第18話 事象:ITにおける新米冒険者及び新米忍者としての心構えについて

 俺達三人は東門で冒険者パーティーという事を門番の人に告げ、ようやく街の外に出ることができた。


 沈みかけている夕陽を見ていると、冒険者ギルドに行ってからそんなに時間が経っていないことを実感する。


「それで、これからどうする?」

「そうですネ。それじゃあまずはワタシがお手本見せまース! 東の森のところにゴブリンが居るみたいなのデ、それを倒しにいきまース!」

「大丈夫なの……?」

「心配しすぎでース! ワタシは忍者でース! 最強でース!!」


 おぉ、心強いな!

 自信満々のハットリのせいなのか、その小さい背中に背負っている日本刀もなんだか格好よく見えてきた。


「じゃあ、行くか! ほらクラウ。手つなぐか?」

「この変態。いいわよ。一人で歩けるから」


 素気無く返され、ちょっとさみしい。


「ああ、言い忘れまシた! 今回の依頼は薬草の採取でース! 冒険者ギルドの人から、納品依頼なのデ、薬草の見分け方、及び調理の仕方も学んでもらいまース!」

「調理の仕方?」


 思わず聞き返してしまう。

 薬草の採取ってのは納得が言ったが、調理となると意味が解らん。

 なんで調理する必要があるんだ?


「そうでース! ワタシ達忍者……今は冒険者でース。まぁどうでもいいでース。とにかくワタシ達のような者は、お金が無いのデ、万が一の時の為にも現地調達の仕方を覚えておいた方がいいのでース!! というかいちいち説明がめんどいでース! 新米忍者は黙って言われた通りやりゃいいのでース!!」

「お、おぅ」


 説明が面倒になったようだ。

 だが、怒っている口調じゃないし、言わんとしていることは分かった。

 ただ集めるだけじゃ成長しない。ギルドへの納品分より多く採取して、余った分は薬草を調理して傷薬にでもするのだろう。


「アレン、本当に大丈夫なの?」

「俺の見立てに間違いはない。俺達に戦闘や冒険者がなんなのかを教えてくれるのはこの人しかいないんだ。喋るのが苦手なだけで、ハットリは嫌な奴じゃないさ」

「ふーん……随分信用してるのね?」


 ん? なんか今棘なかったか?

 そう問うと、なんでもない、と返してきた。

 一体どうしたのだろうか。


 ま、そんなこんなで日が完全に沈む前には東の森に着いたわけだが……。

 この街道、見覚えがある。

 俺が全裸でおっさん三人に捕まった場所だ。

 だが、あえて自己申告はしてやらん。経緯の説明をするときっと完全にドン引かれるからな!


「着きまシた! いっぱい薬草ありまース! どれか分かりまス!?」

「え、もうあんの!?」


 街道から少し外れて、森の中の道を少し歩いたところで、ハットリが俺達に問う。

 地面に生えてるのは雑草にしか見えん……。

 そこら辺の公園に在りそうな雰囲気の草しかないぞ。


「これじゃないかしら?」


 俺があたふたしていると、クラウさんが周りと同じ様な雑草を指さしていた。


「その横に生えてる奴と同じにしか見えんのだが……」

「アレンは仕方ありまセん! ヒューマンはそう言ったモノに疎いでース! クラウ、アナタは見事でース! それが薬草でース! 流石獣人でース!!」

「そ、そう?」

「アナタは薬草の採取を進めていてくださーイ! くれぐれもゴブリンには気を付けてくださーイ! ワタシとの約束でース! アレンはワタシが教えまース!」


 手放しでハットリに褒められ、満更でもなさそうなクラウ。

 アレ、周りの雑草とどう違うんだ!! 俺みたいな人間じゃあ区別がつかないのか?

