第31話 彼は彼女に理由をたずねる
大型ショッピングセンターの一階。
スーパーの片隅で彼女の幼馴染である彼に感謝をした。
彼の協力がなければ、彼女と再び出会うことすらなかっただろう。
――だが、感謝したあとが問題だ。
俺たちのいる飲料コーナーには気まずい空気が漂っている。だって特に話すことがないし。
いや、話すことがないというよりも、同じ人を好きになった者同士だ。しかも、
そりゃ気まずいし、場合によっては火曜サスペンス劇場が始まってもおかしくはない。
けど、彼の人柄――恋敵である俺にでさえ協力してくれた人間だ。
そんな展開は起こりようもないけどさ。
髪をかきながら考えていると、主婦がこちらを見ていた。
どうにも俺と彼の間にある商品を取ろうとしているらしい。俺はその主婦に謝りながら、カートを後ろに引く。
そしてその人が無事に商品を取っていったところで、
「……あいつとはどうなんだ」
彼――
「君のおかげで無事に、付き合えたよ」
「そんなのはアイツの友達に散々聞かされたよ」
進くんはそう言い、ため息を吐く。
そのあと視線を宙へと向けながら口を開いた。
「俺が聞きたいのは、その後は順調なのかって話だ」
……
順調……なのだろうか。
「“俺”と“彼女”の関係は順調さ」
濁った言葉を彼に返す。
俺と彼女――それだけの関係を見れば、順調そのものだろう。前よりも深い仲に近づいている。
ただ、
「そうか、なら構わねえよ。もう俺には関係がない話だしな」
じゃあな。
進くんは手に持ったカゴを揺らしながら、去っていく。
そんな彼が立ち止まり、少し立ち尽くしたあと――こちらへ振り向く。
「……おっさんはもう知っている前提で話すけど、アイツと両親、あんま仲良くないだろ。まぁだからなんだ、なにか揉め事があったりしってもアイツ――
俺の目を真っ直ぐ見る彼の瞳は、
そんな彼の瞳と言葉を聞いて、自分はもっと彼女のことを知らなくちゃいけないと感じた。
だから――
「おい、おっさん……なんでジワジワこっちに近寄ってきてんだよ。おい!」
「話を……話を聞かせてくれぇ」
――彼に
だって、少し前までは傷心中の彼に白月のことを聞くのは酷だな。と思っていたけど、今の言葉を聞いて確信したね。下手に遠慮する方が、彼にとって失礼だってことに!
「話ってなんだよ! おい、おい、こっちくんじゃねぇえええ――――!!」
十分前。
進くんの断末魔が一階のスーパー内に響き渡った。
その響き渡ったイケメンボイスは世界を震撼させ、全米が泣いた!
ということはないが、主婦やら店員やらが集まるのは必定。
そんなわけで、俺たちは仲良く肩を並べてその場から逃げた。そして今はスーパーから少し外れた休憩スペースで彼に睨まれているわけである。
「ジュース一本でなにが聞きたいんだよ」
彼はぶつくさと言いながら、コーラを飲む。
飲んだあとに「今は糖質制限してるってのに」とボヤいた。
「すまんすまん、こっちの『ミルミルイチゴ・スイート100パーセント!』の方がよかったか」
「よくねえよ! なんだその飲み物、初めて見たぞ」
「俺も初めて見て好奇心で買ってみたんだけど、死ぬほど甘い……」
イチゴミルクが好きな俺ですら、もう飲みたくない。
まだ半分以上のこっているなんて絶望的だ。
自分の持っているカンから視線をそらして、彼に尋ねる。
「サッカーの大会だっけ? あれはいい感じなのか」
糖質云々の話で思い出した。
いかにもサッカーをやっていそうな進くん。その彼が実際にサッカーをやっていることに。
「……来週の決勝に勝ったら、県大会優勝だ」
「優勝なんて凄いじゃないか! 進くんはどのポジションをやっているの?」
「……あ、ありがとよ。ポジションはメインがミッドフィルダーで、サブがディフェンダーだな」
「ミッドフィルダーかぁ。サッカーの華形ポジションだろ。なおさらスゴい!」
「まぁ、そうかもな。なりたい奴も多いし。……おっさん、結構サッカー好きなのか……って、なんでアンタとこんな話してんだよ!」
早く聞きたいことを言え!
