第40話 事象:ITにおける巨大生物との邂逅について
間に合え、間に合えと祈りながら俺は全力で地面を蹴る。
羽のように体は軽く、周りの視界はまるで自分の後方から見渡すように拡大していた。そのおかげかどうかは分からないが、鬱蒼とした森の中でも俺は全力で走ることができている訳だ。
そうして走ること数十秒。
森の出口の道と森との境目。
そこに、ヴォタロスがいた。
「グォオオオオオオオ!!」
またしても咆哮したヴォタロス。衝撃波が周りに広がった。
あいつはこっちに気付いちゃいない。だとすれば、誰に向かって咆哮したのか。
答えは単純明快だろう。おそらく、俺の仲間に咆哮したのだ。
遠目にだが――やっと見つけた。
ヴォタロスの正面の木の陰にマリーさん……どうやら気を失っているようで微動だにしていない。その木の上に咆哮でふっとばされたのか、ぐったりとハットリがぶらさがっている。
そして――クラウが一人、ヴォタロスの眼前に躍り出ている。
その体は見るからに震えていて、今にも崩れ落ちそうだ。
「っ……させないわ……殺させや、しないわっ!」
独り果敢にもヴォタロスの目の前に出るクラウ。
その瞳は、覚悟を宿している。
死の覚悟だ。
ヴォタロスは既にその棍棒のような右腕を振り上げている。
クラウにそんな瞳をさせる気なんて俺にはさらさらない。クラウは俺が守ると決めたのだ。
だが、そんな俺の気持ちをあざ笑うかのように、魔力強化を体に施していたヴォタロスは、目にもとまらぬ速さで固く握りしめた拳をクラウに振り下ろす。
その速さにクラウは対応できていなかった。当然だろう。ヴォタロスは今までにない程の殺意を滲ませていたのだから、怖がって動けなくなっても不思議ではない。
すでに俺はヴォタロスの身体の脇からクラウを助け出すため、巨体の股の下を通り抜けるようにスライディングを開始していた。
ここで、クラウを死なせる訳にはいかない!
俺達はまったり、ゆっくりと冒険者生活を送るんだ。
ハットリやマリーと一緒に、のんびりスローライフを送るんだ!
心臓が早鐘を打ち、全てがスローに見える。
クラウにヴォタロスが拳を振るうのが早いか、俺がクラウを助け出すのが早いかというところだ。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」
俺の腕は確かにクラウの身体を優しく抱き留め、あいつの魔の手から救出することに成功する!!
「――っ!!」
短くクラウが悲鳴を上げ失神したのと、奴の拳が地面に直撃するのは同じタイミングだった。
後ろで聞こえる爆音が鳴りやまない内に、俺はマリーさんを回収する為木の陰に周り、素早く肩に担いだ。
二人とも非常に軽い。
俺がハットリを回収しようと上を向いた瞬間、
「ヴォオオオオオオオ!!」
目の前で獲物を掻っ攫われたヴォタロスは激しく吠えたてる。
衝撃波が巻き起こり、ハットリが吹っ飛ばされた。
俺はハットリの身体を受け止めるため、跳躍しようとするが――
気付く。
あいつはそんなにヤワじゃない!!
「サラマンダー……カモン!!」
空中に居たハットリは既に態勢を整え、体中から魔力を発散している。
目は真紅に染まり、まるで怒りに燃えているかのようだった。
「火遁の術でース!!」
瞬間、高さ十メートル、半径五メートルに及ぶであろう火の柱が、ヴォタロスの足元から噴出する。
あまりの火の勢いに、ヴォタロスがその場から逃げようとするが――
「シルフカモン!! 風――もうなんでもいいでース!! ホァアアア!!」
突然の竜巻発生。
それはサラマンダーが起こした決して消えない炎と交わり――地獄の渦と化した。
「おいハットリ、やりすぎだ! だが、良くやった!! もっとやれ!!」
「もうムリでース! 魔力すっからかんでぶっ倒れそうでース!! それに、あいつまだ生きてまーす! 今のうちに逃走するべきでース!!」
「おい、ハットリ、走れるのか!?」
「舐めてもらっちゃ困りまース! 忍者エルフは不死身でース!!」
言いながら、ハットリは額の汗を拭いながら走ろうと構えるが――
「アウチッ!!」
盛大にこけた。
「無理すんじゃねぇっつーの!!」
さっと後ろを見ると、すでに遁術の効果が消え始めたようで再びヴォタロスのあの魔力の気配がする。
尋常じゃない体力と耐力だ。ヤバイ。
「ワタシおいて逃げるでース! マリーとクラウが無事ならワタシはそれデ――」
「駄目だ――俺がヴォタロスの相手をする! お前はマリーとクラウを起こして逃げるんだ!!」
「待つでース!! 無謀でース!!」
ハットリの声なんて聞こえちゃいない。
もう俺にはこれしか道は残されていないのだ。
後ろには俺を助けてくれた頼もしい仲間が――三人も居るのだ。
ここで見捨てて逃げるなんぞ、男のする事じゃない。
―――――
アレンは口の端を吊り上げ、腰から剣を徐に抜いた。
すると、全身が紅いオーラに包まれた。
ここにきてようやく、クソオヤジ――ヴァレンシュタインの装備の効果が発揮されたのだ。
