悪魔と少女と復讐機

下降現状

Ep.0 Aristocrats

Ep.0 Aristocrats


 非常に恐ろしいことに、私の心に迷いはなかった。

 これから行うのは、人道にもとる行為。許されるはずもない鬼畜外道の所業だ。

 であるにも関わらず、私の心は揺れていない。

 こうして刃物を取り出して月にかざし、夜闇の中でその光を見ても、心にさざなみすら立たないのだ。

 私は狂ってしまったのかもしれない。

 人の心を失うという、冷たい狂気に精神を蝕まれてしまったのかもしれない。

 何時からだろう、こうなってしまったのは。かつての私は、もっと真っ当に揺れる人の心を持っていたような気がするのに。

 そのこともまた、別段悲しくもなんともない。ただ、疑問に思うばかりだ。

 答えの出るはずもない疑問と戯れる――そんな事よりも、成すべきを成さなくては。

 私は自室を出て、窓から月明かりが射し込む廊下を歩く。こつこつという、廊下を叩く足音がやけに響く静けさだった。

 目的地までの距離はわずか。間違うこともない。

 念のため、私は刃物を後ろ手に隠して、扉に手をかける。

 そこは、彼女の部屋。夜も深いので、当然彼女は眠っている。眠っているからこそ、私はこの部屋に入ったのだ。

 彼女はやや寝相が悪く、ベッドから白い左腕が零れ落ちていた。


 こんな事をして、何になるのだろう。

 何にもなりはしない。私が失ったものは戻ってこないし、私が得るはずだった栄光――ああ、そもそも、そんな物が本当にあったのか……? ――を得られるわけでもない。

 だとするならば、これはある意味で、惰性だ。

 他にどうしようもなくて、そうするしかないから、私はそうするのだ。

 意味でなく、意思でなく、願いでなく……

 他に道がないから、私はこの道を行くしか無いのだ。

 その先に何もなくとも……

 この行為で、誰も幸せになどならなくとも。


 私には――生贄が必要だ。

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