Ep.4-1 Counter Phoenix 5


 真っ白い闇。

 身体を焼く熱。

 金槌で殴られているような衝撃。

 そして、闇黒。

 続けてやってきた強すぎる衝撃の連続が、何なのか。レディには理解できなかった。

 あの女、エルフリーデからの、何らかの攻撃を受けた事は間違いない。

 悪魔さんに悪かったな、とレディは思う。悪魔の言うとおり、エルフリーデは罠を仕掛けていて、それに自分は乗ってしまったわけだ。

 それで、今はどうなってしまったのだろう。

 何も見えない。

 何も聞こえない。

 何も感じない。

 冥闇の中に、一人ぼっちにされてしまったようだ。

 声を上げようとしても、何も起こらない。

 身体を動かそうとしても、何も変わらない。

 もしかして、死んでしまったのだろうか。

 この、虚無の闇黒のような空間が、死の果てに辿り着く場所なのだろうか。こんな、寂しくて寒々しい場所で、意識だけが有り続けるというのが、死、というものなのだろうか。

 だとしたら、それはなんて怖いことなのだろう。

 何も出来ないまま死んで、永劫にこのまま、一人。

 それが自分の終わり、なのだろうか。

「いや、そうじゃないよお嬢さんレディ

 耳を叩くのは、聞き慣れた悪魔の声音だった。

 レディの心中に、温かいものが灯る。自分は一人ではない。悪魔さんは、自分を一人にはしない。

 声を上げられないまま、レディは問う。一体、何があったの? と。

 それがちゃんと聞こえているのか、悪魔は応える。

「あの女――エルフリーデの策略だ。雷を発生させられて、それが全部ネメシスに向かってきた。それで撃ち落とされた所に、空爆を食らった」

 今は土の中さ、と悪魔さんは続ける。

 土の中――つまり、空爆の結果、生き埋めになったということなんだろうか、とレディは考える。

 だとするならば、自分はまだ死んでいないし、地面の上にはエルフリーデが飛んでいる筈だ。

 だったら……戦わなくてはいけない。

 地の底から這い出して、あの女を撃ち倒さなくてはならない。

 レディがそう考えたときだった。

「……ごめん、ごめんよ……」

 悪魔がぽつりと呟くように言う。

「これ以上、どうしようもないんだ。これ以上進んだら、君はもう……でも、僕にはどうしようもない。こんなことになるはずじゃなかったのに」

 辛いのだろう、苦しいのだろう。悪魔は声を震わせている。それが全て、自分に向けられた感情であることに、レディの罪悪感が微かに疼く。

 だが、ここで全てを諦めて、地の底に沈むのだとするならば、自分は死ぬことになる。

 悪魔は自分に、ここで死ねというのだろうか。

 そんなレディの問いに、悪魔は応える。

「そうじゃない、そんな事は、決して言わない。でも、ここで死ぬとしても、君を一人にはしないよ、お嬢さんレディ。僕も、ここで朽ちる。地獄に落ちるのも、一緒だ……」

 悪魔の声音は切実で、レディの心を揺さぶった。

 少しだけ、ほんの少しだけ。ここで、悪魔と一緒に朽ち果てるという選択肢を想像してしまうぐらいに。

 だが、続く悪魔の言葉が、レディのそんな思考を吹き飛ばした。

「初めから、復讐なんて勧めるべきじゃなかった。こんなことなら――」

 間違っている。

 それだけは確実に間違っている。

 悪魔が示してくれた道と力は間違っていない。それを悪魔が否定するのは、間違っている。

 レディの心中で焔が燃える。

 高熱でどす黒い、恩讐の焔が。

 自分は、理不尽に対して怒った。

 自分は、髑髏面のギアドール達に報復したいと思った。

 悪魔が力を貸してくれた。ネメシスという、人知を超越した破壊的な暴力を。それを自由に振るう許しを。

 自分は、その力で報復したいと思った。

 自分は、その超暴力を振るいたいと思った。

 暴力で、蹂躙したかった。

 ――何故、自分は過去形で考えている?

 まだ、終わっていない。全ては何も終わっていない。

 自分はまだ、死んでいないのだから。

 全てを、灼き尽くしてやる。

「あぁ、すまない……僕は君をそんな風にしたかったわけじゃない……なのに……」

 悪魔は嗚咽を漏らす。それを聞くと、本当に申し訳ない気になってくる。

 ごめんなさい、悪魔さん。私は悪い子だから。悪い子に、なっちゃったから。そう、レディは独りごちる。

「違う、そうじゃない……たとえそうだとして、そうなったのは僕の所為だ……僕が原因だ……」

 子供のように泣きじゃくる悪魔が、レディには可愛らしく、愛おしく思えた。

 目の前にいたのならば、そして自分の身体が動くのなら、悪魔の頭を抱き締めて、髪を撫ぜてあげたい。

 でも、そうはいかない。

 レディは望む。

 悪魔は言った。ネメシスは、自分が望めば、望んだ形へと自らを変容させるのだと。

 だから、望む。

 この地中から這い出る形を。全てを薙ぎ払う力を。

「もう、やめろ、やめるんだ! これ以上の変容は、君を更に擦り減らすことになる! 君が、君でなくなってしまう!」

 嗚咽を漏らして、悲鳴を上げて、悪魔は絶叫する。

 レディは止めない。自分の身体が、自分の有り様がどうなってしまっても構わない。ネメシスに更なる力を。更なる暴力を。

 だいたい今の自分の姿なんて――

「お願いだ、お嬢さんレディ。人間のままでいてくれ、君のままでいてくれ。その力は、ただの破滅ヴェインだ。敵を破滅させるかもしれないけれども、それを生むために、君自身が破滅してしまう」

 破滅ヴェイン

 素晴らしいじゃないか、とレディは思う。

 思いながら、ネメシスを変容させていく。

 もっと大きな脚が必要だ。機体を安定させ、敵を踏み砕くために。

 もっと強力な腕が必要だ。敵を撃ち倒す腕――いや、人間の腕の形をしている必要すらない。必要なのは敵を砕く力だ。

 もっと強力な装甲が、もっと大きな翼が、更なる武器が。

 ネメシスがレディの望みに応えて、変容していく。レディ自身を燃料として。

 完成した姿は、間違いなく今までのネメシスの、悪魔と騎士甲冑の折衷したような姿とは似ても似つかないものになるだろう。

 ならば、名前も変えなければならない。

 悪魔の言うとおり、変容したネメシスは、破滅をもたらすものであり、破滅していくものとなるのだろう。

 だったら、その名前を貰うとしよう。

 破滅の名を持つもの――即ち、ネメシス・ヴェイン。

「あぁ……あぁ……」

 悪魔の嘆きが、レディには聞こえる。今度も彼の忠告を無視して、彼を悲しませてしまった。それだけが、レディ自身にとっても悲しい。

 ――ごめんなさい、悪魔さん。

 ――でも、私はこうしたいの。

 ――その結果がどうあれ。

 ネメシス・ヴェインで復讐をする。ネメシス・ヴェインの力を振るう。その結果どうなってしまっても構わない。

 ――ありがとう、悪魔さん。

 ――こんな私に、寄り添ってくれて。

 心の底から、レディはそう思う。

 一人で死ぬはずだった自分にとっては、復讐の力以上に、寄り添ってくれる相手が居てくれる事が、何よりも幸福だったのかもしれない。

 悪魔が居てくれて良かった。ありがとう。もう、行くね。

「僕は……僕はただ……君に生きていて欲しかっただけなんだ……」

 悪魔は慟哭し、破滅ヴェインは咆哮する。

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