第三幕 事象:ITにおけるそれぞれの事情について

第26話 事象:ITにおける光の勇者との早すぎる邂逅について

 ハットリとマリーさん、クラウに説明を終え、なんとかこの先一緒に冒険者をやることになった日。次に話題に上がったのは俺が倒したゴブリン達の素材で十万ユルドは稼げたという話だった。当然、パーティーでの金の管理をどうするか、という話になるのは必然だろう。

 パーティーでの儲けなのだから、パーティーの予算としてそれは確保しておき、食事、宿代などはそこから出すようにしようと俺は提案した。

 その提案は聞きいれられたのだが、次が問題だった。

 生活必需品の買い出しなどの金はそこから出せばいいが、個々の趣味などに費やす金はどうするかという話だ。


 俺は小遣い制を提案した。

 もちろん、小遣いでメイド喫茶に行くためだ。


「絶対に小遣い制がいい!」

「……どうせあなた、メイド喫茶に行く気でしょう?」


 クラウさんにはモロバレだった。

 だが、ここで引くわけにはいかない。


「そそそそんなことないっすよ。クラウさん! 俺は別にメイド喫茶言ってエリスちゃんとにゃんにゃんしたい訳じゃあ――あ」

「暴露しましたよこの人。どうしましょうか」

「アレンの小遣い制は却下よ。お金をドブに捨てるようなものだもの」

「そんな! 獣人の女の子に触れないと俺死んじゃう! ……ははぁ、分かった! クラウさんが触らせてくれるんだな!? うへ、うへへ!」

「……そんな訳ないでしょ? 少しは考えたら?」


 冷静に返された。負けちゃう。俺なんか負けちゃう。


「ですが、アレンさんの言うとおりですよ? クラウさん。アレンが獣人の女の子と触れ合わなければ死んでしまうのはお話ししましたよね? アレンにメイド喫茶に行くな、というのは必然的に身近にいるクラウさんが被害にあうのではないでしょうか?」


 マリーさんの言葉に、頭を抱えるクラウさん。

 しばらくそうしていたが、クラウさんは覚悟を決めたような表情をしながら、俺の方を見てきた。

 ついに結婚してくれんのか?


「……死にそうなら仕方がないから、その時だけは赦すわ。でも、それ以上は妥協しないから! だから、小遣い制はあきらめなさい!」

「まじか!? やったぜ! もふもふできるっ」

「ただし! 同意がないまま私や他の女の子に手は出さないこと! アレンがおかしなことをしたら、私たちまで変な目で見られちゃうんだから! 気を付けなさいよっ」


 公認――来た!

 キタコレ!


