第39話 事象:ITにおける強大な魔物と戦闘能力ゼロの仲間について

 時刻は遡り、アレンがエリスとアリアと出会ったその時間。


 三人が邂逅を果たしているその時、ハットリとクラウとマリーは物陰から彼らの様子を伺っていた――。


「な、なんなの? あいつは誰なの?」

「クラウ、落ち着いてくださーイ。まだ浮気と決まったわけじゃありませーン」


 最初にアレンが部屋を出て行ったことに気付いたのはクラウだった。

 ご飯を食べてその後、アレンは確かに寝ると言って部屋に言ったはずなのだ。

 だが、そのアレンが部屋を出て何処かへ行こうとしていた。それを目撃したクラウはすぐにハットリとマリーを起こし事情を告げた。なんやかんやで三人で一緒に尾行しようという結論に達するまでそう時間はかからなかっただろう。


 そして尾行していた三人はエリスとアリア――彼女たちにとっては、アレン自身の呪いがどうたらと言ってその存在を有耶無耶にした少女と、本当に見知らぬ女――を見つけた訳だ。


 それを見てクラウは言い知れない妙な気持ちを抱き、ハットリは何か面白そうだからという理由で、マリーも大体ハットリと似たような気持ちで覗いていた。


「あの女アレンに剣を突き付けてるわよっ? 痴話喧嘩かなにかなの!?」

「まぁまぁ、落ち着きましょうよクラウさん。まだあの二人を相手にアレンさんがハッスルしたっていう証拠はないんですから。

 浮気現場を押さえて、逃げ場をなくしてからじりじりとアレンさんから金やら労働力やらをむしり取っていけばいいじゃないですか。女は忍耐が大切ですよ?」

「それもそうね……」

「そこで納得するクラウもクラウでース。マリーは汚れきってまース。少しはアレンを信じたらどうでース?」


 クラウはハットリの言うことなどお構いなしに、いくら慰謝料を請求してやろうか、とか、冒険に一か月一人で出してその稼ぎを全て自分に貢いでもらうか、とか色々画策を始めていた。


 それから場面は進展し、冒険へ出ることになった三人をつけるため、当然クラウ達も外に出た訳である。


 森へと近づいたその瞬間、アレン達にも襲い掛かった腐臭が、クラウ達にも襲い掛かる。


「――なに? 何か腐ってるわ?」

「マリーが腐ってるのは元からだと思いまース」

「失礼な。私は腐ってません!」

「うるさいわね……アレンったらこんなところで何をする気なのかしら?」


 アレン達がぞろぞろと森に入っていったあたりで、クラウ達も森の入口にたどり着く。


「ふーム。ここまで薄暗いともうアレンのハーレム完成間近でース。暗がりに少女たちを連れ込んで、やりたい放題やる気に違いありませーン!! ヒャッフー!!」

「なに興奮してんのよハットリ!! そんなのダメ! ダメなんだから!!」

「おうフ!! クラウ、叩かなくてもいいじゃないでスか。痛いでース!」

「……よくあなた方はこんな状況でそんなにふざけられますね」


 マリーが二人の理不尽なまでの元気さに辟易し、森の内部を見た瞬間。


 そこに、元は魔物であろう死骸が至る所にあるのを確認した。

 元天使のなせる技だろうか。マリーは夜目が利くのだ。実はクラウも夜目は利くほうなのだが、今の彼女はアレンを追いかけることに夢中で周りの状況何てみちゃいない。


 故に、この異常なまでの惨状に気付いたのはこの三人の中ではマリーだけだった。

 思わず、立ち止まってしまう。


「なんなのよもう、アレンとかなんなのよ」

「どうしたんでース? マリー。――クラウ。ちょっと止まるでース」

「なによハットリ、今忙しいから後にして……」


 ハットリが腕をつかみ、クラウの意識をマリーへ向ける。

 そして、そのマリーはと言うと。

 森の奥の一点を凝視し、固まっていた。


「マリー?」


 クラウがマリーに呼びかけたと同時に、マリーが叫ぶ。


「――隠れて!!」


『ヴォオォオオォオオオオオオ!!』


 遠巻きに聞こえる魔物の咆哮。

 その音は明らかに殺意に満ちた咆哮だった。


「なんなのよ、次から次へと……」

「マズいですね――アレンが一人森の奥に取り残されているみたいです」

「えっ!? 他の二人はどうしたのよっ!?」

「反応が消えました。どうやら、空間移動の魔術を行使したようですね……」

「ちょっと、今の声の奴、とっても強そうだったわよっ!? アレンは大丈夫なの!?」

「――いいえ、結構絶体絶命みたいです」


 マリーは冷静に状況を伝え、考える。

 アレンはあんなでも自分が着いていくと決めた人だ。こんなところで見殺しにするわけにはいかない。

 今は死ななくても、あの声の主が肉食だった場合、アレンは喰われ、死に続けてしまう。そうすればいつかはMPが無くなり、本当に返らぬ人になってしまうのだ。


 何かないのだろうか。

 生憎、アレンが走っている方向はさらに森の奥へと移動してしまう方向だ。このままでは生存確率が一気に下がってしまう。


 どうすればいい。


 そこで、マリーの頭にアレが蘇った。


「ハンドガンもどき……!!」

「なによ、それ――」

「わお、handgun!! クールでース!!」


 大きな音を出せば、きっと注意はこちらに向くはず! そうすればアレンはその一瞬をついて逃げられる。


 マリーは魔力をたくさんハンドガンに注ぎ込み、一気に引き鉄を引いた!!


 ――パァン!!


―――――


 森全体にとどろくようなその音は、激昂していたヴォタロスにも届いたようだった。

 振り上げていた手を止め、奴は俺と音の発生源であろう方向を見比べる。

 急激な異変に耳を澄ませていたヴォタロスだったが――。


 パァン、というまたしても響いた轟音に、完全にヴォタロスの意識はそちらに集中したようだった。


 あの音の発生源は、その音からして間違いなくマリーさんなのは確定だ。だが他の三人そろっているかどうかは知らない――が、俺の仲間がその方向に居るのは間違いない訳だ。

 このままでは、ヴォタロスがマリーさんの元へ行ってしまうかもしれない。どうする!?

 そこまでの思考、時間にしてわずか1秒。


 その1秒は、ヴォタロスにとって音の発生源へと向かうために魔力を体中にみなぎらせる準備を整えるのには十分な時間だった。


『ヴォオオォオオオオォオオオオオオオ!!』


 戦闘機もかくや、というほどの勢いですっ飛んで行くヴォタロス。


「ちっくしょお!! マリーさんがあぶねぇ――【神威】!!」


 頭をよぎるソレに意識を集中している暇なんてない。

 ぱっと発動した能力を確認すると、【身体強化:天下無双】が発動している。


 足に力を込め――俺は仲間を助けるべく、走り出した。

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