Ep.1-R Back To Basics 4
悪魔の言葉を全て聞き終えて、レディはやはり、途方に暮れていた。
自分の父は、自分が全てをなげうって復讐に走るに値する人間と言えるのだろうか。それだけのものだったのだろうか。
きっと、違う。そのような気がする。
だって、悪魔からもたらされた父親の客観的な情報は、あまりにも酷い。自分のことであるという点を引いても、養護出来る点が無い。
――いや、本当は、客観的な事実を越えて、それでも尚と言えるような何かがあったのかもしれない。
でも、そんなものは、全て少女の内側から失われている。全て、全て、力の燃料として、燃やし尽くしてしまったからだ。
いや、それ以前に、父親の存在という情報は、殆どが悪魔が生まれる際に燃やし尽くされてしまっているのだろう。
情報の燃えカスしか、自分の父親はこの世界に残っていない。存在しているのは、灰色の虚無だけだ。
ならば、復讐をやめるのか?
レディの胸の内に、その問い掛けが響いている。
復讐を止めて、それで――それで、どうなるというのだろう。どうにかなれるというのだろうか。今更。
復讐のために、無関係な人間に何人も犠牲を出して。自分自身もこんな風になってしまって。
そんな事を考えていると、悪魔がそれに応える。
「君が、どうしようと、僕は君について行く。最後まで、君の隣に居る。それだけは、違えるつもりはない」
だから、どうするかは君が決めて欲しい――悪魔は、そう続けた。
ああ、そんな事を言われても、どうすればいいのだろう。
悪魔が言葉を違えることはないだろう。それは間違いがないことのように思える。
先の言葉を考えるに、悪魔は自分のことを――
だとすると、少しばかり申し訳ない気持ちに、レディはなる。
自分は、悪魔にそんな風に思ってもらっていい人間ではない。レディには、そう思えてならない。
レディは、怒りに任せた復讐で、多くの無関係な人を殺めている。とくに市街地戦で犠牲になったのは、本当に何の関係もない、一般市民達だ。
彼等には、何の非もなかった。明日の予定もあっただろうに。一年後のことだって考えていただろうに。
それら全てを吹き飛ばした。
自分は悪人だ。復讐の名のもとに、多くの命を奪った罪人だ。
そんな事は理解していた。理解した上で、今まで戦い続けてきた。
そんな人間に、何か今更与えられるものがあって良いものか。自分に何か許されるものなど、あってたまるものか。
理不尽を討つために、自らも理不尽そのものに落ちたのだ。
思い出せ、忘れるな。
自分が、復讐の焔に煽られてやって来たことを。自分が何者なのかを。自らを焼く焔よりも遥かに大きな焔の海を広げてきたことを。
そして、レディはその力を振るうことを、楽しんでも居た。
復讐相手という、暴力を振るう事に躊躇しないで良い相手と、悪魔としか言いようがない強力な力。
それが揃い、レディはその力に酔った。
――あぁ……
考えるまでもない事だった。
自分はもう、後戻りなど出来はしない。復讐が無意味なものであろうと、今更止まることな出来るわけがない。
最後の最後まで、戦うしか無い。復讐を完遂するしか無いのだ。
あの女から、最後の相手の情報を手に入れてもいる。全てのお膳立ては整っている。整ってしまっている。
やりきろう、最後まで。
それ自体に意味がなくとも。その結果、自分が燃え尽きて灰となろうとも。
それが、自分にできる最後の事だ。
それだけが……
悪魔が言う。
「
その言葉を、レディは有り難く。そして、申し訳なく思う。
自分に最後まで付き合わせてしまう事になる。そして、レディ自身はそうなることを理解して、半ば利用しようとしているのだ。
悪魔の力無くして、レディは何もすることが出来ないのだから。
そんな、自分のずるさを自覚しながら、どうしようもないのがレディだった。
レディに向かって、悪魔は言う。その声音は柔らかいものだった。
「いいさ、僕が好きでしている事だ。これこそが僕の望み、僕の願いなんだ。だから、その事について、君が何かを思うことはない。気にしなくても、いいんだ」
そう言われても、レディは思ってしまう。ありがとう、と。ごめんなさい、と。
思った上で、レディはネメシス・ヴェインに上を向かせた。
漆黒の翼を羽撃かせ、大地の焔を蹴散らしながら、ゆったりとネメシス・ヴェインが宙に浮かぶ。
行こう。
「行こう」
悪魔の声に合わせて、漆黒の三首竜は、弾かれたように飛び出した。
それは最後の出撃。
それは最後の飛翔。
最後の戦闘へ向けて、黒い悪魔が行く。
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