「い、今すぐもふもふしてもいいか!?」

「このバカ! 本当にどうしようもない程アホね! たった今死にそうになったらって言ったばかりじゃない!」


 フー! と威嚇しながら起こるクラウさん。かわいい。

 嫌々ながらも、死にそうになったらもふもふしてもいいと言う言質は取った。

 これでなんとか俺のライフはゼロにならなくても済むわけだ。よかったよかった。

 エリスちゃんに会いに行くときの金は、夜にみんなが寝静まった時にエリスちゃんと冒険者して、お金稼いでメイド喫茶に行くとするか。


 浮気みたい――とか言っちゃいかん。

 言わないで。


 図らずとも昼と夜に冒険者をすることに俺の中で決めた訳だが。

 身が持つかどうか心配だ。


 まぁ、やってみりゃ分かんだろ。


「ふわぁぁ……決まったでース? じゃあ、今日の依頼を受けにいくでース」


 金の話が始まった途端に眠り始めたハットリが起きだし、眼をこすりながら俺達に言う。

 いや、ホント気になるな。ハットリの角。

 まぁ気にしても教えてくれるわけじゃないんだが。


「……わかった。じゃあみんなで行くか。俺、支度してくる」


 俺は自分の部屋に戻ることにした。

 今日はやることが山積みだ。

 マリーさんの冒険者登録手続きやら、装備選びやら、依頼の達成やら……。


―――――


 宿屋にて食事を済ませた俺達は、昼一番に冒険者ギルドを訪れていた。

 まずはマリーさんの冒険者登録や装備の見繕いからだ。

 これには少し時間がかかる。防具なんかも適性を見なければならないらしく、ハットリとクラウさんがマリーさんの付き添いを申し出てきた。

 俺とマリーさんを二人っきりにすると俺がヤバイ事しかしないって思ってるらしい。

 そんなこと――ないはず。


 いや、否定しきれなかったから三人で行かせたんだが。


 その間、俺は依頼を見ることにした。

 ハットリから念を押されたのは、薬草の採取などの簡単な依頼にすること、という事だった。

 前の戦闘などで、俺たちの力量をしっかりハットリは見ていた訳だ。


 今の俺達じゃあ、ゴブリンに囲まれただけでジ・エンドだからな。

 当然のことだと思う。

 まずは戦闘に慣れることが大事だ。

 剣術だってやったことが無いし、神威にだっていつも頼る訳にはいかない。


 なぜ、神威に頼る訳にはいかないと俺が判断したかだが――


 あれ、使うとすっごく体力消耗するんだよ。

 昨日もそうだったけど、神威が発動して、その後スリープになると体が怠くなって連続戦闘なんてできやしない。もう一回神威を発動するなんて無理だ。一回睡眠を挟まないときつい。


 そうこうしているうちに、俺は依頼が視れるという魔導掲示板の前まで来た。


「結構人がいるな」


 掲示板の前には人で埋め尽くされていた。

 クリスタリアのなんちゃらの面々もちらほらいた。

 俺の方を見ると、なんか驚いたような顔をしてさっと目を逸らされた。


「おい、アイツが――例の――」

「ああ、エルフの姉貴のパンツを見て挙句、もっとこいや、とか言っていた変態ですぜ」

「怖い怖い……ケツに棒ぶっ刺して息が荒くなってたとかも聞いたし――ゲイでもあるかもしれないしな……ケツはガードしておかねぇと……」


 うん。確実に俺、変態扱いされてるような。

 つーか、ケツに棒ぶっ刺したのは俺の意志じゃねぇ。


「おいおっさん、俺は別にゲイじゃ――」

「おい、通せ」


 文句を言おうかとしたとき、誰かが俺の横を通り抜けた。

 それは、蒼を基調とした煌びやかな軽装鎧を身に着けた女性だった。いや、その美しい顔にあどけなさが残っているから、あれは少女だろう。

 歳は、俺と同じくらいか?


「おっと、横入りはだめだぞ」


 俺はさっと彼女の肩を掴む。いくら美人とはいえ、止めないと。

 このままじゃ、こいつ絶対冒険者の皆さんと喧嘩しちまう。

 テンプレだよテンプレ。んで、俺が助けに行く羽目になんだろ? 分かってるって。


「っ……なんだ!? 私に触れないでくれ。私は光の神に導かれし勇者だぞ!?」

「……ゆーしゃ? ユーシャ? いや知らねぇよ。横入りは良くないッツーの。光だかなんだか知らないけどさ、順番位我慢できないのかよ」

「そうか、私の邪魔をするのか、君は。もしこのまま邪魔をする気なのだったら、君は勇者にたてつく魔王の手下ということになるが?」


 なんだ、こいつ。

 意味不明な上に、なかなかいいおっぱいしてるじゃねぇか。

 いや、そうじゃねぇ。

 意味不明な上に、なかなかいいお尻してんじゃねぇか。


 違うッツーの!


 意味不明な上に! 失礼な奴だ!!

 勇者だぁ!? ンなもん知るかっつーの! 決まりは守れ!


「勇者だかなんだか知らねーよ。順番守れよ」

「――うるさいなっ! この、魔王の手下め!!」


 おあああああああ!?

 こいつ、いきなり抜刀しやがった!!

 鞘から抜かれる剣の音に、すぐさま周りの冒険者は反応した。


「なんだ!? 何の騒ぎだ!?」


 一気に周りの冒険者さんたちは俺達と距離を取る。

 良い判断だし、決断が速いな。やっぱり本物の冒険者は違う。

 いや、周りの熟練の冒険者に感心してる場合じゃないって。


「私は、王都から盗まれた聖剣を見つけなきゃいけないんだ!!」

「はぁぁ!? それとギルドの依頼がどう関係あるってんだよっ!?」

「うるさいうるさい! 私の邪魔を――するなッ!!」


 蒼く輝く剣を構え、俺に殺意を向ける女の子。

 あー、なんか俺、女難の相でも出てんのか?

