第32話 事象:ITにおける街中での思いがけない遭遇(最悪)について
俺達が冒険者ギルドの宿屋に向かう途中。
曲がり角を曲がってばったりと出くわした人影に、俺は心底驚いた。
纏うオーラに間違いはない。
いや、信じたくはないが、一番会いたくない奴に俺は出会っちまった。
そのいかついツラ。
握りしめた拳は鉄をも貫き、俺の脳天をも貫いた――その名も――
「クソオヤジ……!?」
そう。
もう会うことはないだろうと思っていた――できれば顔も見たくなかったのだが――俺が異世界に来てすぐに強制労働の任に就かされた就職先のクソオヤジ。ヴァレンシュタインがそこに居た。
「誰がクソオヤジだクソガキが! てめぇどこほっつき歩いてやが……」
反射的にクソオヤジは叫ぶが――俺の腕の中で眠るクラウ、右隣のハットリ、左隣のマリーさんに視線を移す。
「このダンディなおっさんだれでース? アレンの知り合いでース?」
「クソガキだなんて、失礼な人ですね?」
ハットリが俺に訊き、マリーさんが訝しげにクソオヤジを見た。
どうしよう。
なんて説明すりゃいいんだ。
「おいアレン……おめぇ、ついにその猫のお嬢ちゃんを――」
「違う、違うんだって! クソオヤジ、待ってくれ! ホントに待った! マリー、ハットリ、クラウを連れて先に宿に帰っててくれ!」
「……? なんででース?」
「あとで説明する! このクソオヤジはな、げんこつがヤバイ位いてぇんだ! ここで誤解を解かないとハットリやマリーさんまで巻き込んじまう!」
俺が必死に説明すると、マリーさんとハットリはしぶしぶクラウを引き取り、クソオヤジの横を通って冒険者ギルドの宿舎へと向かう。
「……おい、ちょっとまてお嬢ちゃんたち。その猫のお嬢ちゃんは、あんたたちの連れか?」
「クソオヤジ、そいつらは関係ねぇ! 俺の話を聞きやがれ!」
「うるせぇクソガキがっ!! 俺は嬢ちゃんたちに聞いてんだ!!」
――ガツン!!
「オウフッ!!」
久しぶりの一発に俺は見事に撃沈した。
正確には、石畳の地面に顔がめりこんだ。
「ひっ……!? この人、本当に人間ですか……!?」
「……で? あんたらはその子をどうしたんだ? 気を失ってるようじゃねぇか……」
ヤバイ。クソオヤジはやっぱり誤解している――!
「なんでース? 今クラウはアレンにめちゃくちゃにされてしまって疲れているんで―ス。要件なら後にするでース」
「は、ハットリさん、この人、ヤバイですって!」
なんでハットリはあんなにクソオヤジに敵対心剥き出しなんだ?
まぁ良くわからんが、まだ頭がクラクラしやがる。
「……つつっ……おいクソオヤジ、いきなり何すんだ! クラウはなぁ、俺の連れだ! みんなで冒険者やってんだよっ!」
「冒険者だぁ? てめぇ、俺のところの仕事放り出して何やってるかと思えば、冒険者だと!?」
面倒だ。面倒な匂いがする。
ここはアレだな。一芝居打つか。
「クソ、仕方ない! みんな、逃げろ! こいつは俺が引き留める! お前たちは先に行けぇぇぇぇぇぇ!!」
俺が必死の形相で叫ぶと、マリーさんが信じられないと言った形相でこちらを見てきた。
「で、でもそれじゃあアレンさんが!」
「俺の事は構わねぇ……。俺は、お前たちが無事なら、俺はそれで――いいんだっ!!」
俺はクソオヤジの前に立って両手を広げた。クソオヤジはなんか冷え切った目で俺を見てきているが、気にしない。
「アレン……。マリー、ここはアレンの言うとおりにするでース」
「嫌です! 私はアレンさんの最期を見届けるまで――」
「マリー!! マリーはアレンの覚悟を無駄にする気でスか!?」
「……くっ、アレンさん! 必ず、必ず生きて宿屋に来てくださいよっ!!」
「――ふっ。ああ。分かってる。必ず、無事に生きて帰るさ……!」
俺がマリーさんとハットリにサムズアップすると、マリーは目尻に涙を浮かべながら、クラウさんをおんぶして冒険者の宿舎の方へ向かっていく。
「さぁ、クソオヤジ、聞きたいことがあるなら俺が答えてやるぜ!!」
「――お前が、俺を――止める?」
あれ?
なんか、これまで以上にクソオヤジが怒ってるように見えるのは気のせいか?
あ、あはは、なんか紅色のオーラまで出てるよ。
アレ、クソオヤジが本気になった時しか出ないんだよねぇ……。
「あ、あの……ちょ、落ち着こうぜ? な? ほら、一緒に働いた仲じゃんかぁ~。ね? 落ちつこ? ね?」
「……」
あ、聞いてないや。これ。マジでブチ切れてんなぁ……。
「テメェに……」
「……へ? なんだって? 良く聞こえなかったっす」
「てめぇに俺を止められると思ったら大間違いなんだよこのクソガキがぁあああああああああああ!!」
「グブッッヴァアアアアアアアアアアアア!!」
イッテェェェェェェェェェ!!
