第7話 事象:ITにおける強制労働の重要性について
「くっ、これを、こうして……」
深夜。アレンは独り獄中にいた。
食事の時に配給された鉄のスプーンで、なぜか落ちていた動物の骨をこれでもか、というほどに鋭く削っている。
脱獄を決心してから二日。
この世界に関しての情報は未だ手に入らないことに、流石のアレンも焦りを覚えていた。今のところ分かっているのは、自分が呪いに掛けられていることと、その呪いを抑える方法は悪く言えば犯罪だという事だけなのだ。
もう完全に脱獄しない理由がなかった。
(このまま牢獄の中に居ても、呪いで俺は死ぬだろう。でも、外に出ればきっとケモ耳の少女が居るはずだ……! ……できた!)
ついに完成したソレを見て、アレンは不敵に嗤う。
(この骨のピックさえあれば、こんな簡単な錠前すぐに破ってやる……えーと、確か昔見た映画はこうやって――)
骨を錠前にぐりぐりと押し付けて、開け、開け、と念じながら鍵をこじ開けようとする。
錠前と格闘すること二時間。
まったく開く気配のない扉に、いら立ちを抑えきれなくなってきたアレンは、大失態を犯してしまった。
「あっ!!」
間の抜けた声と共に手から滑り落ちたのは、三時間かけて作り上げたお手製の骨のピックだ。
まずい、とアレンの顔から血の気が引いた。
兵士にこれが見つかったら脱獄(未遂)の罪が加算されるのではないだろうか、という不安からだ。
そしてもっと最悪なことに――この牢獄の入口にあたる付近から階段を降りるような音が聞こえてきた。
誰かが――来た。
焦ったアレンは骨を取ろうと手を伸ばすが、骨はアレンの手の届く範囲から少しだけずれてしまっていた。
そして無情にも、ついにその時は来た。
「ん!? おい貴様、何をしている!!」
その声にあわてて手をひっこめるが、時すでに遅し。
ばっちり兵士のおっさんと眼が合ってしまっていた。
「お、俺じゃないよね?」
「バカを言え。不審な動きをしていたのはお前しかいないだろうが」
兵士がアレンの牢屋の前まで来ると、必然的にそれが目に付いた。
不自然に鋭利な骨が。
「……おいお前、これ、お前が作ったのか?」
「いや、俺じゃないっす」
「正直に言えば脱獄をしようとした罪は見逃してやらんでもないが?」
「それ、俺が作りました」
アレンの背中にはもう冷や汗が流れっぱなしだ。とりあえずここは言われたことに正直に受け答えするしかないな、とアレン自身諦めてしまっていた。
「……ふむ……これは使えるかもしれんな」
「え? え?」
緊張しながら精一杯自分だと名乗り出たにも関わらず、兵士のおっさんはアレンの作った骨を手に取ってそのまま牢獄の入口まで移動してしまった。
(は!? 一体なんだったんだ? ……いや、ああいう尋問をして、俺だという確証がとれたから――刑が重くなるかもしれないのか!?)
今更ながらに正直に答えたことを悔やむが、後悔先に立たずとはよく言ったもので、アレンもその例外にもれなかった。
―――――
明くる日の早朝。
小鳥が啼いている穏やかないつもの朝だったが、置かれている状況が全くいつもと違うことに気付いたのは、アレンが起床してすぐの事だ。
「おい、貴様に話すことがある」
兵士二人が牢屋の中に入ってきていて、アレンを取り囲んでいたのだ。
「なんの用だよ――入って来るなら獣人の女の子を寄越せとあれほど――」
「その性根を叩きなおすために最適な場所が見つかったのだ。さっさと来い」
兵士の一人がそう言い放つと、アレンは無理やり立たされ、牢獄の外へと連れ出された。
そして、アレンは兵士によって連れられある部屋にたどり着く。
部屋の広さは刑事の取調室を思い浮かべてくれればいい。それぐらいの広さ。
黒っぽい色の煉瓦で作られたその部屋は、日の光が当たっていない故に陰気くさかった。ところどころに置かれているカンテラのようなものは、中に蝋燭ではなくて炎の色をした光を放つ石のようなものが使われていた。
「アレン。お前は今日からここ、王都フェレンの商業国ある魔導細工店へ強制労働の任に就かせる。就業時間等は全てあちらに任せてある」
「はい?」
「物わかりの悪い男だ。いいかもう一度言ってやるからよく聞いていろ。お前は今日から――」
聞こえてきたのは先ほどと同じ文言だった。
だが、それでもアレンは理解できなかった。
いきなりすぎて頭が着いて行っていないのだ。
「魔導細工店て、なにをするんだ?」
「ここ、王都フェレンにて近いうちに式典が開かれるのだ。それに伴って街に唯一の魔導細工店に頼まなければならん仕事ができたわけだ。だが、魔導細工店の店主は人が足りていないという。何の仕事が間に合っていないのか聞いたところ、組み上げという仕事が間に合っていないそうだ。それで、牢屋で『骨のピック』を自作で作り上げたお前の手先の器用さに目をつけた、という訳だ」
「うん、ごめん全く要領を得てない回答をありがとう。俺の聞き方が悪かった……。そういう事情があるのは良くわかったんだが……そもそも、俺は魔導細工店なるものを知らないんだが……」
アレンの発言を聞いて、兵士二人が顔を見合わせた。
「お前、一体どこの出身なんだ? 魔導細工店を知らないなんて、ありえんぞ?」
「だから日本だっつの」
「はぁ……。説明するのも面倒だが仕方ない。いいか? 魔導細工店というのは、民間で魔導細工を作成し、販売している場所の事だ。魔導細工というのは――こういうものだ」
兵士の一人が、あの時の四角い箱を取り出した。
そう、冒険者ギルドのような場所と通信していた、あの箱だ。
「……これは一般にも普及しているものでな。魔力を流すと遠くに居るこの魔導細工を持つ相手とも話ができる代物だ。名は『コーリング・ボックス』。皆は訳してコールと呼んでいるがな」
それまんま電話ですやん、とはアレンは口にしなかった。
突っ込んだら負けな気がしたからだ。だが――この調子なら文化的には地球と同じ水準なのかもしれない、などと思ったが、すぐにその淡い期待は打ち消した。
電気もなさそうなこの文明がどこまで進んでいるかなど、今のアレンにはさして重要なことではなかったからだ。
「魔力、なんてもんがあんだなぁ……。全然俺、それ知らないんだけど、それでもいいならやる――」
「何を勘違いしているんだ貴様。それでもいいならやる、などという口は聞けんはずだが? 最初に言ったはずだ。これは強制労働だと」
「へ? じゃあなんだ? 俺がその魔導細工店とやらに行ってそこの手伝いをすんのはもう決定事項なのか?」
「そうだ。分かったらとっとと行くぞ――」
是も非もなく、アレンは外に連れ出され――魔導細工店へと連れて行かれた。
そして――冒頭に戻る訳だ。
「俺は――自由だぁあああああああああああああああ!!」
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