Ep.5 Death & Taxes 5


 レディは焦れていた。

 ネメシス・ヴェインは幾度も幾度もアタックを仕掛けて、斬撃を振るっていた。一撃でも直撃させれば、目の前の白いギアドールが弾け飛ぶのは分かっている。

 だが、攻撃が全く当たらない。

 超音速で衝撃波を撒き散らしながら地上を駆け回り、角による刺突と斬撃、尾による叩きつけに近距離でのプラズマ放射、様々な攻撃を振るっているにも関わらず、ギアドールに全ての攻撃を回避される。

 見てから回避運動に入ったのでは、どう考えても間に合わない。あのギアドールは、こちらの攻撃を何らかの方法で完全に先読みしている。

 経験によるものか、超能力じみた何かによるものかは、レディには分からない。だが、このままでは間違いなく、あの白いギアドールを仕留めきれない。

 ならば、どうする――?

 ――決まっている、先読みされて回避されるなら、どうあがいても回避のしようがない攻撃を仕掛ければ良い。

 そのための力を。さらなる力を。さらなる進化を。

お嬢さんレディ……飽和攻撃だ。君自身を大きく削ることになるが、君の要求を満たすのは、それしかない」

 悪魔の声を聞く。

 飽和攻撃。回避不可能な攻撃量をぶつける。なるほど――それならば。

 ――分かった、悪魔さん。

 左右頭部の角で連続の斬撃を見舞い、その勢いのままネメシス・ヴェインを回転させて、尾による攻撃を仕掛ける。

 剣/剣/鞭という三連撃でも、やはり攻撃は通らない。だが、尾による大振りな一撃に対して、ギアドールもまた大きく飛び退かざるをえなかった。

 距離は時間だ。大きく距離が開いた今なら――

 力を願う。

 あの白いギアドールが回避不可能なほどの、強力な密度を誇る攻撃を可能にする力を。ネメシス・ヴェインの、最後の力を。

 ネメシス・ヴェインの背部に、力が集まる。それは圧倒的な熱量、焼けるような力。

 機体の内側から、装甲を食い破らんとする程の力に、ネメシス・ヴェインの全身ががくがくと痙攣しているかのように、不規則に震える。

 ――あ、ああ、ああ……

 自分の中から、決定的な何かが失われて――吸われて、組み替えられていくのが、レディにはわかってしまっていた。

 これは、これならば――

 そんなネメシス・ヴェインの変化を、白いギアドールも感じ取ったらしい。構えていた、荷電粒子砲から光の剣を生成して、ステップ。そのステップが、不自然に加速。フィールドを利用しての加速だろう。

 白いギアドールは、高速の踏み込みから上段に光の剣を掲げる。しなり、唸りを上げる、爆裂的な荷電粒子の奔流。それが、ギアドールの背へと振りかぶられた。

 そのまま振り下ろされれば、ネメシス・ヴェインと言えども、無事では済まない筈の一撃だ。

 だが――

 ネメシス・ヴェインが変質を終えるほうが早い。

 レディは感じる。ネメシス・ヴェインの背中、そのうち、四つの点が、内側から爆発して破られるのを。そして、食い破ったエネルギーが、そのまま吹き出ていくのが。

 瀑布のような轟音を立てながら、エネルギーが機体から伸びていく。それが何なのか、どうすれば良いのか、レディには分かっていた。

 白いギアドールが、光の剣を振り下ろそうとしている。ネメシス・ヴェインはそれに対応した。

 背中から伸びたエネルギー。真っ直ぐに伸びていたそれらが、曲がる。曲がりくねって、ネメシス・ヴェインの機体を抱き締めるように前面へとやって来る。

 四つのエネルギーは前方でX字に交差し、ギアドールの振り下ろした光の剣を受け止めた。受け止めたエネルギーの色は、どろどろに煮えたぎる溶鉱炉の鉄にも似た、赤ともオレンジとも言えるものだった。

 悍ましいほどのエネルギーの流れ。その最先端部は、開口した龍のそれに似ていた。いや、似ているのではない、龍の頭部そのものだった。

 ネメシス・ヴェインが生みだした最後の力。それは、強力なエネルギーで出来た、非実体の龍の首だったのだ。

 光の剣が振り切られ、白いギアドールが着地する。同時に、ギアドールはネメシス・ヴェインから距離を取るべくバックステップ。

 ネメシス・ヴェインは追撃。

 攻撃を加える度に、ネメシス・ヴェインの機体も灼熱の色に染まる。溢れ出る熱量が、ネメシス・ヴェインの装甲を赤熱させているのだ。

 触れるもの全てを焼き尽くす、赤い邪龍。ネメシス・ヴェインは、今やそういうものへと変化してしまっていた。

 赤い四つ首を振り回しながら、距離を詰める。高速かつ回転率も早い、鞭のような、飢えた悪鬼のようなそれを、白いギアドールは振り切れなかった。

 当然だ。来ると分かっていても、避けた先に他の首がやって来るのでは、避けきれない。機体自体の速度に加えて、攻撃の回転速度が上がった。

 更に、赤い四つ首は、ネメシス・ヴェイン本体以上に長く伸びている。それが大地を舐めるような叩きつけに入ると、逃げ場自体が範囲として狭くなってしまう。

 それでも、ギアドールは何とか躱していたと言えるだろう。

 一撃首が振るわれる毎に、そのあまりの熱量によって周囲が発火、炎上する。それがまた、ギアドールの足を止める。

 段々と、首とギアドールの合間の距離が詰まっていく。じりじり、じりじりと、その距離が詰まっていく。

 ついに、ギアドールに龍の顎が迫る。

 確実に命中する――その筈だった。

 ギアドールが右手一本に持っていた荷電粒子砲から、光の剣が生じた。バックステップしながらも、その一撃が振るわれる。

 赤い龍の首が落ちる。だが、首はまだ三本有る。即座に次の首が飛ぶ。ギアドールの回避は間に合わない。

 対応してか、悪足掻きのようにギアドールは左腕を前に突き出した。ギアドールの手首が、赤い龍に飲まれる――

 その瞬間、ギアドールの左腕が爆ぜた。

 ギアドールとネメシス・ヴェインの中間で、不可視の力が爆裂したのだ。それに押されて、二機は共に後方へと強制的に下がらせられる事となる。

 やったこととしては、ネメシス・ヴェインが両腕を爆発させたのと変わらない。距離を取るために、自らの一部を犠牲とした。白いギアドールは、防御用フィールドを至近距離で全力で用いることで、自分と相手双方を移動させたのだ。

 その代償は小さくない。ギアドールは健在であるものの、左腕は肘から先が完全に吹き飛んでおり、断面からはケーブルがまるで臓物のように複数垂れ下がっている。

 そして、ネメシス・ヴェインは健在。いや――無傷。ただ単に、フィールドに押されて下がっただけでしか無いのだからそれも当然だ。

 だが、そのような状況でありながら、ギアドールの闘志は衰えている様子がなかった。

 健在な――いや、あえて無事で残した右腕と、そこに握られた荷電粒子砲。その荷電粒子砲から、何度目からの光の剣が生成される。

 溢れ出した輝くエネルギーは、存在としてはネメシス・ヴェインの四つの首に近しい存在と言えた。

 暫しの静寂。

 溢れ出るエネルギーの奔流を身に纏いながら、二機は僅かに距離を開けて対峙した。

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