Ep.2 Machine Head 5


 薄汚い赤い飛沫が顔に飛んできた。

 それはまだ、生命の熱さが宿っていた。

 だが、それも僅かの間のことだろう。目の前の男は、間違いなく死んでいる。首――頸動脈を短刀で掻っ切ってやったのだ。

 男の眼からは光が失われているし、呼吸もしていないのが分かる。

 レディは死を確認すると、男に背を向けた。

 これで二人目。残りは二人。つまり、半分だ。

 もう半分なのか、まだ半分なのか――どちらでも同じことだろう。半分残っていることに変わりはないのだから。

 機体の外から吹き込む夜風を受けながらそんなことを考えていると、スピードキングのコクピットに出来た亀裂に、ネメシスの左腕――右腕と大差ない、鉤爪型に変異したものが、入ってきた。

「お疲れさま、レディ。気分はどうかな?」

「……別に」

 悪魔に向かってそう返しながら、レディはスピードキングのコクピットから出て、ネメシスの左手に乗った。それを確認すると、ネメシスは自らの内側へと、レディを迎え入れる。

 悪魔へ言った言葉は、嘘でも強がりもなかった。戦っている最中は色々と思うことはあったし、熱に煽られることもあったが、いざ果たしてしまうと、それらはするりと抜け落ちてしまっていた。

 薪を全て焼き尽くして、灰だけを残して焔が失せるかのように。

 だが、それは熱が失せたというわけではない。

 ――大事なのは、次だ。次の相手を始末することだ。

 狂熱は、別の方向に向けられている。炎渦のように燃え盛るのではなく、狩人のように次を見定めているのだ。

「……君はまた、少し自分自身を薪にしてしまったね」

 悪魔の声は、少しばかり寂寥感が篭っていた。

「分かっていたことだし、決めたことだから」

 言いながら、レディはネメシスのシートに座る。そのまま、操縦を受け取ると上空へとネメシスを飛ばせた。

「その事は僕も分かっている。分かっているけれど、それでも心が張り裂けそうになるんだよ」

「そうしているのは悪魔さんなのに?」

「だからこそ、だよお嬢さんレディ

 レディの問いに、悪魔はそう応える。

「悪魔とは、そういうものなんだ。契約によって人と繋がり、それに縛られる。法則ルール機構システムに近い存在なんだよ。契約に従い、支払われたものは受け取るし、相応のものを渡さなければならない。それに縛られて、支払われたものは受け取らなくてはいけないのが悲しいんだよ、僕はね」

 二人が会話をしている間に、ネメシスは高空を高速で飛び続けている。飛ばせているレディに目的地は無い。とりあえず戦場から離れて、なおかつ市街である場所を探している。

「見た目通りの機械みたい」

「酷いことを言うなぁ――っと、お嬢さんレディ、そろそろ充分じゃないかな。街も見えてきたことだし」

「そうね」

 感情を込めずにレディは言うと、ネメシスのコクピットから身を乗り出して――そのまま夜空に身を舞わせた。

 身を裂くような烈風がレディに襲い掛かり、重力がその身体を加速させる。自殺に等しい行為だ。

 破滅への急降下の最中でも、レディは顔色一つ変えなかった。ただ空中で身をよじり、頭からではなく背中を地に向け、仰向けになって落ちていく。

 間も無く激突する――という時に、レディの速度は急激に落ちた。落下も止まる。レディは自分の背中に、冷たいものを感じた。

「やれやれ、危なくないようにはしているけれども……怖くはないのかい? ただ地面に降りるのに、こんなやり方で」

「別に」

 レディはそう言って、視線を上に向ける。

 その先にあったのは男、青年の顔だった。端正に整った顔には憂いが浮かび、その赫い瞳は寂しそうに細められている。高空から落下したレディは、青年の手によって抱き止められたのだった。

「もし僕が何かの間違いを起こしたら、君の復讐はそこで終わりなんだよ、お嬢さんレディ。たとえ――たとえ、自分の命が惜しくないのだとしても、それが怖くはないのかい? 復讐を果たさずして消え去ることが、怖くはないのかい?」

「悪魔さんが何か間違ったらおしまいなのは、今に始まった事じゃないから。悪魔さんに頼らなくちゃ、私はこれを続けられない。私は悪魔さんのことを、赤ん坊みたいに信頼してるの」

 レディは青年に、そう言う。さも当然であるかのように。いや、レディの心中では、それこそが当然の真実でしか無いのだ。

 青年は、泣いているような、歪んだ微苦笑を浮かべる。

「喜んで良いのか悪いのか、僕としては複雑なところだね、っと」

 言いながら、青年はレディを自らの手の中から下ろしてやる。返答する青年の声は、悪魔のそれと同じだった。

 それも当然。これは青年の姿を取った、

 黒いロングコートに、黒い長髪の青年。だが一番目を引くのは、レディを抱き抱えていた両腕かもしれない。

 悪魔の両腕は生身のそれではなく、金属製の、冷たい機械の義腕サイバーアームであった。

「どっちでもいい。そんな事よりも」

「そうだね、街に行って、休むと良い。先の戦闘で、疲れただろうお嬢さんレディ。休んで、気力と体力を整えて、次へ行こう」

「次――」

「残るは二人だよ、レディお嬢さん?」

 話しながら、二人は並んで歩き出す。

 隻腕の少女と、義腕の悪魔。少女が差し出した残った方の腕を、悪魔が機械腕で握り返しながら。二人は歩いて行く。

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