Ep.1 Blue Moon 3


 まるで姫に傅く騎士のように、ネメシスは少女――レディに跪いていた。巨大なる人型が、矮小な少女に頭を垂れる様は、異様であった。

 そんなネメシスが左掌を、レディへと差し出す。

「これに、乗ればいいの?」

「そう。そして、そのままコクピットまで来てもらう。何せ、ネメシスは基本的に君が動かすんだから。そうしないわけにはいかない」

 悪魔の声を聞きながら、レディは問う。

「私に動かせるの?」

「大丈夫、動かし方は分かるようにしてある。まず何より、復讐は手ずから行わなくちゃ、意味がないからね」

 確かに、その通りだ。

 復讐は、自分の手で行わなくては意味がない。自分で仇を殺し、自分の手を仇の血で汚す。それこそが復讐というものだ。

 レディがネメシスの左掌に登ると、ネメシスはその掌を持ち上げる。赤い炎の中から、レディは浮上していく。

 掌が行先は、ネメシスの胸。水晶のように透き通るそこが前面に開放されて、内部をさらけ出す。そこに有るのは、恐らくはギアドールのコクピットだった。

 恐らくは、となるのは、レディが本当のギアドールのコクピットを然程知らないからだ。

 とりあえず、シート部分へと腰を下ろす。その瞬間、レディは理解した。

「あぁ、なるほど……こうすればいいのね」

 勝手に、情報が流れ込んでくる、とでも言えば良いのだろうか。知らない、がよく知っている、に勝手に塗り替えられていく。まるで分厚い辞書をスープにして飲んでいるような気分だ。

 ネメシスには何が出来るのか/その為に自分はどうすれば良いのか――それがはっきりと分かる。

「ギアドールの持つ、パイロットの脳内ナノマシンとの同期機構をちょっと弄って使わせてもらったよ」

「そんなことも出来るのね」

「まぁ、ネメシスの基本構成はギアドールのそれだからね」

 そんな悪魔の声を聞き流しながら、レディは前を見た。

 正確には、前方に存在するギアドールを――だ。

 レディの歯が、かちりと鳴った。恐怖によるものではない、もっと鋭く激しく熱い感情が、勝手にレディの歯に音を立てさせた。

 視線の先で浮遊している青白いギアドールは、奇妙な装備を纏っていた。

 肩と腰から下へと伸びる、布のような装甲。肩のものに至っては、ギアドールの両腕を覆い隠してしまっている。

 ギアドールの印象が青白いものとなるのは、機体の多くを覆っているこの布のような装甲が青白いからだった。

 炎による上昇気流で揺らめいていない以上、本当に布というわけではないのだろう。だが、それが形作るシルエットは、まるでローブを纏った魔法使いか、インバネスコートを羽織った探偵か、と言ったところだ。

