第6話 事象:ITにおける服役中の心構えについて

「いってぇ!!」

「そこで頭を冷やせ! 訳の分からんことばかり言いおって!」

「だから、俺は――」

「なんだニッポンとか言う国やら、イセカイテンイがどうたらと……二週間きっちりそこで刑に服しているんだな!」


 暗い牢獄に放り込まれ堅い床にしりもちをついた。無情にも鉄格子の扉は閉じられる。

 全裸の罪で――というよりは、問題発言の件でアレンが衛兵に捕まってから、すでに時間は夕刻を過ぎていた。なぜ時間が分かったかと言うと、壁掛け時計が尋問を受けた部屋にあったからだ。壁にカレンダーらしき暦もあった。地球と同じく、一週間が七日間、一日二十四時間が基本らしい。違うところは一つだけ。一ヶ月が三十五日間ということくらいだ。

 だが、幾ら日付がわかったところで二週間が長いことには変わりは無かった。


「くっそぉ……なんだよ二週間って……微妙に長いっつーの……」

「おい……新入り、おめぇなにしたんだ?」


 独り言をつぶやいた時、隣の牢獄――鉄格子の為、隣が丸見えだ――から髭もじゃの男が話しかけてきた。筋骨隆々の身体をした戦士の中の戦士のような男が、そこに居た。


「ひっ、化け物!?」


 アレンが悲鳴を上げたのも無理はないだろう。その体はアレンの二倍ほどもあったのだから。


「おいおい、そんなにビビんじゃねぇよ。俺はヘラクスだ。見りゃ分かると思うが……巨人族と人間のハーフだよ。なに、捕って喰いやしねぇよ、ガッハッハ!」

「そ、そう、ですか。俺はアレン……です」


 はは、と苦笑いで返してやると何を気に入ったのか、ヘラクスはこちらを興味深そうに見てきた。


「ほう……お前さん、なかなか妙なモノもってやがるな? ははぁ、分かった。お前さんそれを盗んできたんだろう?」


 何のことだろうか。と本当にアレンは不思議に思った。

 この世界に来てからというもの、ケツに槍をぶっさされたり、ネコ耳少女に知らぬ間にエロ発言をしていたりしたが、盗みだけはしていないはずだった。


「なんの、ことだ?」

「ふむ? じゃあはっきり言ってやろうか。お前さんがここにぶち込まれた理由を。その妙な気配からすっとだ……大層な魔力の宿った道具でも盗賊シーフの技で盗んできたんじゃないのか?」

「盗賊……いや、俺は盗賊じゃないし、そんな大層なことはできない」

「そうか……じゃあ何をしでかしたんだよ? もったいぶらずに教えろ」


 薄笑いを浮かべながら、ヘラクスはこちらを見てきた。

 その黒い髭やぼさぼさの髪の毛が怖さを増長させている。夕方だというのに、アレンの気分はすっかり猛獣の檻に放り込まれたかのようだった。

 本当の事を言わないとあの二本の立派な腕で、自分はひねりつぶされるんじゃないか、と本気でアレンは心配していた。


「お、俺はただ、全裸にさせられたまんま森から出て、美少女に声を掛けただけだ。何にも悪いことはしてないさ」

「…………。ク、フ」


 アレンの言葉を聞いた瞬間、ヘラクスは下を向いて何かをこらえているようだった。漏れ出る空気が変な音を立てていて気持ち悪い。


「ど、どうしたんだよ?」

「ガ~ッハッハッハ!! お前さん! バッッッカだなぁ!?」


 猛烈な勢いで笑い始めたヘラクスに、自らの取った行動を省みたアレンは確かに納得した。


――ああ、俺やっぱりバカだったんだな。


と。



―――――


 ヘラクスは最初はかなり怖かったが、話してみると意外や意外。とっつきやすいおっさんタイプだった。こちらばかりが牢屋ここにぶち込まれた理由を話していたので、ヘラクスがここに放り込まれた理由を聞いてみたら、とんでもない答えが返ってきた。


「俺はな、ギルドの野郎どもに復讐するためにここでおとなしくしてんだ。見てみろ、俺の身体を。ここをぶち破ろうと思えばいつでもブチ破れる。だがな、あえて俺はそれをしない――なぜだかわかるか?」


 わからない、と答えるとヘラクスは笑ってこう言うのだ。


「俺をハメた奴らを残らずこの手でぶちのめしてやる為さ――綺麗な身体になって、あいつらの罪を暴き、そして復讐する……その為に俺はここに居る」


 ヘラクスの刑期は後二週間で終わるらしい。奇しくもこちらと同じだったことに少しだけ不思議な運命を感じたが、おっさんに運命を感じてる自分に嫌気がさしたのでそれ以上考えるのをやめた。


 それから二日後――。


「おら、朝飯だ」


 鉄の盆が叩きつけられる音と共に、本日の朝食――堅いパンと冷えたスープが置かれた。

 壁に寄りかかって寝ていたアレンは、眼を覚醒させた瞬間――恐ろしい程の『飢え』と『渇き』を感じた。

 昨日も配給された夕食を食べたというのに、異常なほどの欲求だった。それに気付けるほど、アレンに余裕はない。


「はぁ、はぁ……」


 体が思ったように動かない。

 全身を引きずるようにして食事にたどり着く。


 ――み、水! 飯!!


