Ep.4-1 Counter Phoenix 4


 墜ちていく。

 漆黒の悪魔が、稲妻の一撃ライトニング・ストライクを身に受けて墜ちていく。

 それはまるで、神が悪魔に罰を与えているかのような光景だった。

 洋の東西を問わず、雷とは神の力である。だが、この雷は、神の力――天然自然によるものではない。

 エルフリーデが持ち込んだ、仮設トーチカと、森のなかに潜ませたギアドール。そして事前に使用していた、特殊システム。それらの作用によるものだ。

 それは、かつては条約違反とされた、気象兵器。

 その名前を、フランクリン・システムという。

 人工雷雲を発生させた後、それをレーザーで刺激することによって、稲妻を狙って発生させる。気象兵器の中でも、誘雷兵器と呼ばれるものだ。

 落雷をネメシスへと誘導したのは、仮設トーチカとディアボルージュが発射した弾丸だ。

 エルフリーデの読み通り、射撃を受け続けた少女は最終的に痺れを切らし、弾丸に対する回避を止めた。そして、その身の内に、弾丸を取り込んでしまった。

 装甲内部に入り込んだ弾丸は通常のものではない。軽度の電撃を発生させ、雷を迎える機構を持った特殊弾だ。

 そして、予定通り、雷はネメシスへと向かっていった。

 最大で十億ボルトの電圧を持つ落雷。それも、たまたま当たってしまった自然の落雷ではなく、兵器として力を溜め込み、幾重にも重ねられた落雷である。

 たとえネメシスが化物であったとしても、これを受けて無傷ではいられない。

 これがエルフリーデが、対ネメシスのために持ち込んだ、切り札の一つ。わざわざ、場所と時間を少女に対して指定したのは、これのためだ。

 仮設トーチカの設置にも、人工雷雲の発生にも、時間が掛かる。場所も限定される。

 そういう意味では、まっとうな兵器として、フランクリン・システムは実用性に欠ける。

 だが、或いはそれ故に。フランクリン・システムは怪物狩りの銀弾シルバーバレットになった。

 何が幸いするかは分からないものだ、とエルフリーデはディアボルージュを飛ばせながら、考える。

 もっとも、銀弾と違って、これだけであの怪物を仕留めることは出来ていない。とどめはこれからだ。

 最後の一人を連れてこなかったのは正解だった。これならば、単騎運用が基本の彼は邪魔にしかならない。

 ――それに何より、僕がしくじったら、彼にデータを受け取ってもらわないと困るしね。三戦分のデータが有れば、彼なら上手くやるだろうさ。

 そんなことを考えながら、エルフリーデは、ネメシスを確認する。

 落雷によって撃墜されたネメシスは、仰向けになって機体の各部から白煙をあげており、右足はもげて、機体を覆う黒い焔も消えている。

 だが――

 ――いやはや、なんともまぁ恐ろしいものだね。僕はなんでこんな奴と戦う羽目になっているのやら、だ。

 そう、エルフリーデは思う。

 何せ、撃墜されて尚、ネメシスは完全に戦意を失っていないのだ。

 ネメシスの破損部は、まるでそこから蚯蚓が生えているかのように何かが蠢いており、機体再生の準備を始めているように見えた。

 分かっていた。フランクリン・システムによる雷撃では、この怪物を殺しきれないであろう事は、分かっていた。

 分かってはいたが、実際に目の当たりにすると、肌が粟立つのを感じる。

 余りにも悍ましい物を見てしまったが故の、生理的な不快感、嫌悪感。死体にたかる蛆虫を見てしまったのにすら似ている。

 ――ああ、あの子には悪いけれども、この世界に存在させておくわけにはいかない。

 エルフリーデは、各機体へと通信を飛ばした。

「今だ、各機追撃! この機を逃すな!」

 エルフリーデの言葉に、空中で待機していた航空機が従った。

 エルフリーデが用意した航空機は、正確には爆撃機だ。I3所属の爆撃機・ノートゥング。

 爆撃機であるノートゥングは当然、空中で格闘戦ドッグファイトをするような機動性は有していない。代わりに、破滅的なまでの火力を積載している。

 そんなノートゥングを用意したのは、この時のために。フランクリン・システムで撃墜したネメシスに、追い撃ちをかけるために。

 ネメシスの上空を通り過ぎる際に、ノートゥング四機は爆弾を落としていく。

 落としたのは地中貫通型爆弾――バンカーバスターだ。

 エルフリーデがネメシスへの追い打ちに巡航ミサイルではなく空爆を選択したのは、純粋に破壊力の問題だ。

 爆弾による空爆は巡航ミサイルと違い、自ら相手に向かって命中させるための推進剤を持たず、その分火薬を満載できるので重さに対する破壊力は大きくなる。

 重力加速を得た莫大な質量による爆発以前の物理的衝撃も、ミサイルに比べた場合のバンカーバスターの有利な点だ。