「来いよ、化け物。俺の仲間には指一本触れさせん」
対するは、牛の頭を持った化け物――ヴォタロス。
こちらも魔力を宿した体を生かし、アレンへとまっすぐに跳躍してくる。
その速さ、まさに神風。
「ォォオオオッッッ!!」
「うらあああああああああああ!!」
ヴァレンシュタインから譲り受けた盾が、ヴォタロスの右腕を轟音をあげながらも防ぎきる。
アレンは引けない。
すぐ後ろには仲間たちが居るからだ。
ヴォタロスはそれを見越したのか、即座に左腕を振るう。
両腕の力でアレンを押し潰そうとしたのだ。
アレンは右腕の剣でその拳を受け止める。
ヴァレンシュタインの剣をもってしても、ヴォタロスの極限まで強化された右腕は切れはしなかったが、防ぐことには成功した。
重い打撃音がアレンの腹の底まで響き、ヴォタロスの両腕にさらに力が掛けられる。
「ぐぅぅぅう」
このままでは自らが形勢不利と悟ったアレンは、全身の力を総動員し、一息にヴォタロスの両腕を跳ね返す。
そして、その拘束が緩んだ隙をアレンは見つけ――豪速でヴォタロスの心臓目掛けて剣を突き出した。
思い切り勢いをつけた剣の切っ先がヴォタロスの身体に沈み込む。
確かな手ごたえを感じるその一瞬で、ヴォタロスは自らが貫かれてしまうと判断したのだろう。瞬時に右斜め後ろへとバックステップを決めることによって致命傷を免れた。
ちっ、と無意識に舌打ちをしてしまうアレンだったが、追撃しない手はない。
身体強化の恩恵で素早くなった身体を活かし、ヴォタロスの脇腹へと剣の切っ先を突き立てる。
「グォォ!!」
魔力で満ちているヴォタロスの体に剣を突き立てる。
ようやくヴォタロスに有効打を与えられたことを確認したアレンはそのまま背中側へ回り込み、袈裟懸けにヴォタロスを一閃した!!
「うぉおおおおおおお!!」
先ほどヴォタロスの拳を斬りつけられなかったのは勢いが足りなかった為か。
今度は易々とヴォタロスの皮膚を切り裂き、鮮血が噴き出した。
「ッォオォオオ!!」
「なっ!?」
アレンは間抜けな声を上げてしまったが、無理はない。
在り得ない動きをヴォタロスがしたのだ。
眼にも見えない速度での振り返りざまのラリアットだ。
防ぐ余裕などアレンにはなく、モロに直撃してしまう。
「ぐあああああああああああ!」
骨が二、三本折れたような音がするが、痛みはない。
痛みを感じている暇など、ない。
なぜなら、アレンが吹っ飛ばされながら見えたのは、ヴォタロスが追い打ちをかけようとこちらへ飛びかかって来ようとしていたからだ。
意識を取り戻したマリーとクラウが、今まさにアレンがとどめを刺されようとしている姿を見て悲鳴を上げるが、アレンはその悲鳴が誰の物かも判別がつかない程、追い込まれていた。
地面を転がり、かろうじて避けることに成功するも、余波の衝撃波で吹っ飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた先は、クラウとマリーとハットリの元だった。
「アレンさん! あいつの弱点は首と眼ですっ!! 首なら一撃で仕留められますっ! 首を狙ってください!!」
「はぁ、はぁ――ンな事言っても隙がねぇよ……アイツ本当に生物なのか?」
ヴォタロスは未だ健在。こちらの様子を見ている様だが、アレンが隙を見せたが最後、一気にこちらの命を刈り取るつもりだろうことは火を見るより明らかだ。
膠着した状況、手も足も出ない中、ボロボロのアレンを見てクラウがぼそりと呟く。
「わ、私が隙を作るわ……アレン、お願い!!」
「何言ってんだクラウ――おい、よせっ!!」
言うや否や、クラウがヴォタロスへ向けて突貫する。
それを見たヴォタロスの行動は早かった。
まっすぐにクラウと交戦する事を選んだのだ。
「ヴォオオオオオ」
冷や汗を流しながらも、クラウは自分の策略に相手が上手く嵌った事にニヤリと笑みを浮かべる。
そして――短剣をヴォタロスの眼に向けて投げ放った!!
吸い込まれるように眼球へと突き刺さった短剣は、ヴォタロスの視界を奪い、隙を作るのに十分な働きをした。
「ったく! ホント無茶しやがるなっ」
言いながら、すかさずアレンは跳躍し、剣をヴォタロスの首めがけて振り下ろす!
ザッ、という肉の千切れる音と感触とともに、筋繊維に当たったのか一瞬剣が首を寸断する途中で止まってしまったが、アレンは全力を以て剣に力を込めた!!
「ヴォオオオオオオオオオオオオオ――――!!!!」
斬ッッッ!!
凄まじい音量の断末魔とともにヴォタロスの頭は胴体から離れ、その胴体は数歩歩いた後、痙攣を繰り返し、ついには生命活動を停止した。
残ったのはアレン、マリー、クラウ、ハットリの四人。
それは確かな勝利の証。
奇妙な静寂の後、アレンがどう、と地面に仰向けになる。
「――――やってやったぞぉおおおおおお! うおおおおおおおお!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます