第27話 事象:ITにおける行方不明・身元不明の勇者について
「アレン! アレンってば!」
血が噴き出る腹を押さえながら、俺はクラウさんの叫びを聞いている。
血を失い過ぎたのが分かる。頭がクラクラして来た。
俺、このまま死んじまうのか?
「……あの~、シリアスしてるところ悪いんですけど、アレンさん、その程度じゃ死にませんよ?」
「一体マリーは何言ってるでース? こんなに苦しそうでース」
そうだ、意味わからんこと抜かすなマリーさん。
今にもほら――意識が薄れて――。
う、す、れ、て――
「そこをどいてください! 私が治癒士ですっ! 怪我人はどこですか!?」
「まぁ落ち着いてくださいって」
「マリーっ!? あなた、アレンがこんなに苦しそうなのに何言ってるのよっ」
……。
ほら、クラウさんが泣きそうじゃないかマリーさん。一体何を根拠に落ち着けなんて言ってんだッツーの。
俺なんてもう、ほら、なんていうか。
傷口ぶっしゃーってなってるから。血まみれだから。
うん。なんか痛くねぇけど、これって感覚麻痺ってるんだよな?
そっと俺は抑えていた怪我の具合を手で確認した。
傷が、なかった。
「なんじゃこりゃああああああああ!?」
俺はぴんぴんしてる体を起こし、思いっきり叫んだ。
まさか、本当に夢だったのか!? は!? 斬られたんですけど!?
「なによっ!? なんなのよっ!? アレンどうしたのっ!?」
「き、傷がねぇんだっ! 意味わからん! なんでだ!? 俺斬られたよな!? 全然身体ピンッピンしてんだけど!?」
軽装鎧を着ていた俺だが、しっかりと斬られた形に鎧と服は切り裂かれていた。
だが、傷跡だけがない。血はベトベトに付着しているのに、だ。
「だから言ったじゃないですか。アレンさんはこれくらいじゃ死なないって」
「マリーさん!? お前なんか知ってんの!?」
「……忘れたんですか? 呪いの事」
マリーさんはボソっと呟くものだから、全然聞こえねぇ。
「ちょっと、そこ、どいてくださいってばっ! けが人は――ひゃあ!? 出血がひどいです! これはマズイですよっ! 救急搬送が必要ですっ!」
「どうなってるでース? アレンぴんぴんしてまース。ヤバイお薬でもやったんでース? いけませーン。お薬ハ」
「まず、治癒士の方。黙っていてください」
騒ぎ立てた治癒士の腹を――マリーさんが殴った。
「グォフッ」
ああっ、治癒士さーん!!
「みなさーん、落ち着いてくださーい! 誰も死んでませんし、怪我もしてませーん!」
マリーさんが事態の収束を図ろうとしている!
「えっ、いや、俺斬られたんだッツーの!」
「ダマレェ! 説明が、面倒でしょうがっ」
え、なに、マリーさん手刀で俺の首筋叩くのやめてっ!
いてぇ! いてぇ上に意識がっ、意識が飛ぶ!!
あうち。
―――――
「……はっ!? ここはどこだ!?」
「冒険者ギルドの中ですよ。ちなみに、ここには受付の女性が事情を聞きに来ているので、さっさと起きてください。アレンさん?」
俺が起き上がると――冒険者ギルドの中だとマリーさんは言うが――見知らぬ場所だった。ちなみに俺はベッドだ。クラウさん、ハットリ、マリーさん、受付のお姉さんは俺を取り囲むように椅子に座っていた。
なんか、保健室のベッドで寝てる時にクラスメイトが見舞いに来たみたいだな。
クラウさんとハットリは何かを考え込んでいるようで、先ほどまでの動揺から一転して、冷静になっているようだった。
「……えっと……、御無事で、何よりでした。アレンさん。お体の調子はいかがですか?」
受付のお姉さんが心配そうに俺に声を掛けて来てくれた。
うれしい。俺はうれしいぞ。
「――すこぶる好調ですな。これ以上ない位に」
「そ、そうですか。それは何よりです」
「ですな」
俺は傷のあたりをまさぐりながら、お姉さんに笑顔で答える。
ホントに傷ねぇし。どうなってんだよ。
「詳しい事情は他の冒険者さまよりお聞きいたしました。正体不明の蒼い軽装鎧を纏った女に斬りつけられていたとか。何故、そのようなことに?」
「魔導掲示板の列に横入りして、おっさんと喧嘩しそうだったから肩掴んで止めただけだ。他には何もしてない」
「そう……ですか。わかりました。
えと、今回の件についてなのですが、物品の破損等はないので、賠償金などはかかりません。治療費についても、お見舞いという形で、ギルドから出させていただきますのでご安心ください。――とはいっても、ベッド代だけなんですけどね。
襲撃者についてはこちらも調べを進めておりますので、ご安心ください。
それではお大事に。失礼いたします」
一方的に言う事だけ言って、受付のお姉さんは去ってしまった。
引き留める理由もないんだが。
襲撃者についても不明――って言ってたか。わかんないんだな。ほんと、アレなんだったんだ。
それよりもだ、
さっきからクラウさんやらが真剣な顔してる。
「あのー、みなさん? さっきからずっと何か考えておられるようでござりまするが、一体何をそんなに――」
「アレン。マリーから説明を聞いたわ。あなた、その『呪い』のせいで、死なない――いえ、『死ねない』体になったんですって?」
なにそれ、俺初耳なんですけど。
俺死なないの? なんで?
