Ep.2 Machine Head 2


 イアンは自らのギア内部から、それを見ていた。

「何の冗談だ、クソが」

 不明機が接近して、迎撃機が夜闇の中にスクランブルした。ギアも全機出撃体勢に入った。イアンも自らのギア=髑髏面の機体・スピードキングに接続し――情報焼失機関の駆動には、脳内のナノマシンと機体を同期する必要がある――乗り込んだ。それはいい。

 だが、不明機の正体がこんなものだとは――

 目の前に存在する異形の機体。機体と言うのは、それがギアなのか――というか、純粋な科学の手によるものなのかが怪しいからだ。

 もっとも、そういう異形の存在を、イアンはよく知っている。

 ……とは言え、これは悪魔めいている。外見だけでなく、その強さが、である。

 ――アイツを殺ったのも、この悪魔か――? 

 可能性は高い。『アイツ』も、スピードキングと同じスカルタイプ――髑髏面のギアドールに乗っていた。

 スカルタイプは、フレームもエクステンション・アーマーも特別製の、スペシャルなギアドールだ。並の相手が討ち果たせるものではない。

 だが――

「並の相手じゃねぇよな、お前は、よぉ?」

 イアンの言葉が震える。恐怖によって、ではない。そこに有る色は、明確な歓喜のものだ。並の相手ではない機体。悪魔めいた機体。

 そういう怪物を相手にして、イアンは歓喜している。

 程度の差はあれ、人間は危機感――スリルと興奮を、楽しむ事が出来る生物である。例えばホラー映画、例えばジェット・コースター、例えば高速のドライブ、例えば闘争。

 そして程度の差がある以上、それを度を越えて愛好するものも居る。

 イアンは――だった。

 スピードキングの両腕に持った拳銃を、イアンは発砲させる。スピードキングの拳銃は、並のギアを一撃で破壊する火力を有している。

 しかし、銃弾は悪魔――ネメシスに到達する前に、それが纏った黒い焔によって蒸発してしまう。なんという化物めいた力、熱量だろうか。

 六機のギアを瞬時に破壊したその能力は、伊達ではないということだ。

「こんなんじゃあ、お前はれねぇ……そういう事かよ」

 言いながら、エクステンション・アーマーの袖口に拳銃をしまわせる。

 ギアにとって、エクステンション・アーマーはただの増加装甲というわけではない。武装を満載した武器庫でもあるし、推進剤やスラスターの追加も兼ねている。

 そして、それ以上であることも。

 両腕部側面から、スピードキングは別の武器を展開する。引き出された武器は、備えた機構が駆動することによって、金切り声を上げて回転を始めた。

 それは一般的には、武器とされることはあまり無い。

 本来、工作機械として扱われるものだ。回転する鋸――チェーンソウは。

 だが、白兵武器として、ギアの装甲やフィールドを貫こうとするならば、こういうものが有効になってくる。

「教えてやるぜ……このスピードキングが、最強の殺戮機械キリングマシーンだってことをよぉ!」

 言うと、スピードキングはした。

 スピードキングは、足を動かしても、スラスターから推力を生み出しても居ない。スピードキングの前進方法は、脚部のエクステンション・アーマーに装備されている車輪だった。

 基地内部は整備された道路に近い路面状態だ、車輪走行の機体がベストコンディションで走ることが出来る。

「さぁ、踊れやぁ!」

 スピードキングの突撃に呼応するように、ネメシスもまた左腕の刃を振りかざして突撃を仕掛けてくる。

 顔が触れるほどの距離に、二機が接近。チェーンソウと、赤黒い刃が交錯する。

 正面から、スピードキングを叩き割ろうとする赤黒い刃。身を低くしたスピードキングの右腕が振り上げられ、チェーンソウがそれを迎え撃とうとする。

「おらぁ!」

 スピードキングの頭上で、それらは激突する。スピードキングの右腕が悲鳴を上げ、エクステンション・アーマーの破損を伝えるアラートがイアンの脳内に直接届く。

 だが――イアンは退かなかった。

 チェーンソウが回転し、ネメシスの左腕が火花を上げ、闇に火の粉が舞う。

「逝けやぁ! 化物!」

 スピードキングはそのまま左腕を突き出す。当然、そちらでもチェーンソウが火花と騒音を伴って回転している。

 そこまで近付いて――イアンは気付いた。ネメシスの胴体部、その球体に少女が収まっていることに。少女の表情は険しく、イアンを睨みつける視線は殺意が篭っている。

「なっ――」

 流石に、スピードキングの行動と、イアンの思考が一瞬止まる。

 ――な、なんでガキがこんなもんを……!?