――端的に説明しよう。
クソオヤジの腹パン→俺の腹のど真ん中にクリティカルヒット→俺は俺と同じくらいの身長分を飛び上がって宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「いてええええええ! 死ぬ、しぬぅう! 洒落になんねぇっつーのっ!!」
「このクソガキ! あんな年端もいかない嬢ちゃんたちを騙して襲うたぁ、許せネェ! コロシテヤル!!」
「待て、待ってくれ!! ホントに違うんだって! なんなら冒険者ギルドに訊いてみろって!」
「――観念しろ……現役時代は【
「あんた一体何もんなんだよっ!? つーかなんだよ【
こいつも中二病かよっ。
しかし、そんなことは言ってられない。燃え盛るオーラ。拳に纏った紅蓮の炎は、クソオヤジが本気の証だ。ヤバイ。
俺はすかさず盾と剣を構えた。
殺らなきゃ――殺られる!!
「へ、へっ! 俺だって無駄に冒険者ヤッてたわけじゃねえんだ! もうクソオヤジにやられっぱなしの俺じゃねぇ! 見せてやるぜ――【神威】!」
――『神威』スリープ状態より復帰します――
――エネルギー、エリス・60%、クラウディア・98%――
――敵影殲滅に必要なエネルギーを逆算――
――エネルギー不足により『 』不能――
――演算不可能――
――限定的・局所的な強化へ方針転換――
――『身体強化・天下無双』を発動しました――
――死の危険有り。危機回避の為、退却を推奨――
うそ、だろ?
「ほう、クソガキ、てめぇ面白いもん使うじゃねぇか……」
「は、ははは」
「ただのクソガキじゃねぇとは思ってたが――ここまでの逸材とはな……! 久しぶりに血が滾ってきたぜ……」
クソオヤジが言い終わるや否や、俺は身の危険を感じたので思いっきりバックステップした。
果たしてその判断は、間違いではなかった。
目にもとまらぬ速さでクソオヤジは俺の居た場所に全力で拳を放ってきた。
半径10メートルに及ぶ地面の陥没。
深さは俺の身長位だ。
怖い。怖すぎる。
クソオヤジ、マジでこのおっさん何者だっ!?
「オラ、どうしたァァァァ!」
「冗談じゃねぇええええ!! クソオヤジ、てめぇ強すぎなんだよぉおおおお!!」
手加減無用。
マジでやらなきゃ殺されるっ!!
俺も負けじとクソオヤジに横に瞬時に回り込み、剣を突き出す。
――信じられないことが起こった。
奴は自分の肘で、俺の鉄の剣を叩き折りやがったんだ。
「歯ァ食いしばれやぁあああああああああああああ!!」
豪速で迫りくる拳。
寸前で俺は顔を逸らすことでそれを避ける……。だが、その拳の余波で俺は吹っ飛ばされてしまった。
「チっ、俺も鈍っちまったもんだぜ……クソガキに避けられるたぁな」
「は、はは、それで鈍ったって? 冗談キツイっつーの」
俺は立ち上がり、盾を投げ捨てた。
アイツの前じゃあ、防具なんて意味をなさない。盾で受けたところで、必殺の一撃で盾ごと俺の身体は粉砕される。
こうなったら拳で勝負するしかない。すこしでも体の可動域を増やすために、俺は鎧までをも脱ぎ捨てた。
俺はファイティングポーズを取り、闘う意志はまだあることを表明する。
「――いいツラだな……だが、その程度じゃあ、俺には届かんぞ」
「っ!?」
言い終わるや否や、眼前にクソオヤジのツラがあった。
十メートルは離れていた距離を、一瞬で詰めてきたのだ。
「3発だ。3発耐えるか避けられたら、話を聞いてやる」
重く響く声に、本能が告げる。
逃げろ、と。
「……うぉおおおおおあおおあああああああああああああああ!!」
今の俺に出来うる最高の速度で、人中を狙ったクソオヤジの必殺の一撃を髪の毛一本の差で避けることに成功する。
その瞬間、見てしまった。
クソオヤジが笑う姿を。
「簡単に引っ掛かりやがるな」
「っ」
ノーモーションで利き腕であろう右手が炎を纏って俺の腹に、豪速で激突した。
もう声を上げることもできん。
なんだ、このおっさん――!!
俺は盛大にバウンドしながら、塀に激突する。
「ガ、ハッ……」
「まだ息があるか、大したもんだな――」
倒れ伏しながら、クソオヤジを見る。
勝利を確信したその笑みを見て、俺はすかさず拳を握る。
ここだっ!! ここしかねぇ!!
「……うらああああああああああああ!!」
俺お得意の五体投地の姿勢から、こちらもノーモーションでクソオヤジに突っ込んでいく。
俺の右手は吸い込まれるようにクソオヤジの顔面に向かっていき――
爆ぜるような音と共に、俺は一撃をかました。
だが――
「ハン、少しは威力はあるが、踏込も甘い、振りはでけぇし……。避けられたらテメェ、次の一手はどうする気だったんだ……?」
ニヤリ、とまたしても楽しげに笑うクソオヤジ。
本当に何者なんだコイツ。
「……っ」
パン、とクソオヤジは全力を込めていた俺の右腕をいとも簡単に払いのけた。
「だがよ、芯のある一撃だったぜ――?」
次の瞬間訪れたのは、クソオヤジのいつもの一撃だった。
「いってぇぇぇ――!!」
「……ハン、本当にお前は耐力だけはすげぇな。少しはその根性を弟子たちに見せたかったぜ」
――エネルギー、エリス・40%、クラウディア・65%――
――使用者の意識不明により、『神威』、スリープ状態へ移行――
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