第28話 彼と彼女のスキー場

 重たいゴーグルを外す。

 そして、冷たい空気を思いっきり吸い込んで――吐き出した。


「スキー……いいね!」


 白い雲、晴れ渡る青空、足元には白銀の世界!

 車で二時間半のところに、異世界はあったんだ……!


「お兄さん、ポーズなんて決めてないではやく」


 下を見る。

 すると、少し降りたところに白月しらつきがいた。

 スキーウェアも可愛いな、もう!


「白月、好きだぁぁあああ!!」


 本日三度目の告白をしながら、すべり降りる。

 少し前まで雪が降っていたおかげか、雪はふかふかのパウダースノーだ。

 宙に浮いてしまいそうな感覚を味わいながら白月の元へ下っていく。


「よっと」


 子供や転んでいる人を避けていく。

 初級者コースということもあって、初心者から上級者まで幅広い人が楽しんでいた。

 おっ、あそこで一回転している人がいる。……今日は調子が良いし、俺もやってみるか。


「白月、見てろ!」


 彼女に近づいたところで、そう叫ぶ。

 そして一回転をするために体勢を屈めて速度を上げていく。


「まって、なにするつもりなの」


「回るのさ!」


 速度を上げ、左右に小刻みのターンをし――雪しぶきが、透き通る空へと舞っていく。

 よしっ、この感じなら……いける! 


 俺は腰をひねりバレリーナになろうとしたところで、


「なにっ」


 うしろから猪突猛進系プレーヤーが爆走してきた。

 マズイ! このまま回ったら彼の顔面にスキー板が直撃する!! そしてハナヂブーで白いゲレンデがレッドオーシャンになる!


「ぐえ」


 それはマズイと思って、回転を中止する。

 が、腰をひねっていたせいで体勢が元に戻せない。 

 

「どいてくれ、白月!」


「いきなりそんなこと言わないでよ!」


 ズンズンと彼女に向かって進んでいく俺。

 俺の方から体勢を外し、すべり降りようとする彼女――間に合わない。そう判断し、叫ぶ。


「俺を抱きしめてくれぇえええええ!」

「なにいって……! え、ちょっと」


 小ジャンプして彼女に飛びついていく。

 彼女はそれを見て、驚きながらも抱きしめてくれた。


 けど、結果は残念無念。

 ゴロゴロゴロゴロと二人して柔らかい雪の道を転がり落ちていく。


「ぷはっ」


 といっても所詮は初心者コース。傾斜が緩いおかげですぐに止まってくれた。

 

