Ep.4-1 Counter Phoenix 3
戦闘機形態のディアボルージュは速い。ネメシスよりも間違いなく速い。レディはその事を痛感させられていた。
人型同士でドッグファイトをするならば、負けはない。ネメシスが全てにおいて勝っていると確信できる。だが、戦闘機の速度にだけは追いつけない。
「ちっ……」
レディはネメシスを舞い上がらせて、襲いくる対空砲火を避ける。こうして、地上からやってくる対空砲火を避けながらでは、尚の事ディアボルージュを捉えるのは難しい。
ならば、白兵戦ではなく射撃だ。
レディはディアボルージュを追いながら、左腕を刃から砲へと変形させる。同時に、火球を生成/発射。
二度、三度と連射する。
火球が空を走るが、その行先にディアボルージュの姿はない。到達の前に、火球の軌道上から外れているのだ。
更に続けて発射/発射/発射。その全てを、ディアボルージュは右に左にと揺れるようにして躱す。
『ははっ! もっとよく狙った方が良いんじゃないかな? そんなんじゃ、僕には当たらないよ?』
「減らず口をッ!」
実際、ディアボルージュに火球が命中する気配はない。しかし、この砲撃が全て無意味というわけではない。
回避機動を取らなければならない都合上、ディアボルージュの速度はある程度落ちる。故に、ネメシスもそこまで距離を開けられずに追い続けることが出来るのだ。
とは言うものの、ネメシス自身も地上からの攻撃に邪魔を受けている。故に、二機の距離は縮まらない。
捻り、機体を翻し、上昇し、宙返り。空中で踊るように、自在な機動を見せるディアボルージュに、ネメシスは攻撃を加えながら追従する。
小刻みに回避/追撃。急な方向転換、急加速/急減速。
大気を斬り裂き、衝撃波を弾き飛ばしながら、唸りを上げる暗雲の下で二機は追走を続ける。
どちらかが気を抜けば、一撃で天秤が大きく傾いてしまう、ひりつくような戦いが続く。
目を血走らせ、アイスピックで横から刺されているような頭痛がするほど集中しながら、レディはディアボルージュに殺意を叩き付け続ける。
――足りない。
速度も、火砲の数も足りない。レディはそう思う。
このままでは、幾ら続けてもあの赤い機体――ディアボルージュを落とせない。仇まで腕が届かない。
喉奥を炙るかのような焦燥感に押されるかのようにして、レディはディアボルージュを追撃する。
そんなレディに向かって、エルフリーデは嘲るように言う。
「中々やるじゃないか。こんな事は辞めて、僕の部下として働いて見る気は無いかい?」
あまりにも挑発的な言動に、レディの頭に、一瞬で血が登った。
「……っざけるなぁ!」
「
悪魔の声は聞こえているが、レディに届いては居なかった。
殺す。何があっても、どんな手段を使ってでも、
対空砲火に対する回避を、ネメシスは止めた。
どれだけ攻撃を受けても、致命傷にはなりえないのだ。ならば、そんな事で追撃速度を落として、ディアボルージュへの攻め手を緩める必要はない。
火球を連続で発射しながら、一直線にディアボルージュにネメシスは迫る。回避運動を止めたことによって、地上からの火砲が突き刺さる。ガタガタと揺さぶられるような振動を感じるが、それだけだ。
損傷には至っていない。
いや、多少の損傷を受けた所で、それがどうしたというのだ。レディはそう考え、口の端を釣り上げる。
「ふ、ふふふ……」
致命傷でなければ、ネメシスは損傷を回復してしまう。だったらこうして、損傷を織り込んで突き進めば良いのだ。
脚部が弾丸を受けて凹み、その内部へと弾丸がめり込んでいく。しかし、それすらも取り込んで、ネメシスは損傷を修復していく。
視界に占める面積の内、ディアボルージュの割合が段々と大きくなっていく。距離が縮まっているのだ。
火球を放つと、ディアボルージュの姿が瞬時に横へとブレる。まるでスライドするかのような動きで、視界から外れそうになる。
レディはそれをサイティングし続ける。
狙い/撃ち/追う。そしてまた狙う。
それは獲物を狙う狩人のようなロールだ。確実に狙った相手を仕留めるための戦闘だ。
「ふふふ……捕まえる、私はあなたを捕まえる……」
『くっ……』
レディの言葉に、エルフリーデは初めて、言葉に苦境を滲ませる。
「は!」
その声音に、レディは性的興奮にも似た充足感を覚える。
アレだけ飄々としていたエルフリーデが、自分のことを恐れ、逃げようとしている。
その証拠に、エルフリーデは撃たれても居ないのに大きく機体の進行を左へと曲げて、逃げようとしている。
「逃がすわけがない……!」
当然、それをレディは追う。ヘアピンカーブをドリフトで曲がるようなディアボルージュの急激なカーブに、ネメシスが喰らいついていく。
大気が斬り裂かれて、悲鳴を上げる。
ディアボルージュが、自らの後方=ネメシスの方へと機関砲を向ける。そのまま射撃。
吐き出される弾丸の礫雨。避けること無く、ネメシスはそれに突っ込んでいく。速度は落とさない。全て受け、突き抜ける。上下左右に弾丸が散らばる。
ネメシスは火球を左腕から放つが、その射線からだけは、ディアボルージュは確実に逸れていく。
だが、撃ち放った火球の火の粉が、ディアボルージュに僅かに掠めた。超音速の衝撃波でそれはディアボルージュに触れる前に弾け飛ぶけれども、伸ばした爪が掠めたにも等しい。
少しずつ、少しずつ、レディの爪はディアボルージュへ近付いている。
このまま続けていけば、確実にディアボルージュを捉えて、一撃で引き裂くことが出来る筈だ。
その瞬間を想像しただけで、レディの脳がぐらぐらと痺れる。あまりにも、甘美。
撃ち落とす、撃ち落とせる。仇の一人を殺すことが出来る。
「……
そんな、火炙りされた油のような、レディの精神に悪魔が水を差す。
ちりちりとした苛立ちが、レディの精神をささくれ立たせる。今、それは聞かなければならない事なのか?
「何、悪魔さん!?」
「何かがおかしい……」
思案しながら言葉を出しているかのように重苦しく、悪魔は言った。
「何かって?」
悪魔の迂遠な言い回しに、レディは更に苛立つ。苛立ちながら、空中でツイストに次ぐツイストを続けるディアボルージュを追い、ディアボルージュを撃つ。
「何かだ。何か、違和感があるんだ。先までに比べて、ディアボルージュへと攻撃が届きやすくなりすぎている」
「……考え過ぎ!」
考え過ぎだ。エルフリーデの集中力が途切れてきたか、ディアボルージュにマシントラブルが有ったか、その程度が真実だろう。
そんな事を気にするよりも、ディアボルージュを確実に追い詰め、焔と爪を浴びせてやることが、重要なのだ。
今、正に、あの
「
「だったら、罠ごと踏み砕いてやる!」
レディは吠えて、ネメシスを加速させる。
既に、対空砲火の罠を受けるという選択をしている。これ以上、どうなろうと知った事か。
どれだけ傷付いても、最後の最後に相手を殺すことが出来れば良いのだ。
だから――
そう、レディが考えた時だった。
『今だ!』
エルフリーデの声が響き――
銃弾による対空砲火を伸ばしていた仮設トーチカから、光のラインが複数伸び――
一瞬で伸びた光のラインが頭上――暗雲の一点に集合し――
白い闇に、レディは包まれた。
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