第5話 就活生、ピンチに陥る。



 私は今かつてないピンチに陥っている。


 た、確かに私の素行は普通の高校生にしては余りよろしくないものだとは理解している。


 しかし、しかしだ。今の今まで、警察のお世話になったポリにパクられた事はないのだ。


 そう、今の今までは、だが……。




 ***




「あーやっぱり、外国の文字は読めんわ」



 チンピラとの一戦を終えて、私は先程の人通りが多い通りを歩いていた。


 腹が減った。ならば、飯を食う。その理由は単純明快だ。


 しかし、どれが飯屋さんなのか、この国の文字が読めない私には見当がつかなかった。



 ん?



 何やら私の鼻腔を刺戟する、美味しそうな香りが漂ってきた。


 『この匂いを辿っていけば、飯に有り付ける。』


 直感でそう確信した私は、匂いがする方へとフラフラと歩いって行った。




 ***




 到着した店の中からは美味しそうな匂いが漂ってきている。


 店内を覗くと数人の客が美味しそうに料理を食べる姿が確認できた。



「いらっしゃい!」



 恰幅の良い優しそうな女性おばちゃんが私に気がついて、声を掛けてきた。


 よしッここで飯にするか!


 そう決めた私は勧められた席に座り、オススメの料理を注文したのだった。




 ***




「はぁー。食った食ったー」



 美味しいものをお腹いっぱいに食べれることは幸せだ。


 何か重要な事を忘れてる気がするけど、忘れるくらいの事だ。


 そんなに重要な事じゃなかったんだろう。


 私は、幸福の余韻に浸りながら、コップに注がれた水を飲んだ。



「おばちゃーん! おあいそー」



 私は先程の従業員おばちゃんを呼び、お会計をお願いした。



「これで足りるかな?」



 いそいそとやって来た彼女に私は財布から千円札を二枚取り出し、手渡した。


 すると、愛想良く微笑んでいた女性おばちゃんの表情がみるみる曇って行く。



「なんだいこれは? お会計は銀貨一枚だよ」


「へ?」



 一瞬、訳が分からず思考が停止した。


 なに? 銀貨一枚?


 確かに私は結構な量を食べたと思う。けど、ファミレスでこれくらい食べたとしても、せいぜい二千円程度だろう。


 あ、もしかすると足りなかったのかもしれない。


 そう思った私は財布からもう千円取り出して従業員おばちゃんに手渡した。



「これで足りる?」


「だから、なんだいこの紙切れは? お代は銀貨一枚だよ。別に銅貨しか持ってないなら、それで払ってもらってもいいよ」



 千円が紙切れ? この女性おばちゃんは何を言ってるのだろう。


 みんなが知ってる千円札。コンビニでも使えるし、自販機じはんでも使える。


 日本中のどこでも……あッ!



 …………。



「す、すみません。この国のお金……持ってないんです」



 ここは外国だった事をすっかり忘れていた。



「え? あんた銀貨一枚も持って無いの!?」


「……はい。銀貨どころか銅貨も持ってないんです」



 そう。私は生まれて初めて、無銭飲食してしまったのだ。



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【お会計内訳】


スープ   銅貨1枚 ×3

黒パン   黒貨2枚 ×5

肉のグリル 銅貨2枚 ×3


合計 銀貨一枚(銅貨10枚)


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