と彼は顔に似合わないボケツッコミをしながら、コーラを勢いよく飲む。そしてむせた。俺が「大丈夫か?」と聞いたら「うっせえ!」と逆ギレされてしまう。
理不尽な! そう思いつつ、彼と彼女の昔について聞くことにした。
「進くんと白月って、いつからの付き合いなんだ?」
「いつからか……」
彼は右手を首の後ろにおきながら、つぶやく。
「それこそ生まれた時からの付き合いだな。もちろんその頃の記憶はねえけど」
「思った以上に長い付き合いなんだな。もしかして、家も隣同士なのか」
彼女を家に送り返そうとした日。
あの日、もしかしたら彼の家も見ていたのかもしれない。
そう考えていたら、
「まぁな、と言っても中学生に上がる前には引越したんだよ」
「ほーん、それは進くんが引越したってこと?」
「そういうことだ。家に少しガタが来てたからちょい離れた場所にな」
更に彼は言葉を続ける。
「引越す前――小学生の頃まではアイツともよくツルンでたのにな。はぁ、チッ」
まぁその頃は意識なんてしてなかったけどさ。
進くんはそう言うと、首においてあった手を頭の上におく。そして髪を乱暴にかいた。
そんな彼の肩をポンとたたき口を開く。
「その、なんだ。初恋は実らない、ってな!」
「うっせえ! おっさんに負けた俺の気持ちがわかるか!」
「わからん!」
彼の言葉に即答した。
ちなみに自分の初恋の相手はわかる。たしか小学校の教育実習だった。
当然その恋は実らず、懐かしい思い出となっている。
さて、少し進くんをからかい過ぎたかなと思っていたら、彼が「なんつうおっさんだ」とボヤいた。
そしてそのまま「聞きたいことはなんだ。俺はもう疲れた……」と枯れたおっさんのような声で尋ねてくる。
本題に移ろう。聞きたいことは数あれども、最も聞きたいことは――
「白月の、親子の仲が悪い理由はなんだ」
――親のことだった。
「……俺も正確にはわからねえ。でも、アイツの父親が海外で働いていて、滅多に家にいないのは知っている。昔からの付き合いの俺ですら両手の数ぐらいしか顔を見たことないからな」
彼はゴム床を見つめながら、言葉を放つ。
白月の父親が忙しいのは知っていたけれど、幼い頃からそうだったのか。
「話を聞いたかぎり、白月と父親の仲は不仲っていうよりは疎遠って感じだな……」
それはそれで寂しいところだが。
でも、今回の家出騒動とはあんまり関わりがなさそうだ。
彼女の父親の話に対する素振りを見ても、それは間違いないだろう。
「母親との付き合いはどうだった」
自分の考えではこちらが本命だ。
彼女の話した内容からして、母親となにかあった線が濃厚だと感じる。
「悪くは、なかったと思う。俺の知ってる範囲でだけどな」
ただ、と言葉を続ける。
「アイツは一人だった。授業参観とかそういうイベントがあるだろ? そういうのにアイツの親は滅多に来てなかったと思う。中学生以降は下手したらゼロだ」
昔は爺さん婆さんが見に来てたけれど、東京に引っ越したみたいだしな。
彼はそう言って、カンのコーラを飲む――飲み切る。
「俺みたいのは親に来て欲しいとは思わねえけど、アイツは違ったのかもな」
今になって思うけど。
彼がため息混じりに言葉を吐き、立ち上がる。
「話は終わりだ。俺から話せることはもうねーよ」
彼はごみ箱にカンを投げ捨てた。
そしてこちらを鋭い目つきで見る。
「お前がアイツに酷いことをしたなら、警察でもなんでも使ってとっちめてやるからな」
「俺はこう見えても好きな相手には尽くすタイプだ」
「……はっ」
俺の言葉に彼は「そのツラでかよ」とでも言いたげな表情をする。
そのあとに苦笑いをしながら、
「ま、アイツの人を見る目は信じてるよ」
俺たちは視線をぶつけ合う。
……その視線には前に感じた敵意はなくなっていた。
「にしても、おっさんはなんでここにいたんだ」
彼はカゴをぶら下げながら聞いてくる。
「そんなのは決まっているだろうさ。買い物――」
俺はカートのグリップを握りながら答えた。のと同時に、ある人物が視界の隅に映る。
あ れ は
……!
