第4話 事象:ITにおける天空からの出発について
頭に訳の分からない文字の羅列が音声と共に流れていく。
それはまるで、映像を脳に刻み込まれているような心地だった。
決してそれは不愉快ではない。
が、中身はまったく意味不明だった。
――事象:ITの観察対象の転移に成功――
――警告:このままでは対象の生命が失われます――
世界は無情だ。
いや、情など求める方が間違っているのか。
しかしそれでも願わずにはいられなかった。
――この状況下で、神様とか情に縋らないなんて、無理。
「うおあああああああああああああああ! 死ぬ、死ぬぅううううう!!」
男は一人、天空にいた。
周りを見ると、青空と青い海。
遠くにはおとぎ話の竜のようなもの、西洋のドラゴンのようなものまで飛んでいる。
某夢の国にありそうな白亜の城まで見えた。
そして自らの真下を見ると――地面が急速に迫ってきていた。
いや、まだ大丈夫であると判断する。
あと落ちるまで、というより地面に激突するまで二分ほどはかかりそうだった。
――全才能、皆無。天賦の才を与えます……処理失敗――
――不具合確認、干渉不能――
――原因を検索中――
この世界がどこなのか、とか、まさかの異世界ファンタジー系転移に巻き込まれたのか、とかそういうのはもうどうでも良かった。今、早急に解決しなければならない問題となっているのは――今まさに、空中にいることだろう、と男は考える。
ろくに周りもしない頭だが、死の危険が迫った時には頭はまともに回るらしいことを初めて発見した。
そして同時に落胆する。
背中にはパラシュートも背負ってない。
助けてくれる神様も現れない。
助かるはずがないのだ。
もう――どうにでもなれ。
――原因発見。排除不能――
――能力の再スキャンを開始――
「俺はまだ死にたくないぃぃぃぃ! まだやりたいこと、たくさんあるんだあああ! 誰か、誰でもいいからっ! 助けてくれええええええええええええええええええ!!」
――詳細不明の外部干渉を確認――
――干渉への対処、失敗。機能を失いました。自動観察システム、強制終了――
『Firmwareの削除完了。新Firmware【神威】のインストール完了。不正な自動観察システムの削除――――完了』
『生命の危機により、【神威】システム起動』
――状況把握、終了。『呪い』付与――
――効果により危機の回避を確認……生存確率、99.99%――
――【神威】スリープ状態へ移行――
そして、その時はやってきた。
「――。さらば、世界よ」
轟音を立てて地面に激突する男。
四肢は砕け散り、紅い血しぶきを迸らせてバラバラになってしまった。
もう男だったことすら判別できないほどの肉片に変わってしまっていた。
森に落下したことにより、周囲の小動物たちは恐れおののき逃げ惑う。
小鳥は飛び立ち、魔物ですら反射的に逃げ出した――
―――――
男だったモノの肉片が森に広がった。
その異変は人がいない森で起った為に、誰にも知られる事はない。
だが血の匂いがあたり一面に充満してしまっていたので、血に飢えていた悪しき魔物――ゴブリンが食料を求めてソレを手にするのは必然だった。
「げぎゃぎゃ」
大きな頭に、小さな体。血走った眼は数日間なにも食べていないことを表していた。
思いがけない、天からの贈り物にゴブリンは狂喜乱舞する。
「げぎゃー! ぎゃぎゃぎゃ」
その緑色の手で、肉片を摘み、口に運ぶ。
ぐしゃ、という生々しい音と共に、肉片に含まれていた血が口内で暴れまわる。
違和感に気付いたのは、その時だ。
噛んでも、噛んでも、肉はちぎれない。
ゴブリンの歯は鋭利な犬歯のようなものがびっしりと生えていて、噛みきれないものがないと言われているほどのものだ。
異変が起こったのはまさにその瞬間だった。
べちゃり――と、口の中にあったはずの肉片がゴブリンの口から飛び出した。そしてさらに驚くべきことに、落下したであろう本体が居た場所へと転がり始めたのだ。
それはまさに地獄のような景色だった。
周囲の紅き血潮はまるで逆再生のようにヒトの形に添って流れを組んでいく。
太陽の光すらも覆うほどの巨大な血のドームを形成していく。
「ぐげぇえええええええ!?」
空中を縦横無尽に駆け回る血液。ドクン、ドクン、と空中で脈動を始めた心臓。伸びていた腸でさえ元の形へと戻ろうとしている――それらを見た瞬間、ゴブリンは逃げ出した。
そうして――数秒後には一人の男が出来上がっていた。
それはまさしく、空中から落下してきた男に他ならなかった。
ついに、男は直立不動の状態で目を開ける。
「あ、あ、あ……?」
周囲の状況を認識した。
そうして思い出す。
自分はもとは地球の住人で、異世界に転移してきたこと。
空から落ちて体が粉砕したが、元通りになっていること。
「俺……なんで、生きてんだ……?」
意味不明の状況に惑うばかりだったが、
「な、なんだこれ――!?」
全身を激しく強打したような激痛が走る。
「い、いでぇ゛え゛え゛え゛え゛!」
まるで全身の肉という肉が千切れたかのようなその痛みに、思わず崩れ落ちた。
痛い、痛い、痛い。
けれども、体にはなんの外傷もなく、損傷もなく。
ただ、痛みだけが全身を襲っていた。
あまりの痛さに声をあげられなくなった。
ここがどこなのかもわからない。
――一体、なぜ、どうして自分がこんな目に遭っているのかすら、わからない。
「畜生……畜生……! 俺が、なにしたってんだよ……」
この世の理不尽を呪うが、そもそもこの世がなんなのかがわからない。
そうしているうちに痛みが引いていた。
「……ここ、どこなんだ――つーか俺全裸じゃん!!」
真昼の森の中――裸の男がそこに居た。
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