第38話 事象:ITにおける変態の宿命について
冒険者ギルドの連中の話だと、俺がクラウ達と一緒に依頼をこなしていた森で夜に角が生えた魔族らしき人影を見た。ということだった。
ちなみに補足しておくと、魔族、というのは魔王の部下のようなものだ。ざっくりいうとそんなもんらしい。
だからもしかすると、魔王が王都を狙っているかもしれないのだ。捜索依頼が出されていたのはその為だろう。
だが、依頼の規模が小さいと思わざるを得ない。なぜなら、わずかなパーティーにしか依頼を出していないというからだ。
俺達のような弱小パーティーでも依頼を出すということは、余程切羽詰っているか、魔族のことを楽観視しているかのどちらかだ。
俺はアリアの言うとおり、冒険者ギルドが魔族の存在を楽観視していると思う。
ヘラクスから聞いた話じゃ、昔の魔族の連中は魔物を多く引き連れて町や村を襲ったらしい。
確かに、王都は人や物も豊富で、簡単には落ちないだろう。
しかし、何事にも万が一、ということもあるわけで、用心に用心を重ねることは間違いじゃないし、もっと大人数で大々的にやったほうが良いのではないだろうか。
このような考えをしている俺にとって、冒険者ギルドの対応がとてもずさんに見えて仕方がないのだが、今何か言ったところで何も変わるわけでもない。あきらめるしかない。
そんなことを考えている内に、俺達は件の森へと到着していた。
感じる――昼間の森とは明らかに違う雰囲気。
違和感しかないソレは、鼻につくこの匂いも関係しているのだろう。
「こ、これは――血の匂いか……?」
「……臭い」
「死骸の匂いか……」
俺がこの匂いが大量の血と魔物の死骸の匂いだと気づくのに数秒は要したが、アリアは一瞬で看破したらしい。地味にすごいな。
俺達は匂いの発生源を確かめるべく、森の奥へと注意深く進んでいく。
どんどんキツくなる匂いに、思わず顔を顰めてしまう。
「昼間はこんな匂いじゃなかったぞ……? 死骸になっちまった魔物は何に襲われたんだろうな? まさか、魔族とか? ははっ、んなわけないよな。魔物と魔族って似たようなものなんだろ? 魔族の配下っていう魔物を殺すわけないか」
「……ありえないことじゃないと思う」
「そうなのか?」
ぼそりと呟くエリスちゃんの言葉は、聞き返すのに十分な内容だった。
ソレを受けて、アリアが前を歩きながら呆れたような声を出す。
「エリス。クズは知識が無くて当然だろう。クズなんだから」
「お前また――」
「いいか、クズに解る様に説明してやる。
魔族は魔物ではないし、魔物は魔族ではない。これが大前提だ。
そして魔族は魔物を使役し操れる。それに対して、魔物は魔族に絶対服従というわけではない。魔族であっても魔物を御しきれないこともあるわけだ。
当然、そんな魔物は魔族にとって不要。力尽くで従わせるか、その一族を皆殺しにするかだ。――そういうおぞましいことを平気でやるのが、魔族だ。解ったらとっとと口を閉じて気配を消す努力をしろ。ここは既に敵陣の只中なんだぞ。お前のせいで敵に不意打ちでもされてエリスに傷でも負わせみろ――私がお前を今度こそ殺してやる」
アリアはどこまでも本気の声音で言ってくる。
ははは、冗談じゃねぇよ
「お前、いい加減に俺と仲良くする気はないのか?」
「ありえない」
即答かよ!
まぁ分かってたけどさ。もう少し譲歩してくれてもいいじゃないか。
「……二人とも、静かに。なにか、居る」
エリスちゃんの言葉に、アリアの雰囲気が一瞬にして変わる。
俺も慌てて口をふさぎ、身を低くかがめた。
――確かに。森の奥の暗がりに、何かが居た。
その姿に、俺は思わず腰が引けてしまう。
大きさは俺の五倍ほどはあるだろうか。それくらいの巨体だ。そして、無駄な贅肉は一切ない、筋肉と骨だけで構成されたその巨体に相応しいほどの太い首、大きな牛の頭。ヘラクスよりも大きな腕。そいつはまさに今、ゴブリンの身体をムシャムシャとむさぼっている最中だった。
やばい。アレはやばすぎる生き物だ。
なんだったか? 俺はアレを見たことがあるぞ。
混乱する頭で思い出を掘り返す。
そして、隣のアリアが呟いたその名前と、俺の記憶が出てきたのはほぼ同時のタイミングだった。
「「ヴォタロスだ」」
そう、冒険者ギルドで教えてもらった危険な魔物だ。
たしかまともな対処法はなく、戦わない方が良い魔物だったはず。通り過ぎるのを待つのが最善策と言っていた魔物だ。
俺はエリスちゃんに静かな声で耳打ちをする。
「逃げるべきだ。あいつはまだこっちに気付いてない」
「でも、まだ魔族見つけてない」
「どうせアレを魔族と勘違いしたんだろう……ほら、逃げないと俺達全員全滅しちまう」
俺はエリスちゃんの手を取ろうとするが――
「エリスに触るなっ!!」
時間が止まる、というのはこういう事を言うのだろうか。
確実にあの化け物に聞こえるような大声で、アリアが叫びやがったのだ。
「ば、ばか! そんなに大声出したらあいつにっ」
「うるさい! 私のエリスに触るんじゃない!!」
エリスを抱きかかえたアリアは俺から距離を取る。
ああ――おしまいだ。
『ゥゥゥ……』
もちろん、俺たちの騒ぎに気付いたヴォタロスは、その飢えに飢え切った相貌をこちらに向け俺達を認識し――咆哮した。
『ヴォオオオオオオオオオオ!!』
大気が震え、ヴォタロスの周囲には波動のようなものが起き、木が根こそぎ倒れ伏す。
死んだ。絶対これ、死んだわ。
「にげろっつってんだよこのクソヤロォォ!!」
俺はあらんかぎりの声を振り絞り、様子のおかしいアリアに警告を発した。
果たしてその警告は――届いた。
「くっ――」
俺が瞬きをしたその瞬間には既にエリスちゃんとアリアの姿が消えていた。
――なん、だと?
逃げた?
いや、それは分かるが、俺は?
一瞬で周囲を見渡すが、どこにもいない。
冒険者ギルドの時と同じだ。アリアはなんなんだ!? 瞬間移動でも使えるってのか!?
だが、今はそんなことを思考している場合じゃない!!
「くそおおおおおおおおお!!」
俺は脱兎のごとく駆けだした。
上手く森の影に隠れながら逃げよう。そうするしかねぇ!
『ヴォォォ!!』
荒い息を吐きながら、奴は俺の後ろから追い上げてくる。
木を上手く使ってあいつが体当たりするように仕向けるが、まるで発泡スチロールの障害物みたいに奴は軽く木をなぎ倒し、俺に向かって一直線だ。
冗談抜きでヤバイ。
仕方ねぇ、あれを使うしかネェかっ!
「【神――へぶっ」
俺が神威と唱えようとしたその瞬間、俺の脚が木の根っこに引っかかって盛大にずっこけた。
冗談じゃねぇぞコラァァァアアア!
俺が後ろをちらりと確認した時には――奴のデカイ拳が俺目掛けて振り下ろされんとしていた。
そう。そのまさに俺の命が終えるのではないかと思われた時。
どう聞いてもクラッカーにしか聞こえない音が――大音量で響いた。
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