白月が近くにまで来ていた。
首をきょろきょろと動かしながら、おそらく俺を探している。
探しているのはいいけれど、彼と彼女が会っちゃったらどうなるの!? 一緒に住んでいるのがバレたらどうなる!
彼の心的にも、俺の経歴的にもヤバくなるのは明らか……! ここは――
「ひゃっほおぉぉ! お腹すいちゃったなぁ!! というわけで、俺は急いで買い物をして帰る! またいつか会おう! お礼はするから!!」
逃げの一手だ!
進くんが目を白黒させているうちに「じゃあな!」と言い去っていく。
後ろで彼が「おい!」とか叫んでいるけど、気にしない!
俺はカートを爆走させながら、休憩スペースから離脱した。
すごい。
ぼくはそうおもった。
「すげぇ。まさか我が家でこんな料理を食べられるとは……」
思わず幼児退行してしまうほどに、感動した。
ミニテーブルに所狭しと並べられた料理はどれも香ばしい匂いを放っている。
「やっぱすげぇ!」
俺が改めて感動をしていると、
「お兄さん、おおげさだって。そんなに手間がかかる料理じゃないし」
対面に座る白月が首を振って、謙遜をする。
……謙遜をしてはいるがどこか誇らしげなのは気のせいじゃないと思う。
「そんなことない! もう匂いも見た目も最高だ!! おまけに料理を作る手際も凄かったしな」
俺は続けざまに白月を褒める。
なぜなら彼女の隠しきれないどや顔をもっと見たいから。
「だからもう、恥ずかしいな」
「恥ずかしがることなんてないさ。もっと胸を張って堂々と――あ、これセクハラじゃないからな?」
自分の焦り混じりの声に白月は小さく笑う。
そしてそのあと、青いエプロンを外しながら、
「……はいはい。それより、暖かいうちにご飯食べちゃって」
「それもそっか。じゃあ――」
“いただきます”
と声をハモらせながら、食事を始めた。
「たまらん……!」
さっぱりとした鰆の身。
それを焦がし醤油で味付をし、辛味大根と一緒に口の中へ運ぶ……!
たまらなかった。これが幸せかと思った。
ああ、我が素晴らしき人生。
生まれ変わったら鰆になりたい。そう心が感じていたら、白月がくすくすと笑う。
「お兄さん、漫画のキャラクターみたいな顔してる」
「それってようは、大げさなリアクションってことだろ」
俺は顔を左右にピクピクと大きく震わせながら食べる。
うまし。うまし!