 どんどんクラウは周りの薬草を摘み取っていく。


「なぁ師匠。俺、どう頑張っても横に生えてる奴とクラウが手に持ってる奴の違いが分からんのだが」

「見ただけじゃわかりまセん! 匂いでース! クラウは特別な才能があるようでース! アレンも負けてはいられませーン!」


 この匂いを覚えてくださーイ! と言われて俺は薬草を手渡された。

 薬草の匂いを嗅いでみる。


「くっさ! マジコレなに!? くっせぇんだけどっ!!」

「そういうものでース!! 植物を侮辱すると精霊さんに怒られまース!! 謝って下さ―イ!!」

「だってこれ臭い……ヘドロみたいな匂いするんだけど……」

「うるさいでース! とにかく謝りなさーイ!」

「ご、ごめんなさい」


 そうだよな。お前精霊使いだったもんな。忍法って言い張ってるけど、精霊使いって言われてたもんな。

 薬草臭いって言ってごめんよ。


 試しに俺は他の雑草を引っこ抜いて匂いを嗅いでみた。

 ハーブっていうのかこれ。確かに微かではあるが、良い香りだ。

 うん。こっちの方が薬草っぽいんですけど。


「なぁ、これは薬草じゃないのか?」

「それはどこからどう見ても雑草でース! 何関係ない草抜いてるでース! いい加減にしなさーイ!!」

「いって、叩くなって」


 ポカポカと俺を殴ってくるハットリ。

 はは、やっぱり、と俺は顔が見えなかったがこれで確信した。

 美少女だと痛くねぇな。と。


 それから五分ほど、俺たちは薬草集めをした。

 結果、両手では抱えきれない程の量が採れた。

 薬草ってこんなに自生してるものなのか。


「十分な量が採れたでース! それじゃあ調理しまース!! 火を起こすのに火遁の術を使いまース! 少し離れてくださーイ!」


 今こいつなんて言った?

 火を起こすのに火遁の術使うって!?