 ここまでの殺意、現代社会じゃあ中々お目にかかれんぞ。


「おい、あれ勇者アリアじゃねぇか……?」

「一年前に行方不明になったってやつか?」

「なんで今更――魔王に殺されたってハナシじゃなかったか?」


 口々に俺の目の前の女の子について話をし始める冒険者たち。

 こいつ――アリアか。

 エリスちゃんの知り合いとはきっと別人だ。うん。

 あのかわいいエリスちゃんと、こんな凶器みたいな女が同じ家に住んでるとか信じられん。いや、信じたくない。


 勇者とかなんなんだ。魔王とか居るのかよこの世界。


「で、なんか知らんが勇者が抜刀してるわけだが……相手取ってるアイツ、昨日騒ぎを起こした奴だよな?」

「そうだな。あのどうしようもない変態だ」


 おい! そこのオッサン二人! 言われのない誹謗中傷はやめろ!


 つーか、誰も止めに入らないのはなんでだよ! 受付のお姉さんはいつの間にか全員いねぇし! 冒険者の皆さんは俺達の事を取り囲んで見物してるし!

 何やってんだ!?


「おい、落ち着けって! お前!」

「ふふ、ははは! 分かった! お前が王都の聖剣を盗んだ犯人だな! 私の聖剣をどこにやった!? あれは魔王を倒すのに必要なものなんだっ! 在り処を言え!」

「だから知らねぇし、オマエ勘違いしてるっつーの!!」

「勘違いなんてしていない! あれさえあれば――伝承の聖剣さえあれば、私は魔王に勝てるはずなんだ!! うあああああああ!」


 斬りかかってきやがった。

 あわてて俺は腰の剣を抜刀し、その美しい蒼い刃を受け止める。

 鈍い手ごたえの後に襲い掛かったのは、絶対的な力で押し込まれる感覚だった。


「ぐっ」

「私は、聖剣を、見つけて――魔王を、倒すんだ! それが私の使命であり役目であり、唯一の希望なんだぁああああ!」


 やばい! これじゃあ押し負けちまう!!


 俺は全力で彼女の左に力を受け流し――離脱を図った。


 だが、それは悪手だった。


 受け流そうとした力は、彼女の剣捌きにより見事に失敗に終わり――


「が、はッッ……」


 俺の腹に、彼女の剣が突き刺さり貫通する。


 やっぱ、剣術――習わないといかん。

 彼女の動きには無駄が一切なく、流れるような剣技だ。

 俺の身体から剣を抜くと同時に、蹴りを胸に食らわせてきた。

 思ったより、数十倍は重い蹴りだ。

 肺がつぶされ、血を吐いた。


「くたばれ! 魔王の手下あああああ!!」


 次の行動までが速い。速すぎる。


 もう腹の感覚なんてない。

 周りが全部スローに見える。

 横目で冒険者さんが止めに入ってくれそうなのが見える。

 だけど、それじゃあ遅い。その前に彼女が俺に振り下ろす剣の方が早い。


 あぁ、死にたくねぇなぁ……。


 思った通り、助けの手は間に合わなかった。


 俺は袈裟懸けに深く胴体を切られ、おまけにまたもや蹴りを喰らった。

 感覚で分かる。

 冒険者ギルドの入口を通過して、俺は大通りの向こうまで吹っ飛ばされた。


「ッッッ!」


 声にならない声を上げて、俺は地面に倒れ伏す。


 神威なんて発動する暇なんてない。

 と言うより、甘く見ていた。

 まただ。


 見かけと先入観で女の子は弱い者だと決めつけてた。


 そんなこと、あるはずないのに。


「アレン! 今冒険者ギルドの治癒師を呼んだから、もう少し耐えて!!」

「これまた派手にやられましたねえ」

「これは――何が起こったんで―ス? アレン、生きてるでース?」


 俺に駆け寄る三人の仲間たち。


 今すぐ逃げろ、と口にしたいが、上手く口が動かない。

 変な息が出るだけだ。


 つーかハットリは何言ってんだ。何が起こったって? 後ろを見てみろ、アリアと呼ばれてたイカれた女がそこに――


 そこで俺は自らの目を疑った。


 冒険者ギルドの入口。

 そこに居たはずのアリアが――瞬時に姿を消していたのだ。


 まるで夢でも見ていたかのように、跡形もなく。


 鳴り響く冒険者ギルドの警報音。

 居なくなったアリアの事で、騒ぎ立てる冒険者たちと受付嬢のお姉さん。


 すべてが――遠くに聞こえる。


 なにが、起きたんだ?

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