第36話 事象:ITにおける黒猫との会話について

 マリーさんに衝撃の事実を告げられた後、結果的には今どうこうしても始まる話ではないので情報共有だけしておこう、という事で収まった。

 ハットリとクラウにはどう説明したものかと悩んでいると、マリーさんはあの二人には話さない方が良いと提案してきた。


 なんでも、神威は人にはあまり知られていない能力と言うことと、その存在を知っているというだけで俺にハッキングして来た、目的の分からない神に狙われるのではないか、という疑念からだ。


 それで俺の部屋の中での話は終わった。


 ハットリとクラウの居る部屋に戻ると、クラウが上半身を起こして眠そうに目を擦っていた。

 寝起きのクラウも可憐だ。嫁にしたい。割と本気で。


「……ここ、は?」

「おぅ、クラウ起きたのか。体の方は大丈夫か?」

「アレン……? ……アレンっ!?」


 なんだかクラウの様子がおかしい。

 どうしたのだろうか。

 布団を体に手繰り寄せて、俺から視線を外して――頬を朱に染めている。


 ほうほう、これは……恥らう乙女は花より美しいな。

 つーか可愛い。

 だが、ここまで恥らわれるほどの事を俺はしたのか?


「えと、クラウ……どうしたんだ? 俺、なんかしたか?」

「なんかしたか……ですって……? あれだけ私の身体を弄んでおいて、良くそんなこと言えるわね!?」

「は、ははは。すまん、本当にすまん」

「見事なドゲザでース。里でもこんなに見事なドゲザは見たことがありませーン」

「クラウさん、アレンさんもこうして謝っている事ですし、下着姿で抱き寄せられた挙句、その下着すらも引きはがされてあれやこれやされた記憶は水にながそうじゃありませんか」

「マリー! 言わないでよっ、恥ずかしいじゃないのっ!!」


 俺はただただ土下座をするのみだ。

 クラウに嫌われたら俺死んじゃう。

 マジで。


「ほんとーにすまない。どうか許してくれ……」


 俺は額をぐりぐりと床に押し付ける。

 それを見たクラウはふう、とため息を吐いた。


「顔……あげなさいよ……もう大丈夫なのよね?」

「あ、ああ。おかげさまで全快だ」

「そう……なら、今度あなたのお金でお茶でも奢りなさい! それで許してあげるわっ」

「本当か!?」

「な、なによ、そんなに嬉しそうに……」

「いくらでも奢るから、もっと触らせてくれ!! つーか結婚してくれ!!」

「~~っ!! このバカアレン!!」


 ぼふ、と枕を投げつけられて、見事に俺の顔にあたった。

 元気になったみたいだな。


「はは、本気だよ、本気」

「冗談じゃないんですねぇ。怖いですね。ねぇ、クラウさん?」

「知らないわよ……もう」


 クラウ。お前は俺を甘く見ているぜ。

 俺はいつでも本気だっ!!


「アレンさん、なんか変態ぶりに磨きがかかってませんか?」

「そうでース。なんだかクラウに対する本気度が二割くらいましてまース」

「何を言っているんだハットリ! 俺はいつでもクラウに対する想いは1200%本気だぜ!?」

「そういう恥ずかしいことを大声で言わないでよっ」


 笑いながら、俺は窓から外を見る。

 どうやら日が沈みかけているようで、空が赤く染まっていた。

 これ以上変な色気をまだ放っているクラウと一緒に居る訳にはいかない。また襲いかねん。本当に。


「ほら、もう夕方みたいだぞ? 腹が減ったんじゃないか? みんなで飯でも食って、明日に備えよう」


 そう言いながら、俺は平然を装い部屋の扉を開けた。


「もうそんな時間なんでース? 道理でお腹の虫が鳴いてたんでース」

「そうですね……ちょっと早いですけど、夕飯にしましょうか」


 俺が開いているドアをハットリとマリーさんが出る。

 必然的に、ベッドから降りたクラウが外に出ようとすると俺と接近するわけで。


 クラウの甘い匂いが間近で感じられたその瞬間。


「……ねぇ」


 びっくりした。

 ドアを押さえている俺に、クラウがもたれ掛ってきたのだ。しかも、俺を上目遣いで見つめてくる。

 廊下に出たハットリとマリーさんの話声が聞こえるがそれどころではない。

 今までにない、良くわからない眼でクラウが俺を見てくるのだ。


 夕陽に照らされるクラウは、心なしか不安や期待が入り混じっているような目をしている、ような気がする。


 どれくらい、そうしていただろうか。


 俺は耐えきれなくなって、声を掛ける。


「どうしたんだ?」


 問いかけると、クラウはハッ、と思い直したかのように俺から素早く離れた。


「……な、なんでもないわ。安い女だと思わないでよねっ、今日は、今日はアレンが大変そうだったからその――」


 ああ、なんだそんなことか。


「俺の方こそ悪かった。誰もクラウを安い女だなんて思ってないし、仕方がなく俺を癒してくれたんだろ? 勘違いなんてする訳ないって」


 そう言うと、クラウはまたもや顔を真っ赤にして、プイ、と顔をそむけてしまった。


「そういう言い方、ズルいと思うわ……」

「ん? なんか言ったか?」

「いいえ、別に何も言ってないわ! ほら、早く行くわよっ」


 ぽつりと何事かクラウが呟いたが、生憎俺の耳に届く事は無かった。

 その代わり、俺の右手をクラウさんが引っ張ってくる。


 ああ、クラウホント可愛いよ。マジ嫁にしたいって。

 何度も言うと茶化してると勘違いされちゃうかもしれないから、これからはちょっと控えないとな。


 さてと、飯食ったらエリスちゃんと冒険しにいかないとな。

 夜に女性を守るのも、俺の仕事だし。それに、アリアの事もちょっと聞きたいしな。やることはたくさんある。


 だけど今は、今だけは、この右手にあるクラウの暖かさを噛み締めながら、この時間を楽しみたい。

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