃波ソニックブームを叩き付けながらネメシスと交錯。

 火薬と重力加速による高速の弾丸。それを無数に食らわせた。本来、装甲など持ち合わせていない空戦機ならそのまま流星と化す筈の攻撃だ。

 だが――

「なんとまぁ……」

 高速で機体を翻らせてつつネメシスの状態を確認して、エルフリーデは呆れざるを得なかった。

 頭部にありったけの弾丸を叩き込んだにも関わらず、頭部が吹き飛ぶどころか首が折れてすらいない。ネメシスが受けたダメージは、甲冑めいた印象の頭部に、傷と凹みが出来ている程度だ。装甲貫通すらしていない

 ――なんて装甲硬度だ。

 銃弾でもミサイルでも、ネメシスを撃ち倒すのは難しい。今までの戦闘データから一応の理解はしていたが、目の当たりにすると怖気が出てくる。

 近代兵器が持つ、常軌を逸した破壊力を物ともしない、正に怪物だ。

 だが――

「怪物狩りこそ、僕等の本懐だ」

 打つ手は有る。そう、エルフリーデは考える。

 スピードキングからの情報、そして自ら確かめた事実。白兵戦ならば、ある程度はダメージを与えることが出来る。

 もっとも、ネメシスと正面から白兵戦を挑むのは、自殺行為に他ならない。大事なのは、ダメージを与えることが出来るという事だ。

 ネメシスは、決して無敵の存在でも不滅の存在でもない。ならば、やりようは有る。

 まずは距離を取る。同時に、地上の仮設トーチカに指示を飛ばす。再度の、対空砲火だ。

 弾丸に襲われながら、ネメシスがこちらに頭を向けてくる。破損した頭部が、ぐにゃりと歪んで戻るのをエルフリーデはディアボルージュのカメラで確認した。

 ネメシスがこちらを狙ってくるのは分かっている。少女の目的は、自分なのだ。仇が見えていないなら兎も角、仇が居るのならそれ以外をわざわざ狙ったりはしない筈だ。

 蒸気ヴェイパーの尾を引きながら、ディアボルージュは暗雲の天蓋に覆われた空を疾走する。音を置き去りにして、衝撃を吐き出しながら。

『逃げるなァ!』

 それを、ネメシスが追ってくる。刃と変じた左腕を振りかざし、黒焔の外套から炎を撒き散らしながら。

「おいでおいで子猫ちゃんキティ、僕を追って来るが良い」

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