「俺それ知らんぞ」
「えっ、私言いませんでしたっけ」
マリーさん。聞いてねぇよっ!
「聞いてない。マリーさん。説明カモン」
「は、ははは。そうですね。説明しちゃいましょうか。
アレンさん。貴方はアレです。例の呪いで、死ねない体を手に入れたんです。正確には、傷がついても修復する機能を備えた……というところなんですけど」
えぇ……なにそれ。
「傷がついても修復するって……その話がホントだとして、どの程度まで大丈夫なんだ?」
「体を粉微塵にされても、もふもふぱわー……MPがあれば生き返ります」
「すごいでース! アレン、不死身でース! これでいくらでもゴブリンの群れに突撃できまース!!」
「いや、やらねぇからな!? ハットリの発想が怖いわ!」
何考えてんだこのダメ忍者め!
死なないからって、魔物の群れに突っ込めだなんて恐ろしい事言うんじゃねぇ。
そんなやりとりをしていると、クラウさんが長い溜息をついた。
「ハァァ……。心配したじゃない。そういう事は早めにいいなさいよ」
「クラウさん……! 心配、してくれたのか!? つーか今の話し信じるんだ!?」
「現に傷は治ってるじゃない。良くわからないけれど、その呪いのせいだっていうなら納得よ。」
「……信じるんだ。心配してくれてありがとう」
本当に何言ってんだというような顔をして、クラウさんが俺を見てきた。
いかん。素直に心配してくれたのが嬉しいよ普通に。
突っ込めとかいう忍者よりも、説明不足の駄女神よりも、フツーに心配してくれたクラウさんが、本当にありがたい!
惚れた! 俺はもっとクラウさんに惚れちまったぞ!
「それよりも、でース。襲撃者についてでース。アレン、あの蒼鎧、皆に勇者アリアと呼ばれていましタ。何か知っていますカ?」
「いや、知らん。なんか盗まれた聖剣を探していて、魔王を倒しにいくんだーとか言ってたけど」
「っ……」
びくり、とクラウさんが反応してるけど、口を堅く結んだままだ。
こりゃあクラウさんなんか知ってそうだな。
無理に訊きだしはしないけど。
「なあ、聖剣とか知らんけどさ、今後俺の命を狙ってくるような感じじゃないし、通り魔みたいなもんだったじゃないか。
それに、クラウさんが居てくれれば俺はMP切れを起こすこともないし、死なないんだろ?
探すのもリスクがあるし、今回は静観しかできねぇんじゃねぇかな?」
「それもそうでース。でも、団体行動は心がけるべきでース」
「そうですね。アレンさんが狙われてるかもしれませんし、皆でいる事を心がけて、また何かあったら全員で対処する……と。そうしましょうか。クラウさんも、それでいいですか?」
「えっ、ええ! それでいいわ」
ふぅ。
やっと真剣な話から解放されたな。
「体調もばっちりだし、今日の依頼を受けに行くか。金がないと生活できねぇしな。そういえば、マリーさんは何のロールにしたんだ?」
何とは無しに、聞いてみた。
「あー! そうでした。聞いてくださいよアレンさん! 受付の女性が私の事を残念そうな目で見て来るんですよっ!? どうしてだと思います!? ちょっと戦闘ができないだけであんな顔しなくてもいいと思いません!?」
「……だってお前、戦闘できねぇだろ。どう考えても。ちなみに武器は何にしたんだよ? 使える武器の一つくらいあったろ?」
「弓なんて使えませんし、剣なんて重くてもてません。私にはやっぱりあの黒光りするアレしかないんです。ちなみに、ロールには女神と出ていました。えっへん」
おい、身元バレしてんぞお前。
そしてえっへん、じゃねぇよ。
「ちょっとまて……じゃあ、マリーさんどうやって魔物倒す気なんだ? 流石にあの銃じゃ牽制にしか使えんぞ」
「それは――気合、とか」
「冒険者なめんな!!」
「Oh,役立たずでース!!」
「はあぁぁ……こんなので本当に冒険者やっていけるのかしら?」
クラウさん。
俺もソレ、すっごい同感だわ。
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