「大丈夫か? まさか初めてのハグがこんな形になるとはな」


 上体を起こしながら、白月に尋ねる。

 ……もう少し転がっていてもよかったな。彼女を抱きしめる口実がなくなっちゃって残念。

 なんて、ボケたことを考えていたら、


「だいじょうぶ、だけど」


 そう言い彼女も上半身を起こす。

 そして互いの顔を見合って――笑った。


「ふはっ、白月の顔すごいぞ! 白塗りした芸者さんみたい、っはは! いや、全身雪まみれだし雪女か」


「お兄さんこそ、顔真っ白だよ。ふふっこれで正真正銘のへんたいさんだね。それともビッグフットって呼んだほうがうれしい?」

「ビッグフットってあのゴリラみたいなのか!?」


 それは勘弁してくれ。

 といいながら、顔の雪を払う。ついでに彼女の顔の雪も払う。


「んっちょっと。いたい、お兄さん痛いから」


「生意気な口への往復ビンタだ」

「元はといえばお兄さんが悪いんだけど……」


 不満気な白月をよそに、ゆっくりと立ち上がる。

 すると、体にくっついていた雪がさらさらと落ちていく。あーもっと寝ておけばよかった。いい感じのスノーベッドだったし。

 そう考えていたら、足首付近を誰かが触ってきた。


「んえっ」


 誰かが触った――ウェアを引っ張ったと思った瞬間には、また彼女の隣で寝転んでいた。


「反省、するように」


 自分を転がした犯人はそうつぶやく。

 俺はそれに対して、へいと返したあと空を見上げる。


「いい天気だな」


「そうだね」


 青い空にはまばゆい光を放つ太陽があった。

 直視するのはさすがに厳しくて、俺はグローブ越しの手で日差しを隠す。

 それにしても不思議なもんだ。さっきまではあれだけ曇っていたのに、場所を移せばこうも晴れているなんて。

 おおっしかも、


「半透明な月まで見えるなぁ」 


 太陽から離れたところにそれは見えた。


「どこ――あ、本当だ。きれいだね」


 お互いにゆったりと空を見上げる。

 穏やかな時間、こういう時がチャンス! と俺はストックを雪の上に放り投げ、彼女の手を握る。


「いい日になりそうだ」


「そうかも、ね」

「間違いないさ。今日はいい日になる。……もう少しこうしてよう」


 柔らかな雪に背中を預け、晴れ渡る空を見る。

 握り返してくれた彼女の手が、今日の幸せを約束してくれたかのように感じた――






 リフトの上で二人仲良くどんぶらこ。

 昼食を終えたあとのせいか、ちょっと眠い。


「――お兄さん、聞いてる?」


 隣にいる白月が眉を細めながら聞いてくる。


「聞いてるって。あれだろ、次はどこのコースをすべるかって話」


「ん、ちゃんと聞いてたんだ」

「もちろん。白月の言葉は一字一句、聞き逃さないからな」


「ふぅん。じゃあどうしてまた抱きついてきたの」


 あれ、危ないよ。と彼女は言ってくる。

 それに対して俺は、


「……衝動?」


 となぜか疑問形で答えた。


 ……


「そ、それより俺はコースどこでもいいから。お任せだ!」


 沈黙に耐え切れずつい口を開いてしまう。

 

「わかった。じゃあ適当に決めちゃうね」


 白月はそう言ってパンフレットを見る。

 そんな彼女を風と共に眺めていたら、あることに気づいた。


「白月、ちょいとジッとしててね」


「ん、どうしたのって」


 青いニット帽を被る彼女。

 昼食の時に一度外したせいか、帽子のかぶり方が甘かった。

 これじゃあゴーグルごと風で飛ばされかねない。と調整していたら……


「いきなりなにするの……もう」


 彼女が少しすねてしまった。

 いきなり弄るのはよくなかったな。


「ごめん、ちょっと帽子のつけ方が気になってな」


 見てたら飛ばされそうで。と笑いながら謝罪する。


「……ありがと。でも今度は声かけてからしてね」


「はいよ。にしても、白月はスキーが上手いな。毎年やってるの?」


 彼女はあまり怒っていない!

 そう判断しつつ、話題を変えていく。


「そんなことないよ。久々。中学のころまでは毎年来てたけどね」


「毎年って言うと、小学生の頃からとか?」

「それよりも前からかな。幼稚園にいたころ……ぐらいだったと思う」


「そりゃあベテランさんだな。白月の父親がアウトドア好きだと見た!」


 家族の話題。

 彼女にとってデリケートな話題だが、躊躇ちゅうちょせずに触れていく。

 ここで下手に話題を避ければ今後この話題に触れられなくなる。彼女がいざという時に俺を頼れなくなってしまう。

 俺の問題を彼女が解決してくれたように、俺だって彼女を助けてあげたいしな。


「……ん、正解。お父さんスポーツするの好きだから。昔は家族で海とかにもよく行ってたみたい」


 わたしはあんまり覚えてないけど。

 彼女はそう言って、両足につけたスキー板をぶつけ合う。

 すると、板に載っていた雪が落ち、ゲレンデの色に染まっていった。


「いいなぁ。スポーツ好きの父親! うちの父さんは夏と言ったら海じゃなく山! 冬と言ったらスキーじゃなく、温泉! っていうタイプだから」


 俺は苦笑いしながら頭をかく。

 そしてそのまま言葉を続けて「だから、スキーとボードを始めたのなんて大学に入ってからだよ」と言った。


「その割に上手いよね。……一回転しようとするし」

「いや、あれは人に触発されたというか、調子に乗ったというか」


 実はスキー板を履いた状態で一回転なんてしたことがない。

 ボードで出来たしいけるんじゃないか? と思い、そして試そうとして――ハグ!

 我ながら衝動的に行動するタイプだな、うん。


「お兄さんってお調子者だよね。……お父さんもそんな感じなの?」

「まさか!」


 近づいてきたリフトの終着点を見ながら、大げさにリアクションする。


「父さんはこんなムスーとした顔して、腕組んでるような頑固オジサンさ」


「ふふっその顔、やめて。ふざけてる、でしょ」

「ええっ迫真の演技をしたつもりなんだけど。実物を見たら絶対に感心するね」


 物まねをした時の顔は父さん似だと自負している。

 他人からはそう言われたことないけどね! 顔も性格もたぶん母親似だ。たぶんな。

 そういや父親といえば……


「白月、ありがとうな」


 俺がそう言うと、彼女はきょとんと首をかしげた。


「いきなり言われてもわけわかんないか」


 なんていうかさ、と言葉を続け、


「今まで父さん、それに母さん。その二人に言ってなかったんだよ。俺が左遷させられて、今ここにいるってこと」


 三つ前にいるリフトが発着点に到着する。

 カップル達があたふたしながら滑っていった。


「でも白月のおかげで、帰省した時にそれを言えてさ。胸のつっかえがまた一つ減ったってわけ」


 自分達のリフトが発着点に着く。

 俺は彼女に手を伸ばしながら、感謝とこれからの気持ちを言葉にする。


「だからありがとう。――そんなわけで、行くか。一緒に!」


スピーカーから流れる流行歌を背に、彼女は小さく微笑んだ。

 

 


 

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