第一幕 事象:ITにおける変態の存在理由について

第2話 事象:ITにおける転移前の記憶について

 高校生になって二年目。親に無理をいって地方の高校に入学して一人暮らしを始めた俺は今、金欠と言う治療不可な病気をなんとかするために、地元のスーパーというか、農家の直売所に来ていた。


 ありていに言えば、人の家だ。


「お、大根安っ! さすがど田舎! 一本20円とかマジ勇者だろ」


 大体この地域は野菜が安い。とてつもなく安い。

 地面に積み重なって並んでいる大根たちはどれも白くてつやつやして――ない。掘り起こしたばかりの土まみれのものばかりだ。東京とかに住んでいる方々はきっと驚くことだろう。土付きの野菜なんて見たことある人あんまりいないだろうし。


 都会とは違って、それがあたりまえ。

 農家の人が採った、出来の悪いのを安価で売ってくれているんだ。これがとてもありがたい。毎日野菜は食えるし、運がよければ近所のじっちゃんに米だってもらえる。


「おんやまぁ、アンタ誰だい? 見ない顔だねぇ?」


 野菜を見ていたら、ばっちゃんに声を掛けられた。

 俺はいつもの通り返す。


「やだなぁ、島崎のばっちゃん! 俺、もうここに越してきて一年たつよ!?」

「あんらそうだったかなぁ? すまんかったのぉ。ほれ、白菜もおまけしてやるから許してなぁ」

「え、こんなにいいの!?」

「んだんだ。もってけばいい! 若いもんはいっぺこと喰わねばだめなんだ!」


 というようなやり取りをすると――数百円で大量の野菜たちが手に入る訳だ。

 今日の夕食の献立は間違いなく鍋になることだろう。

 俺、鍋好きだし。


「ありがとね、ばっちゃ! こんどお礼にお菓子もってくるから」

「んなもんいらね! ほれ、さっさと帰りなせ、他の御客さんきてお前さんのこと見たら、オラんとこの野菜み~んなタダでなくなっちまうからのぉ!」


 いつも通りのやり取り。これが俺の日常だ。

 そうして少し立ち話をした後、愛用の自転車にまたがり、両面田んぼの田舎道を疾走する。

 今日も田んぼの匂いが漂っているなぁ。もうすぐ稲刈りも近いかも。

 風をきりながら立ちこぎして、数十分ほど走ると、借りているアパートが見えてきた。

 【まつのき荘】だ。

 これが、趣のある風情とはかけ離れている。

 外壁には蔦が絡まっていたり、ところどころ塗装が剥げていたり、廊下の電球は器具自体が壊れていて、球を交換しても点かないのだ。

 とりあえず――クッソぼろいアパートだ。

 だが、家賃は破格。

 聞いて驚け皆の衆! なんと、一か月6000円だ!


 この安さにひと目惚れして、ここに入居を決めた。

 ぼろさも、電気が点かなくて暗いのも一年いれば段々と愛着が湧いてくるものだ。


「たっだいまー♪」


 両手に抱えきれないほどの野菜を器用にもちながら、俺はアパートのドアを開ける。



 ――すると。





 次の瞬間には、俺は四方八方すべてが黄土色の空間に出た。


「……」


 絶句。

 そりゃそうだろう。目の前にうこんみたいな色した空間が広がってるんだから。

 もう一回言おう。見事なまでにうこん色だ。

 う○こじゃないよ。汚いでしょそれだと。


「う○こ色だあああああああああ!! 汚ねぇええええ!! 出してくれ、ショック死するぅ! 気が触れるぅ! イカれるぅ!!」


 わあああ、と一人で五体投地してじたばたと暴れ回ってみる。


 じたばた。

 じたばた。


「ふぅ」


 数分程そうしていただろうか。

 さぁ、困ったぞ。


「ここは――どこだ?」


 落ち着いて周囲を見回してみる。

 黄土色、黄土色、うこん色。もういいよ!


 どっからどう見ても閉鎖空間に間違いなかった。

 床も黄土色だし、遠くを見てもどこを見ても一色。

 じたばたしても変わりはなく、何も変化は起きなかった。


 そういえば、とふと手に持っていたはずの食料たちが見当たらないことに気付く。

 先ほど五体投地した時にはすでに手元になかったことを思い出していると――【ソレ】は唐突に聞こえた。


『そこの下品な人。あなたはバグに巻き込まれてしまいました』


 頭に直接聞えたその声を契機に、一瞬にして世界が変わる。


 先ほどの下品な黄土色は綺麗に消え去り、鏡面の床と、果てしなく何処までも続く宇宙と青空が混ざったような景色へと変化した。


 星々の輝きと、壮大な青空に圧倒され、俺は思考を停止してしまう。


 だが、そうしていたのも束の間。


「これなら文句はないでしょう?」

「うぉあああああああああああ!?」


 脳髄まで響く、世界の楽器を集めて極限まで美しくしたような声と共に、いきなり目の前に金色に輝く羽を四枚付けた女性が現れた。

 びっくりしたなんてもんじゃなかった。

 四歩、後ずさる。


「なんだ、何が起こった、貴女は誰だっ?」


 目の前の女性――二十歳くらいの大人っぽい体つきした人だ。そして、顔は恐ろしいほど整っていた。キレイ系の極致といったような造りだ。

 巨乳、ギリシャ神話の女神みたいな恰好。ほら、これでもうイメージできたでしょ? そのまんまの人が俺に通告する。


「何だ。という問いには答えられません。何が起こったのかを一言で説明すると――世界がバグって貴方死にました。私はエリアンテネットです」


「は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る