第35話 事象:ITにおける重大な事項について

「……さて、と……」


 俺が部屋に入るなり、マリーさんは扉の鍵を閉めた。

 え?


「なにも鍵まで閉めなくてもいいんじゃないか?」

「いえ、あくまで保険ですよ。保険。いいですか、アレンさん――今あなたの身に起こっていることは私の想像を超えていました」


 雰囲気が、変わった。

 いままでのポヤポヤした感じのマリーさんじゃない。

 女神だ。女神モードのマリーさんだ。


 俺が黙って何も言えないのを見て、マリーさんは一つため息を吐いた。


「バグで異世界に来た時、貴方は何者かによるハッキングを受けました」

「ハッキング……?」


 なんだそれ。映画とかであったサイバーテロみたいなやつか?

 生身の人間にハッキングなんて言葉使うなっての。


「ええ、ハッキングです。方法はしりませんが、何らかの形で貴方に干渉した、こちら側の神が居ます。敵なのか、味方なのかは分かりませんが」


 トンデモ発言だなおい。


「へ、へぇ、神様ねぇ。俺に干渉した? どういう意図でそんなことをしたんだよ? 俺なんかに干渉しても、何にも得しないって」

「貴方はそう思うかもしれませんが、他の神にとってはそうではなかったんでしょうね。故に、貴方は【神威】――勇者の力をインストールされた。

 知らないでしょうが、神威というのは魔の神に対抗するための光の神が人間に与える唯一の強力な力なんですよ」

「おいおい、待てよ。いきなりすぎて何がなにやらだ。俺の力ってのは本来勇者が持つべき力で、その力は光の神からしか得られないって? じゃあ、俺に干渉したのは光の神じゃないのか? 違うのか?」


 俺の理論は間違っていないはずだ。

 与えられた【神威】の力。それが勇者の力だったってのには驚いたが、あんなに強い力なんだ。それくらいの規模でも驚きはない。

 問題は与え方になるのだろうか?

 世界がバグって俺が異世界に飛ばされたとき、一体何が起こったんだ?

 神様に干渉され、光の神にしか与えられない力を、俺は得た。

 だから、干渉してきたのは光の神じゃないのか?


「違います。間違いなく、光の神は貴方には味方していません」

「でも、神威ってのは光の神の専売特許なんだろ?」

「――そうですね。だから困っているんです。なぜなら、【神威】は世界に一人だけが持つ力、いえ、言い方を変えれば、『たった独りにしか光の神が与えられないただ一つの絶対的な力』なんですから。そして、この世界には貴方が来るより前に、すでに【神威】を正式に光の神から受け取った人間が居ました」


 おいおい、一体どういうことだ?

 まさか、もしかして勇者ってアリアのことか?

 頭に過るのは、俺をぶっ刺してきた女性の姿。

 確かに、勇者だとか聖剣だとかは言っていた気がする。


「名前までは知りませんが……アレンさんが聞いたのなら、きっとその人なんでしょうね。

 どっちにしろイレギュラーなんですよ。貴方という存在は。光の神に感づかれたら厄介なことになるのは目に見えています」

「厄介な事って? 神が俺に干渉してくることなんてあり得るのか?」

「だから言ったでしょう。正体不明の神が、ハッキングなんてできるはずのない貴方にハッキングをして、光の神でさえも一つしか生み出せなかった力を生み出した存在が居る。それだけでも立派な脅威です。目的も、顔も、その手段さえも見えないんです。警戒するに越したことはありません」


 確かに、その通りだ。

 だからマリーさんは今まで以上に真面目だったのか。

 あぁ、真面目な話すると俺ダメなんだよなぁ……。


「わかった。でも、今まで通り冒険者やってていいんだよな?」

「……できれば引きこもっていただきたいんですけど、そうはいきませんからね。まぁ当面はおそらくですが、大丈夫だと思います。

 そういえば、勘違いなさってるか、気付いているかは分からないので【神威】のエネルギーについてアレンさんの認識を聞かせてもらえますか?」


 マリーさんホントに真面目に話そうと思えば話せるんじゃん。

 なんだよ、俺のハーレムとか言ってたあのマリーさん何処行ったんだ。


「【神威】を思い浮かべるとエネルギーの表示が頭に浮かぶんだけど、これって俺の【呪い】のMPじゃないの?」

「――やはり思い違いをしていましたね? 良いですかアレンさん。【神威】を思い浮かべてナゼエネルギーの表示が出るか分かりませんが、ソレは【神威】のエネルギーです。貴方の呪いによるMPは可視化なんてされません」


 なにそれ。

 衝撃的なんだけど。


「じゃあ、なんだ? 神威の側がエネルギー切れても、呪いのMPが残ってれば俺は生きていられるのか?」

「いえ、どちらかが尽きたときに死ぬと思われます」

「なんで?」

「そういうモノとしか言いようがありません」


 ……なんだそれ!

 制約が増えただけじゃねぇか!!


「俺が身体強化に使ったのは?」

「神威を通して使ったときは、神威のエネルギーを消費するんでしょうね。貴方には魔力がもともとありませんから……。――クラウさんと森の奥で何化したようですが、その時は神威を通さないで身体強化をしたんですか?」

「そう、だな。確か」

「なら、もうあなたに残されていたのはMPだけだったんですよ。生きるためのMPを、戦うために魔力へと変換させた。それだけの話しです」


 へぇ、そうなんだー。

 ……めんどくせぇな!


「じゃあ何だ?

 神威は神威でエネルギーを持ってて、俺がもふもふすることで溜まるエネルギーは可視化されてなくて、どれくらい減ったかは分かんねぇってことか!?」

「そうですね。そうなります」

「……マジか」

「マジです」


 そりゃあね、魔力なんて俺地球にいた頃使えなかったもんね。

 なんで気付かねぇンだよって話だよね。


 ん? でも考えてみたら思い当たる節はあったな。

 牢屋にぶち込まれてた時にうさみみのクールお姉さんにデコ触られて復活してもらったけど、神威にあの人の名前書いてなかったし。


 ……?

「なぁマリーさん。神威のエネルギーなんだが、なんでクラウとエリスちゃんの名前があるんだ?」

「……それは、お答えできません」


 なんだそれ。

 はっきりしない態度ではっきり言ってるけど、それ何のマネだ。


「言えません」

「秘密ってことか?」

「乙女の秘密です☆」


 くっそ、こいつ――馬鹿マリーさんに戻りやがった!!

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