第9話 事象:ITにおける狐娘との邂逅について

「ん、あ、それ……ダメ」

「うひひ、ここか、ここがイイんだな!?」


 俺の手がエリスのある一部に触れるか触れまいかすると、彼女は嬌声を上げる。

 くひ、くひひひ。


「ダメ、ダメだってば……」

「うりゃーーー! って、これババじゃん!!」


 そう、俺たちは――ババ抜きをしていた。二人で。

 残念なことに、身体的接触は難しかった。

 メイド喫茶なるこの風俗店はおさわりが本当に禁止らしく、壁の至る所におさわり禁止、の張り紙がされていた。


 故に――俺はババ抜きという選択をとった。

 これなら、彼女の白魚のような指に触れられる機会があるからだ。トランプがこの世界にあったのは僥倖だった。


 そして俺は、本日三回目のソフトタッチに成功したのだ!


「はいこれで……あがり。ご主人様、弱すぎ」

「いやいや、エリスちゃんが強すぎるんだよ。もう一回! もう一回やろうか!」

「ご主人様、エリス、喉乾いた。何か飲まない?」

「おぉ、そうだね。俺も喉乾いたし……メニューはどこ?」

「これ」


 エリスちゃんが革張りの表紙のそれ自体が高そうなメニューを指さす。


「どれどれ……」


 メニューに目を通すと、そこそこお値段が張るものばかりだ。

 カクテルとか、ビールとか――ひとつあたり二千ユルドだった。

 ユルドとはこの国の通貨のことだ。価値観的には地球の日本と対して差はないだろうかと思う。八百屋とかスーパーの様なものは国の中にはあるんだろうけど、俺はまだそこに行ったことがないので、価値の基準が分からない。

 だが、この一つ二千ユルドというのは高すぎる。

 だって……だって……俺の一日の労働報酬、一万ユルドだぜ? 実際働いたのは十日間くらいだから、手元にあるのは十万ユルドだ。

 しかし、一日の労働の五分の一をふいにして飲むのがふつーのカクテルとかビールとか信じられん。いや、俺まだ未成年だから酒とかダメなんだけどさ。


「あー、そういえば俺、お酒飲めないんだよな。エリスちゃんは飲めるの?」

「ううん、飲めない」

「そっか、じゃあ一緒だな……。なにかおすすめとかあったりする?」

「ミルクおいしい」

「んじゃあミルクに――何々、特上特濃ミルク……一つ千五百ユルド……!?」

「マスター、ミルク二つ」

「え、なに勝手に頼んで――」

「だめ?」


 くっ、エリスちゃんめいつの間に『コール』を用意してマスターと通話をしていたんだ……なかなか商売上手だな!

 というかトランプゲームもワンプレイ単位でたしか金がかかってたような……まぁ細かいことを気にしてたら楽しめないよね!

 そう思い、俺は咎めかけた言葉を飲み込み、にっこりと笑顔をつくる。


「いや、いいよ。頼んじゃえ!」

「わーい、ありがとうご主人様」

「うんうん、その棒読みな喜びよう、俺はすっごく嬉しいよ!」


 その二分後、頼んでいたミルクが個室に運ばれてきた。

 コップ一杯しか入ってない。

 やっぱりこれで千五百ユルドはおかしいだろ。

 だが……だがしかし! 今の俺の隣にはいい匂いをさせているエリスちゃんが居る! この匂いと共にミルクを飲めば――なんと驚け皆の衆! エリスちゃんの○乳を飲んでいる気分になれるのだ!!


「う、うめぇええええ! これすげぇ旨いな!!」

「おいし」


 いや、そんなことしなくても旨かった。

 地球の牛乳なんかとは比べ物にならん位この世界のミルクは別物だった。

 特上特濃ミルクと謳うだけの事はある。一口飲むだけで口の中がミルク色に染まり、脳髄まで染み渡るようなこのクセになるおいしさ!