 ボロボロとこぼしながらパンとスープを5秒ほどで平らげてしまった。

 だが――まだ飢えと渇きは続いている。


「ぐっ、はぁ――」

「お、おい、お前さんどうしたんだ?」


 アレンの異常さにようやく気付いたヘラクスは、見回りに来ていた兵士に声を掛けた。


「おい、隣の奴が死にそうだぞ!」

「なに!?」


 兵士が牢獄の扉を開けた時にはすでに、アレンは意識を失っていた。



―――――



「う……あ?」


 目を覚ました時、そこは見慣れぬ小部屋だった。

 壁には小瓶に入った緑色や青色の液体が所狭しと並べられている。

 周囲をぐるりと見回すが、やっぱり見た事の無い景色だった。


 その時、ドアを開けて入ってきた人を見て、アレンはかなり驚いた。いや、驚かざるを得なかった。


「おはようございます。体の調子はどうですか?」

「は……はは」


 ローブを着た――頭にうさみみつけた女性が立っていたのだ。

 女性はうさみみ以外は全て人間と同じつくりをしている。


「け、けもみみ――!!」


 我を忘れて女性に飛びかかろうとするが――アレンの身体は縄でベッドに縛り付けられていて、動かない。


「やはり……」

「も、もふもふ――」


 女性がアレンのすぐ隣まで来て、額に手を当てる。

 それだけで内に抱えていた『飢え』と『渇き』が引いていくのを感じた。

 同時に、段々と眼に理性の光が灯っていき、思考がクリアになった。


「はっ……!? 俺は何を?」

「ふむ。アレンさん。貴方は呪いにかかっているようですね」

「え……? ちょ、ちょっと待ってください。なんで俺は――」


 何故ベッドに寝かされ、縄でぐるぐる巻きに縛られているのか聞こうとすると、先手を打ってうさみみの女性が答えてくれた。


「ええ、貴方は呪いの効果によって身体に異常を来し、ここへ、治療室へと運ばれて来たんです」

「……へ、へぇ……。で、呪いって……?」

「ええ、呪いです。信じられないことですが――アレンさん。貴方はどうやら獣人の――しかも年若い女性に定期的に触れ合う、もしくは獣人の少女を見ないとどうやら身体に異常を来すようですね。一体そんな意地の悪い呪いを誰に掛けられたんです?」

「……ちょ、ちょっと待ってください。もう一回言ってください。どんな、呪いを受けたって?」


 アレンは自らの耳が悪くなったことを願う。

 呪いを受けたという事実すら意味不明なのに、もっと意味不明な言葉が聞こえたからだ。


「ですから、獣人の少女といちゃつくか、視界に入れないと体に異常を来す呪いです。ま、私の見解ですから確実にそうか、と言われれば断定はできませんけどね。…………変態」

「おいおい、今変態って言わなかったか?」

「いえ、言ってませんよ? とにかく、説明責任は果たしましたが、どうやら衛兵の皆さんは信じられない様子なので、あなた自身でどうにかするしかないですね」

「なんかひどい事言われてないか? 俺」

「知りませんよ」


 そこまで話して、ようやく事態を飲み込めた。

 アレンは確認の為にもう一度うさみみの女性に視線を向ける。


「ってーことはあれですか? この世界で言うところの獣人ってーと、貴方のような人の事ですよね?」

「そうです。一般的に獣人、と呼ばれる種族ですね」

「……で、その獣人の若い女性か、少女といちゃこらしたり、視界に入れないと具合悪くなるの? 俺」

「そうです」


 そこまで聞いて、アレンは項垂れる。

 それじゃあまるで――まるで――


「ただの変態じゃねーか!!」

「そうですね。ちょっと、こっち見ないでくれませんか? 妊娠してしまいます」

「しねぇよ!!」

「兵士さーん。患者が目を覚ましました」


 本当に心底嫌そうな目でアレンを一瞥した後、うさみみの女性は衛兵を呼ぶ。

 どたどたと二人のガタイのいい兵士がやってきた。


「お、おい、まさかまた俺をあそこにぶち込むのか?」

「当たり前だろう。この変質者め。まだ三日目だぞ」


 その言葉に大きく落胆すると同時に――アレンは決意する。


(よし、脱獄しよう)


 自らが助かる道はもう――脱獄しかないのだ。

 脱獄して、自由に生きるのだ。


 こんな冷徹なうさみみ女性じゃなくて、ちっちゃくてかわいいネコ耳少女といちゃこらするのだ――などと考えていた。


 まるで変態である。

 いや、紛う事無きただの変態だった。

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