Ep.5 Death & Taxes 3


 向かってくる光の矢を紙一重で交わしながら、ネメシス・ヴェインは白いギアドールに迫る。接近/右頭部の角を振るう/着地して両足をブレーキ代わりにして滑る。

 木々を薙ぎ倒し、大地を抉り取りながら振るわれた斬撃は、しかし空を切った。

 ――消えた?

 そうとしか、レディには思えなかった。移動にしてはギアドールに予備動作らしきものが見られなかったし、スラスター等を用いたことによる噴出も見られなかった。

 ならば何処に――

お嬢さんレディ! 左だ!」

 悪魔の声で、レディはすぐに左方を認識。そこに、ギアドールは居た。まるで、棍棒か何かのように荷電粒子砲を振りかぶって。

 ――どうやって!? いや、それ以上に、何で?

 その場に居たという事は、ギアドールは移動したということになる。だが、角を振るってから回避動作に移っても、遅いはずだ。

 ギアドールは、攻撃の位置とタイミングが分かっていたとでも言うのか?

 ――いや、そんな事を考えている場合じゃ――

 ギアドールが振りかぶった荷電粒子砲が変形する。

 荷電粒子砲から横に伸びていたウィングが可動した。弓の形状から、荷電粒子砲を一直線の形にするように。

 そして、二枚のウィングの間に、白光が伸びていく――

 半ば本能から、レディは右側に飛び退いた。

 一瞬前にネメシス・ヴェインが立っていた場所に、ギアドールはまるでガスバーナーの焔のように垂れ流しになった光を、粒子を撒き散らしながら叩きつけていた。

 それはまるで、光の剣による斬撃だ。

 ウィングは、弓から剣の鍔になっていたのだ。

 光の粒子によって大地が抉られ、弾け飛ぶ。更に攻撃が続いた。

 瞬時に、ギアドールは荷電粒子砲を横に振った。光の剣が、横薙ぎに飛ぶ。

 即座にレディは反応し、ネメシス・ヴェインを上方に飛ばす。光の剣の長さがどれほどか分からない以上、後方へは飛べない。

 ネメシス・ヴェインの足下を、光の奔流が薙ぎ払う。それは美しくも悍ましい、破壊力そのものの流れだ。

 実弾なら兎も角、これを受けては、ネメシス・ヴェインも損傷を受けてしまう。間違いなく、軽傷では済まない。再生も無限ではない。リソースは再生ではなく、攻撃に割かなくては。

 ネメシス・ヴェインは滞空し、ギアドールを見下ろす/ギアドールは、ネメシス・ヴェインに向かって荷電粒子砲を構える。

「荷電粒子砲の収束時間と収束率を変化させることで、銃砲と光剣、二つの使い方が出来る武器なのか、アレは……!」

 悪魔が言った。

 ならば、荷電粒子砲の変形するブレードは、荷電粒子の収束を制御する装備ということになるのだろう。

 どうやってそんな事をしているのかレディには分からないが、そういう仕組なのだと分かっていれば十分だ。

 射撃戦に入る。

 右頭部/左頭部――開口。

 漆黒のプラズマジェットを二条、ギアドールに向けて撃ち下ろす。

 しかし、それが発せられた時には、ギアドールは既に移動を終えている。まるで、未来が見えているかのような挙動だった。

 着弾。

 その部分だけ地面が溶岩と化したかのように着弾地点が蒸発し、周囲がどろどろに溶ける。

 既に移動していたギアドールの姿を、レディは追う。場所はレディから見て右側。

 ギアドールはまるでホバーで移動しているかのように、自らの足を動かさずに大地を移動している。

 ギアドールを、ネメシス・ヴェインはプラズマジェットを放射したまま首を振って補足する。当然、その光のラインは首の動きに追従して、ギアドールへと向かう。

 白いギアドールが用いている荷電粒子砲の放射が光の剣であるならば、ネメシス・ヴェインのプラズマジェットストリームもまた、漆黒の光の剣だ。

 しかし、その二本の光の剣、のたくり動く光のラインはギアドールの動きを捉えることが出来ない。

 ――読まれて、いる?

