Ep.4-2 Turbo Obliterate 4


「くっ、はっ、は……はは、は……」

 血を口の端から垂らしながら、エルフリーデは笑う。死にそうなくらいの痛みは有るが、笑う。笑ってやる。

 ――せめて勝ち誇って、死んでやる。

「約束だ。僕が、教えてあげるよ、お嬢さんレディ。最後の相手が何処に居るのか、そして――君がどうしてそうなったのか、をね」

《余計な事を言うな。お前の情報なんて必要ないし、今潰しても構わないんだぞ》

 青年の、悪魔の声が釘を刺す。

 エルフリーデはそれを無視する。

「そもそも、おかしいとは思わなかったのかい? 悪魔なんてものが、どうして都合よく君の前に現れたのか」

 間に荒い息を混ぜながら、エルフリーデは言う。全てをぶち撒けて、精神に傷を与えて。嘲笑いながら死んでやる。

「不思議だとは思わなかったのかい? 君と君の父親の元に、何故ギアドールなんてものが差し向けられたのか。それも、先行型が四機も」

 エルフリーデが言葉を向けるのは、悪魔ではなく少女の方だ。

《余計な事を言うなと言った筈だ! お嬢さんレディ! この女を……お嬢さんレディ、どうして……!》

「あ、はっはっはっはぁ! どーぅやら、君のお姫様は、僕の話がちゃんと聞きたいみたいだね! ならば語って聞かせようじゃないか!」

《く、ふざけるな! お嬢さんレディ! 聞く必要はない! 早くこの女に止めをさすんだ!》

 通信越しに冷や汗をかいている様すら見えてしまいそうな勢いで、悪魔が言っていた。

 ――あぁ、いい気味だ。

 せめて吠え面をかかせてやる、元凶の悪魔め。

「僕達が君の父親を襲撃したのはね、君の父親が悪魔を作り出そうとしていたからさ。そう、君に取り憑いている、その悪魔をね!」

 一息に言う。反応はない。衝撃で固まっているのか、何も感じていないのか。

「僕達、I3スペシャルセクションの任務は、その悪魔のような危険にすぎる超常存在が生み出される前に、芽を刈り取る事だ。君の父親が、悪魔を生み出そうと研究していた事は、調べがついていた。まぁ、そちらも追われていることは承知していたみたいだけれどもね」

 何度も何度も、少女とその父親は、居住地を変えていた。その果てに辿り着いたのが、あの湖畔だったのだ。

 そして、あの湖畔が選ばれたのにも、理由があった。

「悪魔を作るには、いくつか条件がある。そのうちの一つが、この世界に定着するための形代の必要性だ。君の父親が、あの湖畔に移り住んだのは、形代の確保が理由でもあったんだ……あの湖畔には、有るものが隠されていた。それは、旧式のギアドールだ」

《貴様……!》

「その旧式のギアドールを形代に、君の隣にいる悪魔は現れた。だからこそ、そんなギアドールもどきの化物の姿になったわけだ。でも、いちばん重要な事はそんな事じゃない」

 エルフリーデが語ることが出来る、最後の真実。それをぶち撒ける事を、真実を知った少女を想像して、にぃっと笑う。

「重要なのは、悪魔が――独立演算型情報質量体が出来上がるには、情報焼失理論によれば、膨大な量の情報質量が必要だ、ということだ」

 他にも、相応の準備や手順は必要になる。が、重要なのはこれだろう。

「膨大な量の情報質量――君の悪魔がこの世に生まれるために、消費されたのは何か。君なら、分かるだろう? 戦いながら、を擦り減らしている君ならば」

 並の情報量では、悪魔は生み出せない。

 世界最速のスーパーコンピューターでも、悪魔を生み出そうと思えば、凄まじい時間の演算が必要とされる。

 だが、それを覆す方法が存在する。

 そのために、薪として焚べるべきは――

「人間だよ。人間を薪として、まるまる一人分の情報を使って、その悪魔は現れたんだ」

 悪魔の召喚には、生贄が必要なのさ、とエルフリーデは続ける。

「じゃあ、実際に消費された、生贄にされた人間は誰なのか。これは言うまでもないね。僕も君も、存在を認識していながら、名前を出せない人間――そう、君の父親だ」

 少女の父親は、情報的に消費され尽くしてしまっている。だからこそ、襲撃したエルフリーデ達にすら、名前を認識することすら出来なくなっているのだ。

 恐らくは、少女も父親の顔や名前を思い出すことは出来ない筈だ。

「つまり、君にとっての仇は、僕達というよりも、その悪魔だ――なんて、言うつもりはない。真実は、もっと残酷だ」

 いっそ優しさすら感じさせる声音で、エルフリーデは語りかける。

「ねぇ、お嬢さんレディ。その悪魔を生み出したのは、君の父親だ。君の父親は当然、情報焼失理論的に、悪魔の誕生には生贄が必要であることを把握している。ならば、用意していた、悪魔のための生贄は、誰だ?」

 続ける。畳み掛けるように。

「湖畔の小屋に居たのは、君の父親と、誰だ?」

 エルフリーデが言葉を吐き出す間、悪魔も少女も、言葉を返して来なかった。それが何故かは、もはやエルフリーデには分からない。

 ただ、全てを吐き出してやる。それだけだ。

「そう――君だ! 君はね、生贄の山羊スケープゴートとして、あの場で父親に殺されて悪魔に捧げられるはずだったのさ!」

 そうでしか有り得ない。自らを捧げるわけがないのだから。

 だが、それはなんと――

 ――滑稽で哀れなのだろうね。

 溢れ出る感情が、エルフリーデの舌を滑らかにする。

「復讐? 君の父親は、君を殺そうとしていたのに? 君の悪魔は、君の父親を材料に生まれたのにこれはまぁ、なんというか――滑稽だねぇ。く、くくく……」

 そして、爆発した。

「あははははははははははは!」

 笑う。エルフリーデは笑い続ける。

 最後の相手の情報は、話しながら送信した。後はもう、死ぬのを待つだけだ。

 後は任せた。

 ――僕に出来るのは、精々笑って死ぬぐらいだ。

 それが、エルフリーデの生涯において、最後の思考だった。

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