Ep.4-2 Turbo Obliterate

Ep.4-2 Turbo Obliterate 1


 最初に外界に溢れ出たのは、線だった。

 まるで世界という平面に取り消し線を引くかのような、黒く光る線。

 それが、ネメシスの埋まっている位置から天へと伸びている。

 その線が持つ熱量を確認して、エルフリーデは半ば悲鳴のような声で、各機へと指令を飛ばした。

「各機! あの線から離れろ!」

 その声が届き、各機が行動を起こすよりも、黒い線の異常のほうが早かった。

 ただの線のように思われたそれが、空中で踊った。まるで鞭のようにしなり、動いたのだ。

 線の軌道上には、ノートゥング三番機が存在していた。

「あ――」

 何か通信する暇もあればこそ。

 瞬間的に、黒い線がノートゥング三番機を通り過ぎる。線が通り過ぎた胴体部から、三番機は両断されていた。

 データから想像された通りの結果に、エルフリーデは吹雪に見舞われたかのような、芯からの震えを感じた。

「あの黒い線に触れるな! 焼き切られるぞ!」

 エルフリーデの言葉に従って、残った三機のノートゥングは散開する。その後を、黒い線は追わなかった。

 エルフリーデもまた、ディアボルージュを舞わせて、黒い線から距離を取る。

 エルフリーデが観測したデータと、起こっている現象から推測するに、黒い線の正体はネメシスが纏っていた焔と同じもの――即ち、火炎放射だ。

 それがどうして、あのような形で現れているのか。その答えは、熱量に有る。

 焔が揺らめく焔でいることが出来る温度は、一万度に満たない。そして、あの黒い線は、百万度を遥かに超える熱量を有していた。

 そんな馬鹿げた温度になった焔は最早プラズマでしかなく、それを超高速で噴き付けると、外界からは光線のように見える。

 数百万度の熱量を持つ、プラズマジェットストリーム――それが、あの黒い光線の正体なのだ。

 数百万度のプラズマジェットストリームが物体に触れると、どうなるのか。

 触れた部分が燃えるとか、溶けるとか、そんな生温い事にはならない。

 その膨大過ぎる熱量に触れたものは、瞬間的に蒸発して消失する。その結果として、触れた部分が切断されたように見えるのだ。

 三番機が真っ二つにされたのは、それが原因だった。

 防ぐには、強力な防御用フィールドを用いて、機体にプラズマジェットストリームを触れさせないでおくしかないだろう。

 だが、エルフリーデが集めた装備に、そんなものは存在しない。

 プラズマジェットストリームに対しては、可能な限り回避するしかないのだ。

 エルフリーデは各機に指示を飛ばす。

「各機、撤退せよ。データを持ち帰れ!」

「……了解」「了解」「了解」

 他に方法は無いと、エルフリーデは判断する。

 ネメシスに、何が起こったのかは分からない。だが、何かが起こったのは間違いない。土中の観測データも、あのプラズマジェットストリームも、それを裏付けている。

 それを観測しながら、可能な限りの手段を用いて倒すしか無い。

 ――やれるか、僕に?

