Ep.2 Machine Head
Ep.2 Machine Head 1
夜の空を、黒い翼を持つものが飛んでいる。鴉ではない。鴉にしては余りにも大きく、翼持つものは、空中を飛びながらも、人型をしていた。
つまりは人型の航空機――
馬鹿げた速度で冥闇の空を翔ける黒い人型に、迫るものが有る。
四方八方から、黒い人型に勝るとも劣らない速度で、それは迫ってくる。まるで、獲物に襲い掛かる鮫の群れ。
高速の飛翔体群を前に、黒い人型は進路を変える。上/右/下/上――慣性を無視し、直角を越えた深さの急転換を繰り返す。周囲の大気がついてこれず、金切り声を上げた。
幾つかの飛翔体――ミサイルが、人型の急転換に着いて行けずに、あらぬ方向に飛んでいく。そして、空中で爆発した。
しかし、ミサイルは爆発したものが全てではない。
着いてきたミサイルは二つ。黒い人型は、その二つを振り切れない。誘蛾灯に群がる蟲のように、ミサイルは執拗に人型を追う。
と――
黒い人型が空中で機動を止めた。
当然、二つのミサイルは人型に殺到する。そこで黒い人型は、自らの纏った黒い翼を羽撃かせた、と言うより――振り回した。
黒い人型の翼は、翼としては奇妙なものだった。それは自らが生み出す暴風によって揺らめき、その一部を粉のように散らしながら、総体としての量を減らさない。
その翼はまるで、黒い焔を外套として纏っているかのようなものだった。
振り回された黒い焔は、竜巻のように荒れ狂い、ミサイルを迎撃する。人型に触れること無くミサイルは爆発し、空中に大輪の華を咲かせ――その爆風と轟音すら焔に弾き飛ばされた。
当然、その中に居た黒い人型は無傷だ。黒い焔を振りほどき、その全容を露わにする。
人型は、四肢も当然漆黒。その全てが装甲のように硬質であり、恐竜のもののように暴力的である。
頭部からは
機体の胴体部からは大きな赤いものが覗いていた。それは半透明の宝石にも似た球体だった。
その中に、人の姿があった。
それは小柄な少女だった。細い首に、細い肩。そこに、ふわりと柔らかい髪が乗っている。しかし、二つの点が彼女をただの少女とは違うものにしていた。
一つ目の点として、少女の形相がある。少女の目は血走り、その奥歯は硬く噛み合わされてぎりぎりと音を鳴らしている。可憐な少女が、顔面の形相一つでここまで悪鬼羅刹に近付けるのか。その内側には、どのような情念が渦を巻いているというのだろうか――
そしてもう一つ。それは彼女の左腕にあった。いや、正確には、無かった。彼女の左腕は、肘のやや上から先が消失していたのだ。
「うっとお――しい!」
少女は声を上げながら、周囲を見るように首を動かす。連動して、黒い人型も周りの闇を見た。少女の声は、平素なら鈴を鳴らすような声音なのであろう。その声が、底冷えするような冷たさとざらつきを纏っていた。
「そこ!」
黒い人型の頭が止まる。その先には、戦闘機の姿があった。
少女は左腕を――存在しない左腕を動かす。黒い人型の左腕が、その動きに連動する。人型の左腕は、他の四肢を大きく上回る異形だった。
一語で表現すると、それは不定形の何かだった。赤と黒、二つの色を持つ不定形の、金属ともエネルギーとも言える、蠢きうねる何か。それが左腕の下腕部の代わりに生えて、腕の大きさに収まっている。
人型は、その異形の左腕を前方に突き出した。
「ネメシス――」
少女の声に合わせて、異形の左腕がのたうつ無数の蛇のように蠢いて――変形した。
異形の何かから、開けた先端を持つ獣の頭部――あるいは、銃口へと。
黒い人型――ネメシスの左腕。銃口と化したそこに、赤黒い焔が燃える。
「――撃て!」
焔が火球となって撃ち出される。火の粉を尾と引いて、一瞬で戦闘機へと殺到した火球は、衝突と同時にそれを飲み込んだ。
着火。爆発。一回り大きな火球と化して、戦闘機は黒煙を上げながら地に落ちて行く。
撃墜を確認すること無く、ネメシスは再加速。直進を開始しながら、別の方向へと左腕――銃口を向ける。焔が揺らめき、発射される。
先のミサイルは四方八方から発射されていた。当然、航空機も単機ではない。
二射、三射と、続けて焔が放たれる。その進行方向で爆発が起こり、火を噴いて戦闘機が落ちていく。
「文字通りの必殺必中。いやあ、見事見事。実に見事だよ、
ネメシスの内側に声が響く。落ち着いた、よく通る男性の声だ。
「茶化さないで、悪魔さん。そんな事より――後どれくらいなの」
虚空から響く声の主――悪魔に向かって、少女――レディは問う。
「
レディはネメシスの下方、地面へと視線をやる。その先には鬱蒼と生い茂る森が地に広がり、ネメシスが飛ぶ事によって、その光景は背後へと吹き飛んでいく。数点、撃墜した戦闘機から立ち上る煙も、同様だ。
そして暗い森の先に――それはあった。
蜘蛛の巣めいて道路を伸ばし、広大な敷地の中央部に背の高い建物。そしてそれを取り巻くように、倉庫めいた背の低い建物が幾つも。
そこは所謂、軍事基地であった。
ただし、国家が持つものではない。現代において、国家が持つ軍事力は、企業が持つそれに比べれば微々たるものにすぎない。
少女が目指すそこも、軍事基地ではなく、欧州で多大な実効支配地域を持つ企業『I3』の私兵待機地である。
基地の存在を確認すると、レディは口の端を釣り上げた。獲物を前にした肉食獣のように。