 本来は、堅牢な防御力を誇る施設などをその物理的衝撃で破壊し、そのまま地中まで爆弾を埋め込んで爆発する為に用いる爆弾だ。

 それを、ギアドールを破壊するために用いる。

 過剰だが、それが必要だとエルフリーデは判断したのだ。

「さぁ……滅びろ、悪鬼デーモン

 バンカーバスターが失墜していく。悪鬼に向かって、一直線に。

 爆発音というよりも、瀑声のような途切れる様子のない、長い長い轟音と振動が生まれた。同時に、土の柱が四つ、地から立ち上がった。

 バンカーバスターが着弾、そして爆発したのだ。

 立ち上った柱は、バンカーバスターの爆発によって巻き上げられた、大地が土砂と化したものなのだ。

 天高く巻き上げられた土砂は、滝となって、或いは雨となって、大地に降り注ぐ。大地が大地に降り注ぐ、天変地異ともいえる光景がそこにあった。

 礫雨が地面を叩き、またも音を立てる。

 ――やれやれ、すっかり地形が変わってしまったな。

 その様を上空から観察して、エルフリーデは思う。

 眼下に広がっていた森林は焼き尽くされ、或いは吹き飛ばされており、あちらこちらで炎となって辺りを炙っている。

 地盤は巨人が鍬で耕したかのようにぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 巨大な隕石が墜ちてきた後でも、こうはならないだろう。

 一番近いのは、地獄の光景かもしれない。

 ここまでやれば、ネメシスももうバラバラになっているかもしれない。或いは、完全に消滅しきっているかもしれない。

 状況は終了したのかもしれない。

 いや――とエルフリーデは首を振った。

 それは希望的な観測だ。確実に仕留めたことを確認するまでは、安心してはいけない。

「各機、目標を探索せよ。見つけ次第、報告し、打撃を加えるんだ。粉微塵になるまで、手を抜くなよ」

『了解』

 四機のノートゥングが、仮設トーチカと地上のギアドールが、ネメシスの捜索を開始する。

 エルフリーデも、当然それに加わる。バンカーバスターによって巻き上げられた土砂によって、ネメシスは地中に埋もれているはずだ。

 こうなることも、エルフリーデは予想していた。ノートゥングにもディアボルージュにも、オプションとして地中探査用のアンテナを装備している。

 各機はアンテナを起動させ、破壊し尽くした地上を走査していく。

 巨人の吐瀉物塗れになったかのような大地。その上空を、四機のノートゥングとディアボルージュはゆっくりと舞う。

 そうして、地中の埋蔵物を、地を破壊すること無く捜す。

 粉々に砕け散ってしまっているのなら、構わない。だが、まだ活動可能な大きさを持っているならば、再生の可能性は十二分に有る。

「さて、何処に居るのかな……?」

 アンテナを用いた走査の結果は、ディアボルージュを通してエルフリーデの脳へと直接送られてくる。

 これによって地中内部の空洞や、埋蔵物の形状、位置の三次元情報がイメージとして理解できるのだ。

 その中から、形状、大きさからネメシスと思われる物を探していく。

 もっとも、爆発によって木々などを飲み込み、あちらこちらに空洞を抱え込んだ大地の中から、形状を破壊され尽くしているであろうネメシスを発見するのはそれなりに骨が折れるだろう。

 そう、エルフリーデが考えた時だった。

『隊長!』

 言葉と同時に、ノートゥング三番機から観測データが飛んできて、それをエルフリーデは、早いなと思いながら脳髄で直接受け取る。

 送られてきたのは、当然地中の探査データだ。リアルタイムで、ノートゥング三番機が観測しているデータを同調させる。

「なん、だ……」

 それを見て、エルフリーデは困惑した。

 埋蔵物は大きく、ネメシス以外では有り得ない。だが、本当にネメシスであるとしたらそれはあまりに――

「大きすぎるぞ……」

 大きい。

 ネメシスの姿は、攻撃によって小さく砕かれているのが当然のはずだ。

 再生して元の大きさに近くなっていたのなら、まだ理解できる。だが、そうではない。

 観測したデータによると、ネメシスと思われる埋蔵物は、元の無傷だった頃よりも、明らかに大きくなっている。

 エルフリーデの肌が粟立つ。

 ――地中で何が起こっている……? いや、そうじゃない。今大事なことは、僕がすべきことは。

「各機、目標に向かって再度爆撃を仕掛けるんだ! 奴を止めろ!」

 エルフリーデがノートゥング全機に向かって指示を飛ばす。

 そのとき、ネメシスが動いた。

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