 いや、やれなければ死んで終わりだ。先の二人と同じように。

 そう考えた時だった。

 二本目の、黒いプラズマジェットストリームが現れたのは。

 生み出された二本のプラズマジェットストリームが、サーチライトのように空中を蹂躙する。

 縦/横/振/薙/交/離――黒い光線が踊った。

 世界を縦に真っ二つにする黒い線。地を舐め、木々を薙ぐ黒い線。触れた部分が気体と化して焼滅していった。

 もはや災害の如き有様を、プラズマの線が作り出していく。

「……っ!」

 空中で交差し、踊るように流れる光線。それが、ディアボルージュを掠める。掠めただけで済んだ分、ディアボルージュはマシだった。

 残ったノートゥング三機の内、二機がばらばらにされて墜ちていく。

 仮設トーチカは全て、横薙ぎのプラズマジェットストリームで薙ぎ払われた。今となっては、稲刈り後のように、根本だけが残されている。

 地上ギアドール部隊も半壊。残存兵力は、既に撤退を初めている。

 あちらこちらから煙と炎が上がり、狂った熱が空気を歪めていた。地獄の有様が、そこにはあった。

 それだけの惨状を作り上げてから、プラズマジェットストリームの柱が消えた。

 柱が生えていた根元部分は、プラズマジェットストリームによって土も岩も蒸発して、大穴が開いている。

 その穴から、それは出てきた。

 地獄の釜から、悪魔が這い出てくるように。ずるり、ずるりと、機体を現実へとはみ出させていく。

 出てきたものは、当然埋まっていたものだった筈だ。当然、ネメシスの筈だ。

 だが、出てきたそれが、ネメシスと同一の存在であると、エルフリーデは認識できなかった。

 まず、大きい。ネメシスより一回りか二回り、全体的に大きくなっている。

 脚。

 どう見ても、人のそれではない。騎士甲冑めいたスマートさと堅牢さがあった、ネメシスのそれではない。筋肉で膨れたかのように極端に肥大化し、巨大で破壊的な爪を持つそれは、恐竜か何かのものだ。

 胴体部。

 全体的なシルエットは唯一変わっていないが、中央にあった赤い半透明の部分まで漆黒の装甲が覆っていて、中の少女の姿を確認することは出来なくなっている。

 背部。

 存在しなかったはずの、巨大な尾が生えていた。機体の全長と同じくらいの長さが有る、鋼の尾が。その上には羽があった。黒焔の外套とは違う、蝙蝠のような――いや、悪魔のような、巨大な羽が。

 ああ――だが、そんな異形も、両腕の変化に比べれば大したものではない。

 ネメシスの両腕が生えていた場所から伸びているのは、とても腕とは呼べない代物だった。

 先端に手ではなく、頭を頂いているものは――腕ではなく首というべきだろう。

 首の先に乗るのは、獣の――いや、角を生やし、牙を覗かせるそれは龍の頭だ。生やした角は、背面へと二本、頭頂部から一角獣のような、或いは刀剣のようなものが一本。

 そして、本来の頭部もまた変質している。悪魔のような騎士のような、勇ましくもあった面が、両腕から生えている龍の頭に近いものに変化している。だが、完全に同じではない。

 変質前と同じ悪魔バフォメットの角が生えており、両腕部の龍には存在する眼が頭部の龍には存在していなかった。

 悪魔甲冑のようだったネメシスとはまるで違う。漆黒の鋼を纏った、人型を大幅に逸脱した悍ましき異形の三つ首龍。

 それが今のネメシス――ネメシス・ヴェインの姿だった。

 全身を穴から見せたネメシス・ヴェインは、一歩一歩大地を踏み均し、僅かに残った樹木を蹴散らしていく。

 そうしながら、両腕の頭部を左右に動かして、辺りを探っているようだった。

 探している。こちらのことを。

 だとするならば、あの黒いプラズマジェットストリームは、攻撃ではない。狙う相手を、見つけられていないのだから。

 それはつまり――

 ――あの凄まじい破壊は、ただ、頭上の土を弾き飛ばすための行為でしか無いっていうのか。

 それが、エルフリーデには恐ろしい。あの怪物は、ただ外に出るためだけの行為でこれだけの地獄を作り出し、エルフリーデが用意した軍勢を破壊し尽くしてしまったのだ。

 と――

 周囲を見回していた龍の頭が、その動きを止めた。

 視線の先にあるのは、ディアボルージュ――エルフリーデだ。

 見られている。

 視線の上で、捕まえられている。

 今まで観測していた筈が、観測される立場へと落ちた。立場が反転する。

 そう自覚した途端に、エルフリーデの背中の怖気が走った。

「くっ……!」

 身を走る冷たい感覚に任せて、エルフリーデはディアボルージュを翻らせる/ディアボルージュが一瞬前に存在した空間を、黒いプラズマジェットストリームが焼いた。

 プラズマジェットストリームは、エルフリーデの事を見ていた龍の顎から吐き出されていた。

 プラズマジェットを吐き出しながら、龍の頭が振られる。すると、プラズマジェットの柱も、その動きに追随してしなる。首を持ち上げると、プラズマジェットも追随して天へと駆け上っていく。

 機体を舞わせて、紙一重でディアボルージュは黒焔の柱をかわす。

 エルフリーデの額を冷や汗が流れる。

 ――どうする、どうする、どうやってアレと対峙する……?

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