 そして、その頭部。

 青白いギアドールの頭部は、人間の頭蓋骨を模した形状をしていた。

「骸骨頭……!」

 悪魔から後から聞いた話だと他の三機も、全てがあの髑髏面をしているらしい。

 炎の中に立ち上がったネメシスを、青白いギアドールも確認したようだった。

 ネメシスと青白いギアドールは、炎に満たされた空間で相対する。

 先に動いたのは、青白いギアドールの方だった。

 風切る音と共に、無数の何かが青白いギアドールの中――布状装甲の合間から飛び出した。

「なるほど、あの奇妙な装甲はウェポンラックを兼ねているのか」

「そんなことより、飛び出したものは何!?」

 悪魔の呑気とも言える語調に、レディは半ば怒りを交えて言う。

 青白いギアドールから射出されたものは、ネメシスに即座に飛び掛かってはこなかった。四方八方へと射出されて、そのまま行方をくらませる。

 いきなり向かってこなかったということは、ミサイルや砲弾の類ではない。だが、そうした直接的かつ攻撃的なもので無いだけに、却って不気味とも言えた。

 悪魔が言う。

「確認した。形状から見るに、アレは無人航空機UAV……と言うよりは、ドローンみたいだ。モニターに出すよ」

 無人航空機UAVとは、その名の通り、無人操縦型の航空機の事だ。人が乗ること無く、無線操縦やAIによる操作で空中を飛ぶ。

 人間を載せる必要が無いため、大きさや形状の制限が緩く、用途も空撮や偵察から爆撃まで幅広い。

 無人航空機UAVというよりはドローン、と悪魔が言葉にした理由を、レディはモニターに映し出された映像から知る。

 そこに有るのは、青白いギアドールから射出されたドローンの姿である。

「球……じゃなくて、皿?」

 青白いギアドールが射出したそれは、航空機からは大きく外れた、まるで皿を二つ重ね合わせたような形状をしていた。そんな物が今、この場所には無数に浮遊しているのだ。

多目的マルチロールドローンを射出する、偵察機としての性能を持たされた機体、ということになるんだろうね、あのギアドールは」

「それが残っている、ということは……」

「あのギアドールは残敵探索の為に残った、という事になるかな」

 悪魔は当然のように言った。

「そう……私を、殺すために」

「……かもしれないね。とりあえず、周囲のドローンはマーキングしておこう」

 悪魔が言うと、モニター上にマークが現れる。現れたそれを見て、レディは声を震わせた。

「囲まれてる……のね」

 モニター上のマーキング、そして、レディの脳へと直接送られてくるセンサーのデータから、それは明らかだった。

 四方八方を、完全に取り囲まれている。モニターのマーキングは、まるで蛍の群れに放り込まれたかのような様だった。

 ドローン達はふわふわと空中に浮きながら、こちらを見ている/観察している。レディには、そう思えた。

 ――そのうちの幾つかが、動きを変えた。

「近寄って……」

 ネメシスに向かって、近寄ってくるのだ。

「いけない! お嬢さんレディ、対応するんだ!」

「うっ……」

 悪魔の声に、レディは反応しようとする。しかし、その動きが遅い。頭で理解しても、それを即座に反応に移せるわけではないのだ。

 その間に、ドローンはネメシスから視認可能な場所まで移動して来ていた。

 炎に照らされたドローンは、鋼の刃を皿の縁から突き出して高速回転していた。その姿はまるで、空を舞う戦輪チャクラムのようだ。

「前方に二つ、後方に二つ、計四機!」

「くっ……」

 悪魔の声を聞き、呻きながら、レディはネメシスに両腕を突き出させる/その両腕に、ドローンが襲いかかる。

 絡みつく蔦の軌道を描き/高速回転の異音を響かせ。刃がネメシスの両腕に喰らいついた。

 背後からも衝撃が襲いかかる。迫るドローンは四機、背後からも二機がやってきていたのだから当然だ。

「く、ぅ……」

「何をしているんだ、お嬢さんレディ! ネメシスの事は、もう分かっているはずだ」

「分かっている、分かってるけど……!」

「ならやるんだ! そうでないと……腕を切り落とされるぞ!」

「……!」

 レディは自分の左腕……存在しないその場所へと視線をやった。

 痛みはない。血も流れていない。悪魔と契約した時に、両方共止まっていた。だが、その場所を見て、レディの精神に炎が宿った。

 それは怒りであり憎しみであり、恐怖であった。それらの全てが、外部へと向けられる。黒い黒い焔として。

「く、あ、あぁぁぁ!」

 咆哮する、喉から血を吐くかのように、レディは咆哮する。

 ネメシスが、それに応えた。

「いけぇ!」

 起こったのは、爆発だった。

 ネメシスを中心として、爆風と轟音が周囲へと広がっていく。

 ネメシスにまとわり付いていたドローンが。ネメシスを取り囲んでいた炎原が。吹き飛ばされる。

 後に残っているのは、ネメシスだけだ。ただし、その姿は先までのものとは違う。

 まるで、外套のように黒い焔を纏っている。揺らめく黒い焔は、レディの怒りがそのまま形になったようなものだった。

「行こう、お嬢さんレディ

「……ええ!」

 応えると、レディはネメシスに地を蹴らせた。跳躍し、闇の空へと。さらに中空で、ネメシスは軌道を急速に変える。

 転身、さらに加速。ネメシスはふわりとした跳躍から、鋭い飛翔――突撃へと行動を変えている。

 黒い焔を火の粉と散らして、冷たい風を切り裂いて、ネメシスは飛ぶ。

 目標は、青白いギアドール。髑髏面の機体。

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