「そう考えて対応するしか無い……すまない、お嬢さんレディ、パイロットに関するデータを漁ってみても、回避率が異様に高く、単独出撃が多いことくらいしか分からないんだ」

 悪魔が言った。

 回避率が高いというデータが有るのなら、先までの白いギアドールの回避は偶然というわけではないのだろう。

 あのギアドールのパイロットは、行動を先読みできるか、それと大差がないレベルで回避行動が出来る技量を持っている。ならば、行動は読まれる、そう想定して動くしか無いだろう。

 攻撃が読まれるのだとすると、どうやって攻撃を当てる――?

お嬢さんレディ!」

 レディの一瞬の思案を、悪魔の言葉が遮る。ハッとしてギアドールを確認すると、荷電粒子砲が弓形に再変形しており、その砲口に光が集まっていた。

 発射まで間がない。

 プラズマの放射を止め、ネメシス・ヴェインは空中で身を撚る。その動きは、あまりにも遅く、神経が通っていない手指を動かそうとしているかのようにもどかしい。

 ……ギアドールから、光の矢が放たれる。

 ――このままでは、回避が間に合わない……!

 そう、レディは確信する。

 ならば、もう一つの手を使うしか無い。相手の狙いが正確であるならば、可能なはずだ。

 中央頭部開口/プラズマ放射。

 同時に、白いギアドールの荷電粒子砲から光の矢が放たれる。

 白と黒――二条の烈光/その軌道が交錯。

 プラズマジェットと荷電粒子が空中で激突し、爆発的な光を周囲に撒き散らしていく。それはまるで、視界を焼き払う白い闇。

 落雷の如き轟音を聞きながら、レディはネメシス・ヴェインの高度を下げる。樹木を小枝のように叩き折りながら着地。

 ……戦闘で勝つには、強みを押し付けていく必要がある。

 ネメシス・ヴェインの機体としての強みは無数に存在する。攻撃力も防御力も機動力も、ネメシス・ヴェインのスペックはギアドールの範疇からは大きく外れているからだ。

 だが、敵の攻撃で、首が一つ吹き飛ばされた以上、防御面での優位はもはや機能せず、攻撃面でもこれまでのようなアドバンテージはとれないと言えるだろう。

 故に機動力だ。

 先読みが単に経験や反応によるものならば、ネメシス・ヴェインの速度で翻弄すれば、対応は追いつかないはず。

 そのためには、接近戦だ。

 地に降りての白兵戦で、勝負をかける。

 ……二つのエネルギーの衝突による、爆光が収まっていく。

 その白い闇の先にあったのは――

 ――なっ!?

 荷電粒子砲を剣へと変えて、上段から振り下ろそうとしている、白いギアドールの姿だった。

 甘かった。読み合いにおいて、向こうはこちらより数段上。接近戦を挑んでくることが分かっっているならば、先手を打つのは当然。

 この距離では避けられない――

お嬢さんレディ! 両腕を盾に!」

 悪魔の声に、レディは半ば反射として従っていた。両腕――今は龍の頭を交差して、前に出す。

 だが、この程度では盾としては心もとない。

 あの荷電粒子砲に斬り裂かれる。

 あぁ、光の粒子がやって来る――

「爆破!」

 瞬間/悪魔の声/再度の爆光。

 自らの――いや、ネメシス・ヴェインの両腕が砕け散る感覚をレディは得る。悪魔が、ネメシス・ヴェインの左右頭部を、内側から爆発させたのだ。

 そんな事も出来たのか――と思いながら、爆発によってネメシス・ヴェインは後方へと弾き飛ばされる。

 荷電粒子砲から発せられた光が、爆発によって吹き飛ばされる光景の中、レディは見た。

 爆発が、ギアドールの直前で不自然に弾かれているのを。まるで、壁に向かって放水でもしたかのように、四方八方へと粒子となって散らされているのを。

「防御用フィールドだ、お嬢さんレディ!」

 吹き飛ばされながら、悪魔が言う。

「それが、あの機体の機能だったんだ――!」

 地を転がりながら左右頭部を再生させつつ、悪魔のそんな声を、レディは聞いた。

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