「それやめてっ……ふふ……もう」
白月は首を左右にイヤイヤと振る。
そのあとに白味噌で作ったみそ汁を飲んでヒトコト。
「あ、おいしい」
「だろ?」
俺が作ったわけではないのに、誇らしかった。
自分も彼女に習ってみそ汁に口をつける。あたたけぇ、心がなごむ~。
表情が自然と柔らかくなっていたら、彼女が「ところでさ」と声をかけてきた。
「お兄さんって、一人でご飯を食べるときもいただきますとかごちそうさまって言う?」
ちょっと気になったんだけど。
彼女は茶色の器をテーブルに置きながら聞いてきた。
「たぶん、言ってるかな。親が食事関連のことに厳しかったから」
再びたぶん、と言葉を加える。
うん、自信がない。家で食べるときは言ってると思うけど、会社の食堂とかではどうかな。言ってる時もあればそうでない時もある気がする。
うーんと頭をひねっていたら、
「えらいね」
と白月に褒められた。ちょっぴり嬉しい。自分の言葉に自信がないから、ちょっぴり。
「わたしは言わないかな。こうやってお兄さんとか、人と一緒に食べるときは言うけど」
「それでいいんじゃない? 俺も癖で言ってるだけで、特に意味とか考えてやってるわけじゃないし」
「そう、かな」
「そうさ。といっても今日に関しては別だけどな! 白月と白月に感謝して“いだたきます”って言ったぜ!」
俺がサムズアップしながら自信満々に言う。
その言葉に彼女は「そこは料理に感謝して、でしょ」と苦笑いをしながら言った。
「それもある!」
笑いながら答えたあとは、穏やかに食事の時間は進み――
――食後のデザートタイムになった。
ミニテーブルの上にあった食器たちは洗い場送り。
その代わりに登場したのが、
「先に食べちゃっていいよ」
大きなアップルパイ。
出来立てホヤホヤのアップルパイは間違いなく美味しいだろう。
……美味しいだろうけど、果たして二人で食べきれるのか。
ちょっと不安になりながら白月に返事をする。
「待ってるよ。それとも俺も食器洗いを手伝おうか?」
キッチンの洗い場にいる彼女へ声をかける。
すると、彼女は「それよりもアップルパイを食べて欲しいな。自信あるから」と言った。
「そう言うならわかったよ。先に頂いちゃいます!」
次は俺が食器を洗おう。
そう考えながらアップルパイを切り分け、口に放り込む。
――文句なしに美味かった。前に俺が作ったアップルパイはなんだったのか。そう考えさせる美味さだった。
俺の心からの感想を白月に告げると「自信あったから」と彼女は堂々と言う。
久々の彼女らしい反応に笑みをこぼしながら、さらっと尋ねる。
「そういや、白月がえんこーしていた理由ってなに?」
……
食器を洗う音が止まった。
しかし、その数秒後には再びさっきの音が戻ってきた。
「なんだろうね。実はわたしもわかってないんだ」
……踏み込むべきかどうか迷いながら、俺は突っ込んでいく。
ここで躊躇はしていられない「きっかけはないのか」と聞いたら、
「きっかけは、あるかもしれない」
白月の方をちらりと見る。
食器を洗う手つきは変わらないが、考え込むような表情をしていた。
ちがうか。考え込むというよりは思い出しているのだろう。
……
「……たまたま見たんだ。街で援助交際をしている人を」
彼女はひと呼吸を置いたあと、言葉を続ける。
「高校一年生のころかな。友達と買い物に行ってる時、二つのそういうことをやっている人たちを偶然みかけてね」
もしかしたら、すごく仲のいい親子だったのかもしれないけど。
白月はどこか迷いを感じさせる声色で呟いた。
「それで、一つは楽しそうに腕を組みながらショッピングしてただけ。……男の人の手つきが少しイヤな感じだったけど」
少しの沈黙がまた生まれる。
俺は彼女から視線を離せなくなっていた。
「あと一つは……警察に捕まってるところを見たんだ。路上でそういうことをして、捕まったみたい」
水の流れる音、食器を洗う音が消えた。
……わからなかった。ここからどうやって白月がえんこーをしていた理由に結びつくのか。
俺が
「これで終わりかな」
さらっとそう言った。
思わず俺は「えっ?」と聞き返してしまった。
だってねぇ。これは誰だって聞き返すだろう。
「最初に言ったでしょ。わたしもわかってないって」
白月はつかつかとこちらに来て、小さなアップルパイをパクリ。
そして「おいし」と呟いたあと、
「でも、いつかわかったら、必ず――お兄さんに話すから」
彼女は真剣な瞳で言った。
……ついさっきもこんな目を見たな。まったく。
「ふぅ……」
これに関しては自分が言うことはないか。
俺は髪をかきながら、明るい表情で言う。
まってるよ! と――
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