 麻薬でも入ってるんじゃないか、と思うくらい次へ次へと体が欲するのが分かる。


 しまいには三杯目に突入していた。


「うめ、これうめぇ!」

「……ご主人様。ミルク気に入った?」

「ああ、こんな素晴らしいエリスちゃんのミルクはもう国宝にしても良い位だよ!」

「……エリスの、みるく?」


 そこで気付く。とんでもない事を自らが口走っていた事に。

 そして気付く。エリスまだお乳でないよ? などと言って自らの胸を揉むエリスちゃんが居たことに。


「あああああああああああああ! もうやばい、もう我慢できん! え、え、エリスちゃん! もふもふさせてくれぃ!!」

「え、や、だめ」


 ですよねー。


「……流れで押し切れるかと思ったらやっぱりダメ?」

「もふもふ、意味わかんない」

「あー、そっかー」


 流石に異世界の人にもふもふ、なんて言っても伝わらないもんな。

 だが、なんていえばいいんだ? 体を触らせろって? 尻尾触らせてくんないハァハァとか言おうもんなら間違いなく魔術的制裁を俺は受けることになるだろう。

 そうか。フツーに頭を撫でさせてくれと言えばいいんだな。

 そうすればあの狐耳も堪能できるし、本人に許可さえ得ればおさわりできますって張り紙の隅にだって書いてあるから大丈夫だし!

 そうと決まれば、行動あるのみだ。


「もふもふ、ってなに?」

「ごめん、ちょっと頭を撫でさせて欲しい――ハァハァエリスたん可愛いよ可愛い!――こほん。頭をちょっとなでなでするだけだよ」

「え、今のなに」

「気のせいだって」

「頭なでなで?」

「うん」

「ホントにそれだけ?」

「ホントにそれだけだよ」

「じゃあ――いいよ」


 よっしゃああああああああああああああああああああ!


 内心で雄叫びを上げながら、よだれが垂れないように気を付けながら、俺はエリスちゃんの頭に手を伸ばした。


 ――ここは――天国か!?


 触れた瞬間に弾けるもふもふエネルギー。

 俺の内に溜まっていくナニかは限界を一瞬で超えてしまった。

 その銀糸のような髪は手に何の引っ掛かりもなく流れていき、頭の上にある狐耳は予想以上にふさふさしていた。

 エリスちゃんは撫でられていることに気恥ずかしさを覚えているのか、顔を真っ赤にしてこちらを上目使いで見てきている。


 素晴らしいシチュエーションだ。素晴らしいシチュエーションだ。


 大事なことだから二回言いました。


「はぅ……」

「もっふもふだぁ……すげえ、手が幸せなんですけど」

「う、んあ……」

「エリスちゃんどう? 気持ちいい?」

「み、耳さわっちゃ、あひっ」

「……」


 ちょっと甲高い声がエリスちゃんから聞こえたけど、気のせいか?

 抵抗してこないから何にも問題ないだろう。

 さわさわもふもふを続行するぜ!


「もふもふ……」

「やっ、んんっ、あぁっ」

「もっふもふ~♪」

「だ、だめ……腰、抜けちゃ、ひっ」


 数分撫で続けた頃だろうか。エリスちゃんの身体がびくびくと震えてきている気がした。

 一体どうしたのだろう?

 手を止めて、彼女の具合を見てみることにした。


「エリスちゃん? どうしたの……? って……」

「あひ、も、もう。だめぇ……」


 エリスちゃんはその言葉と共に俺の太ももに頭を埋めようとしてきた。というより倒れこんできた。これはやばい!

 俺の完全に屹立しているマイジュニアが彼女の可愛いお口にインしてしまう前にどうにかしなければ!!


「そ、それはマズイって!!」

「ひ、ひぅ」


 もう少しで完全にアウトだというところで、彼女を抱き留める事に成功した。

 一体どうしたのだろうか。こんなに積極的に触れて来るなんて。

 ――まさか、俺の愛が伝わったのか!?

 ンなわけないか。



―――――



「お会計、全部で九万九千ユルドでございます」

「……」


 俺はまだ夢見心地だった。

 エリスちゃんが気を失ったようになってしまって、俺の身体に寄り添ったままずっと離れなかったので延長に延長を重ねたのだ。

 彼女が目を覚ましたと同時に、初回の限界時間になってしまったようで、退室をお願いされた。

 入店してから四時間。まさに夢のような時間だった。


 だが――夢は醒める物であり、儚いものだ。

 カウンターで告げられたその値段はなんと手持ちの金のほとんど。

 残金千ユルド。


 はは、困ったよエリスちゃん。

 俺今夜寝る場所ないんだけど。

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