Ep.3 Opposition Orb 3


お嬢さんレディ、行くのかい……?」

「ええ」

 悪魔の言葉に、レディは頷いた。

「断る理由がないもの」

「あるさ……あの女の、罠が待ってる」

 重々しく、悪魔は言い含める。

「そうね。でも、それって、逃げる理由にはならないと思うの」

 言って、レディはやや熱が逃げたハンバーガーに口を付ける。一口齧ると一度首をひねり、テーブルに置いてあったマスタードのボトルを手に取った。

「元から、正面から強襲して叩き潰す。それ以外無いのだから。多少の罠があった程度なら……」

「確かにそうかもしれない、けれども……」

「それに、ネメシスの力なら、どれだけの敵が相手でも一緒」

 言いながら、レディは手に取ったマスタードをハンバーガーに捻り出す。齧り取った場所が黄色く染まり切る頃に、レディは続きを言う。

「ネメシスは敵を叩き潰す」

「その代償は君だよ」

 悪魔は絞り出すように言った。

「分かってる」

「本当に分かっているのかい? ねぇ、相手が強大で、困難であれば、勝利には相応の代償が必要なんだぞ」

「でしょうね……」

「君は今、その代償を理解しているはずだ」

「なぁに、それは?」

 目を伏せて、悪魔は言う。

「味が、しないんだろう。ハンバーガーを食べても」

 レディは何も言わなかった。実際その通りだったからだ。

 まるで消しゴムのカスを口に詰め込んでいるかのように、薄ぼんやりとして、もそもそとした何か。レディが口に運んでいるハンバーガーは、そんな味をしていた。

 口に入れることに違和感が有りすぎて、食べられたものではなかった。

 そんなレディの様子を肯定と受け取ってか、悪魔は続ける。

「マスタードをそんなに大量にかけたのは、それだけが口の中で刺激があったからだ。辛味は、味覚じゃなくて痛覚だからね」

「うん、そう」

 レディは首肯する。

 マスタードだけは、味がした。いや、悪魔の言うとおり、口内で刺激があった、というべきなのだろう。

「味覚の好みだって、個性の一つだ。君はそれを、ほぼ失っている……別に、辛いものは好きじゃなかっただろう? なのに、罠を打ち破ろうとするなら……」

「それでも逃がす訳にはいかない」

「降りるわけには――」

「論外」

「……そうか」

 言って、悪魔は自らの背中を背もたれに預けて、天を仰いだ。

「僕は……無力だな」

「そんな事はないよ、悪魔さん」

 レディはハンバーガーを置いて、悪魔の手を取った。

 悪魔の、機械仕掛けの手。金属製のそれは、冷たくも熱くもない。人の手と同じ温度をしている。その手を、レディは強く握りしめる。

 そうやって互いの温度を移し合えば、温度以外の何かが伝わるとでも言うかのように。

 レディは言う。

「悪魔さんの力が有るから、私は戦えるんだもの」

「くそぅ……」

 悪魔はレディの手を握り返す。握り返しながら、悪魔は天を仰ぐ事を止めなかった。

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