「悪魔さん。居るのね、そこに」
「そうだとも
「そう――」
レディが白い歯を見せる。同時に、レディ/ネメシスは、存在しない左腕/異形の左腕を前に突き出す。
「ネメシス――」
その銃口に火が灯る。渦巻く。
「――撃て!」
銃口から、焔が弾丸となって飛ぶ。一、二、三――連続して放たれるそれが狙うのは、中央の一番背が高い建物だ。
「そうそう、目立つ所から狙うんだ
焔は全弾着弾。轟音と共に、コンクリートの破片と炎の断片が空中に舞い散る。砕け散った窓から、内部で火災が起こっている事も確認できた。
けたたましく警報が鳴り、夜闇の中にサーチライトの光柱が何本も立つ。待機地が総力を以てネメシスを迎撃しようと言うのだ。
最初に来たのは、待機地に複数配備されている
無数の――豪雨が地面から降るような数の弾丸が放たれる。が――その殆どはネメシスに届くことはなく、届いた僅かの弾丸も黒い焔に触れることすら出来ずに蒸発した。
「いやはや、無駄な攻撃だけれども――」
「鬱陶しい」
悪魔の声に、レディはそう返し、銃口から焔を吐き出させる。狙うのは
炎熱が周囲の大気を巻き上げていく。瓦礫が上昇気流で宙に舞う。
続いて現れたのは、人型だった。人間ではない。それはあまりにも大きい。そう、ネメシスと同じくらいに大きい。
人型は、鋼で出来ていた。目鼻の代わりにカメラのレンズが付いたような頭部をした、機械じかけの人形が、その上から鎧を纏ったかのような姿をしていた。
ギアドール――
一般的には省略してギアと呼ばれるそれは、現代戦の主役と言っていい兵器だ。全長は基本的に八メートル程度、情報焼失機関を動力として用いた、単座の人型兵器である。
出撃したギアは、六機。大別して、二種類のギアが三機ずつ。身の丈ほどもある大盾のような物を装備した機体と、背中に二門の大砲を背負った移動砲台のような機体だ。
二種類が二機一組のユニットとなり、合計三ユニットで配置について攻撃を仕掛けてくる。
その中に、レディの標的は居ない。居ないが、そんなことは彼女には関係がなかった。
「出てくるほうが悪い……!」
三ユニット全てを標的として、ネメシスは上空から一撃ずつ焔を放つ。その全てが、着弾するよりのに先駆けて、全ての盾持ちが砲台型の前に出て大盾を構える。同時に、構えられた盾が展開してより大型へと変形する。
着弾。しかし、全てが盾に遮られて、盾持ちにも砲台型にも損傷はない。それどころか、盾にすら傷はない。
それも当然だ。着弾したのは盾ではなく、盾の直前に存在する不可視の壁――防御用フィールドなのだから。盾持ちが装備した盾は物理的な装甲で有る以上に、防御用フィールド発生機として機能する。
護るのが盾持ちならば、攻めるのは当然砲台型だ。背負った二門の大型砲から、轟音とともに大口径弾が発射される。
「おっと
「わかってる! だから――」
弾速は然程早くはない。数も一度に六発。レディは回避と――
「――行くわ」
――突撃を同時に選択。急加速して一旦距離を離し、回転に近い急転換。落下のごとき角度と高速度で地に迫る。
同時に、左腕を再度変形させる。銃口を持つ形状から、鉈か大鎌のような巨大な刃の形状へと。
地に激突する寸前で、ネメシスは再度方向転換。粉塵を巻き起こし、身にまとった黒焔を火の粉と散らしながら、地を舐めるように低空を滑走する。
眼前に標的を捉えるまでに、秒の時間すら必要とはしなかった。
赤黒い刃を振り上げながら疾走するネメシス。砲台型も盾持ちも、それに対応する速度を持ち合わせていなかった。
「遅い!」
刃を振りながら、ネメシスは盾持ちと砲台型の横を抜ける。一閃し月光を浴びても、黒い刃は煌めくことはない。ただただ、二機のギアを両断するだけである。
地を蹴って方向転換。ネメシスは虎のように次のユニットへ飛びかかる。砲台型が大砲を下げるよりも早く。
残った二組はネメシスから見て一直線上に並んでいた。
「わぁ、凄いぞ
「――一撃ね!」
ネメシスは加速。刃が振るわれるのは二度。両断されるのは四機。刃を受けた機体の脚部が力を失い、全てのギアが崩れ落ちる。
「さぁ……次は!」
炎上する基地の中で、レディが吠える。一つの基地に存在しているギアが、これだけのはずはない。標的が出てくるまで、破壊は続ける。
「おっと、後ろに注意だ、
悪魔の声に反応して、ネメシスが黒焔を防壁として背後に向ける。飛んできた銃弾が、それに触れて蒸発した。
ネメシスが首を動かして、背後を見る。
そこに、そのギアは居た。
黒いギアだった。機体のシルエットが、人型を逸脱するほどに大きな黒い鎧――エクステンション・アーマーを纏った、着ぶくれしたようなギアだった。両手に持った拳銃からは煙が立ち上っており、それでネメシスを狙ったのは明確だった。
だが、それ以上に特徴的なのは、その頭部だった。
「――!」
レディは黒いギアの頭部を見て、歯を食い縛る。彼女は知っている。そのギアの頭部を、知っている。
他のギアの頭部は、機械的な、非人間的な印象のものだ。
だが、黒いギアの頭部は、全く違う
その頭部は、白い――髑髏を模したもの。
「みぃつけたぁ!」
レディは髑髏面の機体を見て、歪な笑みを浮かべた。
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