「それ遁術じゃなくて、タダの火を起こすだけの術なんじゃ……」

「何かいいまシた?」

「なんでもないっす。続けてどうぞ」


 めんどくさい。

 指摘してやるのはまた次の機会にしよう。

 ちなみに、場所は予め雑草やら何やらを引っこ抜いて、火を起こしても周りに引火しないようにしてある。


「いきまース! サラマンダー! カモン! 忍法、火遁の術でース!!」


 瞬間、俺が間違って引っこ抜いた雑草の束に、火が巻き起こる。

 うん。火はついた。火は着いたさ……! だがな。


「なぁクラウ……俺、サラマンダーって聞こえたんだけど、サラマンダーってなんだ?」

「火の精霊ね。完璧に」


 やっぱりな。


「完全にサラマンダーって言ってんじゃねぇかっ! 隠す気ねぇだろ!!」

「ホワッツ? 何か問題でもありまシたか? コレは忍術でース」

「……いや、もう師匠が良いっていうなら、いいさ」

「アレン、突っ込むだけ無駄よ」

「今分かった。ちょっと俺の中の忍法の定義を変えてみるさ」


 こいつはこういう奴なんだ。

 怒っちゃいけない。

 サラマンダーって火の精霊だよな、とか。

 それって魔術とか精霊術とか言うのじゃねぇのか、とか。

 そういう突っ込みしちゃいけないんだ。


「ウーン、やっぱりちょっと火力が足りないでース! アレン、剣でそこら辺の木を切り倒して薪にしてくださーイ!」

「俺かよっ! つーか俺に木は切り倒せネェ! どんな怪力だよ!」

「……使えまセんでース! そこら辺の枝でもいーでース! とにかく薪もってこいでース!!」

「なんだ、枝でも良いのか」


 俺は言われた通り薪を持っていった。

 言葉足らずなのは仕方がないんだ。エルフだし。

 そう思って自分を納得させた。


「さぁ、これから調理を始めまース! 薬草を調理して、飲み薬にしまース!」

「おぉ、これこそ冒険者って感じだな。もう俺は突っ込まないぞ。どこからその鍋出してきたんだとか、どこから煮る水出してきたんだよ、とかな!」

「いい心がけでース! ちなみに水はウンディーネに水遁の術をやってもらいまシた!! 鍋はノームに土遁の術で作ってもらいまシた!!」

「元気に手の内をバラしてんじゃねぇよっ!! 忍法なんだろ!? 精霊使ってるわけじゃないんだろ!?」

「ホワッツ? 精霊なんて知らないでース! ワタシが使ってるのは忍法でース!!」


 もういい。俺はもう疲れた。


「……ああ、分かった。それは忍法だ」

「分かってくれたようで何よりでース! それでは調理をはじめまース! まずは、薬草をそのまま鍋にぶち込みまース!!」

「え!? 薬草ってまずはすり潰すのよ!?」

「黙りなさーイ! ワタシの手本を見るのでース!」


 クラウの静止も聞かず、ハットリは鍋に薬草を一束ぶち込んだ。

 そして――グツグツ煮た。

 水が無くなるまで。

 ちなみに、匂いは最悪だ。ヘドロの匂いが百倍くらいに強くなってる。


 そうして出来上がった薬草の水煮。

 それをハットリは徐に取り出して……。手のひらで薬草を丸め始めた。


「こうやって丸めれば、丸薬の完成でース!! 飲めば気分は良くなりまース!」

「……。えっと、傷は?」

「良くなるわけないでース! デモ、気分は良くなりまース!」

「何でそれで気分が良くなると思ったんだ!? ホワイ!?」

「知りませーン! その場のノリでなんとか出来まース!!」


 もうだめだ。

 おしまいだ。

 こいつ、俺とキャラが似すぎだ。

 ヤバイ。


「……仕方ないわね。ねぇハットリ。私がやってもいいかしら?」

「いいでース! なんだか不評のようなので、クラウがやるといいでース! まぁ、ワタシは薬草使わないので、正直調理の方法はしりませーン!!」


 ここで――クラウさんが動いた。

 つーか、やったことなかったのかよ。ハットリ……。


 クラウはテキパキとした慣れた動きで、薬草を鍋に入れて、短剣の柄ですり潰す。

 すると、どうした事だろうか。なんだかいい香りが漂ってくるじゃないか。


「おぉ、すげぇ、ヘドロみたいな匂いじゃなくて、すっきりするような……ミントみたいな匂いがするな」

「すごいでース! まるで錬金術でース!」

「これは錬金術じゃなくて調合よ……。よし。それじゃあハットリ。水を鍋に少し入れてくれないかしら? 半分くらいでいいわ」

「分かりまシた! ウンディーネ、カモン! ウォータープリーッッッズ!!」


 うん。わかってたさ。

 わかってた。

 もう何も言うまい!

 でもこれだけは言わせてくれ――!

 ウォータープリーズってそのまんまじゃねぇか!!

 忍法つけろよっ!! 水遁の術位言えよっ! めんどくさがりにも程があるだろ!!


「はい、これで火をかけて……」


 そのままグツグツと煮込む。右に三回。左に二回かき混ぜる。そして別に切り刻んだ薬草をクラウが鍋に入れると……。

 なんと、液体が粘度を増して、塗り薬のようなものになったのだ!


「できたわ。塗り薬よ」

「Oh! 師匠と呼んでもいいでスか!? ワタシ、戦闘以外はまるっきりダメなんでース!」

「……すげぇな。ホントにクラウさんは女神だわ」


 鍋を取り囲んで喜ぶ俺達。

 これで依頼は達成だ。

 さぁ帰ろうか、と後ろを振り返った時に、俺は忘れかけていた本来の目標と――接敵した。


「げぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃー!」


 デカイ頭、小さな体、その赤みがかかった肌の色……。

 ゴブリンだ!


「思った通りゴブリンでース!! 火に誘われてやってきたでース! 武器を構えてくださーイ!」

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