 その困惑を、ネメシスは見逃さなかった。鉤爪が着いた右足による前蹴りが飛ぶ。

「かっ……!」

 スピードキングはその直撃を受け、後方に吹き飛んだ。衝撃で、イアンの喉が詰まる。痛みで、困惑も逡巡も、吹き飛んでいく。

 代わりに、怒りが上ってくるのが分かった。余計な思考ものが削ぎ落とされて、吹き飛んでいく。

 目の前の化物に乗っているのが、子供で女だ? だからなんだというのだ? ブッ殺す事に、何の代わりもないだろうが――!

 回転しながら体勢を立て直す。車輪にブレーキをかけさせて、ドリフトめいた円を描きながら立つ。スキール音とブレーキ痕が残される。

 スピードキングは再度の突撃に即座に移行する。路面を抉るほどの高速で車輪が回る。それを受けるように、ネメシスも地を蹴る。

 二機による、凄まじい速さの白兵戦が始まった。スピードキングは高速で地を駆け、脚部と車輪の捌きで速度をほぼ落とすこと無く、背後に回り込む事を狙う。そして距離が近づくと、チェーンソウによる攻撃を仕掛ける。

 対するネメシスは、黒焔を背後に回して瞬間的な加速を行う。方向転換の際には、地面を蹴り飛ばす。直線的な動きで、交錯の瞬間には左腕の刃か、右腕の鉤爪を振るう。

 そうして何度も交錯し、回転する。二機の動きは、まるでダンスを踊っているようでもあった。

 双方、僅かずつダメージを与えあっている。装甲が削られ、内部機構を晒しても居る。だが、それはまだどちらにとっても、致命傷には至らない。

 しかし、イアンには分かっていた。

 ――不利なのは、こっちだ。畜生が。

 損傷が多いのはスピードキングの方だ。チェーンソウは、ある程度の接触時間があってこそ、相手に損傷を与えることが出来る。こうやって、一瞬の交錯にかける戦いには向いていない。

 それに加えて、向こうの方が防御面で優れているというのも有る。攻撃するには焔が邪魔な上に、その下にある装甲が硬すぎる。

「それならそれで、やりようはあんだよ!」

 言いながら、イアンはスピードキングのチェーンソウ――随分と刃が傷んでいる――をエクステンション・アーマー内部に戻して、再度拳銃を前面に展開する。

 そうして射撃を行いながら、後方へと走り出した。

 まずは距離を取る。だが、今のままでは直線速度でネメシスの速さに敵わない。蛇行し、時には進行方向を変える。

 それに対応すべく、ネメシスは飛び跳ねるように突撃。直線状からスピードキングが逃れたと見るや、着地して地を蹴ることで方向転換を図る。

 それを、イアンは待っていた。

「スピードキング! オーバーシフトォ!」

 声を上げる。同時に、スピードキングに異変が起こる。

 機体各部――いや、エクステンション・アーマーが駆動し、大きく展開。拘束が緩んで――脱げた。

 そのまま、空中で機械音を立てて、スピードキングのエクステンション・アーマーが高速変形していく。

 エクステンション・アーマーの中には、ギアにとってもう一つの本体と言っても良い程の特殊性を持っているものもある。

 その特殊性を発揮する符丁コードを、オーバーシフトと呼ぶ。

 ネメシスが飛んでくるよりも、スピードキングのエクステンション・アーマーが変形を完了するほうが早い。

 変形したその姿は、二つの大きな車輪を持つ――黒い大型バイクのものだった。

 スピードキングのオーバーシフトは、エクステンション・アーマーを大型バイクへと変形させるものなのだ。

 即座にスピードキングはバイクに跨ると、ネメシスに背を向ける。

「着いてこいよ――化物ぉ!」

 点火イグニション。情報焼失機関が内部演算機構から情報を吸い上げて、燃焼させてエネルギーとする。エンジンが咆哮にも似た唸りを上げる。

 タイヤがアスファルトを噛み砕くかのように回転し、バイクは疾風と化した。

 同時にスピードキングが持つ全ての火力が放たれる。拳銃、火炎放射器、スモーク、分裂小型弾頭ミサイル、機関砲――それら全てが、バイクの後方へと向けられている。

 理由は単純。オーバーシフトしたスピードキングにとって、敵とは基本的に後方から追ってくるものだからだ。

 ――誰だろうと、走るのは俺の後ろだ。スピードキングは、いつでもブッチギリなんだよ!

 夜の道路を、高速でスピードキングは駆けていく。

 目指すのは待機地の外。繋がっているのは、市街地だ。

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