第8話 事象:ITにおけるKEMO耳風俗店の鉄則について

 ここ、王都フェレスは魔術的技術の発展に力を入れている国だ。

 あのおっさんが使っていたコールなる魔導細工だって、この国の研究施設や民間の魔術研究をしている場所が合同で開発したものだという。他にもいろいろ魔導細工は存在する。地球で言うドライヤーや冷蔵庫、果ては風呂だって全部魔導細工で揃っている。街灯なんかは『光』の魔石を使用していて、魔力を流さなくてもその魔石内にため込んだ魔力で光を放っている。


 街中は魔導細工で溢れているというのに、魔導細工店という場所は王都に一つだけ。クソオヤジのあの工房だけだ。


 実はあの工房……ちょっとした大会社のようなもので、王国内に工場のようなものを幾つも持っていて、従業員だってたくさん抱えていた。唯一、という兵士の言い方が悪かったので誤解していた。唯一だったのはこの都市内だけで、他の周辺都市には工場があるわけだ。

 と、いうことで必然的にこの王国における魔導細工の業界は、あのクソオヤジが牛耳っている。

 何気にあのクソオヤジはすごい奴だった……という話だ。


 そんなクソオヤジ、なぜ王都で少ない従業員だけ引き連れて店をやっているのかというと、理由は――知らない。そんな話をする暇もなかった。

 朝から次の日の朝まで飯、風呂、トイレ以外は全部働き詰めだったからだ。魔術が施された細かい部品と部品を組み合わせて、魔導細工のコアとなる部分をくみ上げるのが俺の仕事だった。


 それが、かなり細かいのだ。髪の毛一つでもずれると誤作動を起こす危険な仕事。それでも俺はやって見せた。いや、やらざるを得なかった。

 なにせ囚人になった時の服以外、俺の手元には何もなかったからだ。


 だが、今は違う。一週間の激務の果てに手に入れた報酬によって、多少ではあるが懐は潤っていた。

 だから、今日は贅沢をしようと思う。


 あんな激務のあとなんだ。


 少しくらいは――いいよね?


 俺は独り、その店の前に立った。


 繁栄している大通とは一味違う、路地の奥。

 西洋の城のような建物の前。


 木の看板にはカラフルな字でこうある……『メイド喫茶 ――KEMOMIMI――』と!

 どうやら昔使っていた城を改装し、店にしたような作りだ。しかし、今はそんなことはどうでもよかった。


 すでに俺の魂と体が、あれを、KEMO耳を欲しているのだ!


 俺は勇気を出して――その扉を開いた。


「「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」」」


 開いた瞬間浴びせられた声は――どんな音楽よりも美しく、俺の心を満たしてくれた。


「ただいま! 今帰ったよ☆」

「……長旅お疲れ様でございます、ご主人様!」


 俺がにっこりとサムズアップして、白い歯をキラリとさせると、ネコ耳やら狐耳やら犬耳やらの女の子たち――総勢五人――は笑顔で返してくれた。

 ああ、なんという桃源郷だ!


 俺がこの世の天国に満足し、呆けていると――周りのメイドたちより一回り年齢が上そうな女性が俺の方へ歩いてきた。


「こちらへお越し頂くのは初めて御座いますね? ご利用の説明をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

「はい!」


 元気よく返事をすると、なぜか一瞬冷めた目で見られたが気のせいだろう。

 気のせいにしておく。


「失礼ですがご主人様、コールをお貸しいただけますか?」

「ああ、これだ」


 俺はクソオヤジのところの社員規約で登録することになっていた『コール』を取り出した。

 コールには個人情報が全て詰まっている。持ち主のバイタルから、住所、今の職業、どんな職歴、学歴を持っているかまですべてだ。書き込む時には専用の魔導細工を使う。――どういう中身になっていたのかはわからない。しかし、真実しか書き込まれていないところを見ると、特殊も特殊な魔術がされいたのは間違いないだろう。

 そんな魔導技術の結晶を俺はお姉さんに渡した。


 恭しく受け取ったお姉さんは、流れるような所作で入口の右手のカウンターに居た女の子に手渡した。

 そうして数秒後、すぐにコールは俺の手元に戻された。


「これにて登録は完了いたしました。会員であることでかかる費用はゼロで御座いますので、どうかご安心を。それでは、ご利用の説明をさせて頂きます」

「はい!」

「……。今、こちらに居りますメイドたちは、本日から働くことになった者達で御座います。ハツモノの初々しいものが好きな方はこちらから一人、お選びいただくことができます。熟練のメイドをご指名のされる場合は、こちらの名簿リストからお選びください。お客様はどちらがお好みでしょうか?」

「わ、若い子の方がいいかな」

「かしこまりました。では、こちらに居りますものからお一人選んでいただき、別室へご案内いたします。そちらでゆったりと――メイドによる接待を楽しむもよし、楽しくおしゃべりしても良いですし、マッサージをさせてもよいです。ただし――」


 そこでお姉さんがキッ、というほどの目つきで俺を見てきた。

 なんだよ、結構こういうのもイケるな、俺。


「局部へのおさわりはご法度ですので、ご注意ください。メイドが嫌がる行動をされましたら、すぐに魔術的対処がなされますので、ご留意を」

「ま、魔術的対処――なんか怖そうですね」

「ええ、もう二度と勃つことのできない体になるでしょうね」

「……今なんか字が違うような気がしたんだけど……」

「気のせいでしょう。気のせいです。ご主人様。はい、それではこちらからメイドをお選び下さい」


 言われ、俺は五人のメイドの女の子たちを見る。

 だれもが綺麗で――可愛かった。

 こうして見てみると獣人と言う事が本当に良くわかる。

 耳が頭の上についているのだ。かわいい。

 尻尾もある。かわいい。

 衣装だってフリフリだ。かわいい。


 いかんいかん、興奮しすぎてヤバイ。


 誰かひとり、と言われたところで俺はこちらをずっと見てきている少女に気付く。

 あれは――狐耳だろうか。

 白銀の毛色をしていて、尻尾はふっくらとした曲線を描いている。背は小さく、胸もあまりなかったが、逆にそれがイイ!!

 しかも無表情で無愛想な感じがたまらない――!!


 すかさず俺は胸のあたりにされている刺繍に目を向ける。名前だ。


「お、おれあの子、エリスちゃんがいい。というか、あの子じゃなきゃ嫌だ」

「かしこまりました。エリス。お相手なさい。」


 お姉さんに手招きされ、エリスちゃんがこちらへ歩いてくる。

 そうして、一礼。


「指名、ありがと。……こっち」


 やっぱりだー! クール美少女キター!!

 内心飛び上がりながら、俺は冷静さを失う事の無いように気を付ける。

 だが――そんな決心なんて、吹き飛びそうだ。


 なんと、エリスちゃんは俺の手を握って――個室へと案内してくれたのだ!

 ああ、手汗とか俺酷くないかなぁ、ドキドキしちゃってないかなぁ、変に思われないかなぁ!


 もう気分は最高にハイだぜぇええ!


「ヒャッハァアアアアア!!」

「!?」


 さぁ、俺の『もっふもっふ』タイムはこれからだ!!

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