第23話 彼のクリスマス

 クリスマスを近くに控えてか、寒さは以前よりも増している。

 けれど、その寒さが月を更に輝かせていた。って、上を見ている場合じゃない。

 俺は視線を目の前に向けて、周囲を見渡す。


「いないなぁ」


 駅と繁華街を結ぶ――大きな公園で一時間以上、ウロウロとしている。

 傍から見れば不審者に見えるかもしれないが、これにだって理由はある。

 白月しらつきー、声だけでも聞かせてくれないかー。


「…………」


 道行く人を見ても白月の姿は見つからない。

 ジャケットのポケットに手を突っ込みながら、ため息を吐いた。

 

「流行ってんのかねぇ」


 着 信 拒 否!

 元カノもそうだし、白月にもやられたし、なんなの。泣けばいいの!?

 まぁ、でもあんなことを言った俺が悪いしな。仕方がな――んんー!

 

 セーフセーフ。ギリギリ“仕方がない”とは言っていない。カウントには含めんぞ。

 なんにせよ、地道に探していくしかないか。あとでバイト先にも行ってみるか……ストーカーで捕まんなきゃいいんだけれど、と思っていたら、


「しら! ……じゃないな」


 制服姿の女子を見かけてつい声をかけそうになった。

 マズイ、これじゃあ制服を着ているかどうかで、白月を見分けているみたいだ。

 ……にしてもあれだけ太ももを出していたら、寒いだろうな。


「……」


 俺は断じてイヤらしい目で見てないぞ!

 と思い込みながら、道行く多くの人を見る。……いないな。

 昨日に続いて今日も進展なしかな、と肩を落としていたら、後ろから声をかけられた。


「あんちゃんもいるじゃねぇか、よお!」


「けんちゃんじゃないですか。珍しいところで会いますね」


 駅の方へ振り向くと、はげちゃびん――けんちゃんがいた。

 店では必ず会っているけど、外で会うのは初めてな気がする。

 

「どうしたんだい。こんなところでボーッとしてさ」


 誰かを待っているのかい。と言われて、俺は苦笑いをする。

 そして「そんなところですかね」と答えた。


「やっぱりそうかい。このまま店に一緒に行こうかと思ったが、今日は引き下がっとくか」


「? そうですか。またの機会に飲みましょう」

「おう、じゃあな」


 そう言い、イルミネーション輝く繁華街へと去っていった。

 なんだろう。違和感があったな。普段なら、こう、もっと強引な感じなのに「俺の酒は飲めねえのか」みたいな。……そんなキャラじゃありませんね。すみません。

 繁華街の方へ頭を下げながら、さっきと同じように通行人の中から白月を探す。


 日曜日はやっぱり人が多いな。

 しかも季節柄か、カップルが多いし。ひもじぃよお、と思いながら身をすくませる。余計にひもじい気持ちになりながら、噴水の方へ近付くとまたしても声をかけられた。声だけでなく肩も叩かれている。というか肩を叩かれなければ、振り向こうとは思わなかっただろう。

 だってまだ「おっさん」って、他人に言われるような年齢じゃないから!


 俺はほんの少しだけ怒りながら振り向き、驚いた。


「君は……」




「やっと見つかった……あいつはやっぱり一緒じゃないのか」


 俺に声をかけてきたのは、短髪のイケメン。

 おそらく白月のことが好きな、彼女の幼馴染だ。

 そして、恋のライバル! といっても俺が圧倒的に不利なわけだが。


「えっと……すすむくんだっけ。どうしてここに?」


 前回みたいに胸ぐらは掴まれないよな。と思いながら、口を開く。


「それは俺の質問だ。理沙あいつは一緒じゃないのか」


「いやっ、ああ、そうだな。……一緒じゃない」


 俺は髪を掻きながら返事をする。

 この前のことをまた言いに来たのか。


「多分だけど、俺とおっさん達が顔合わせて以降、あいつと会っていないだろ」


 !


 彼の言葉に驚く。

 どうしてそれを知っているんだ。


「チッ……やっぱりな。はぁ、俺のせいかよ」


「それって、どういう」

「聞くな。で、おっさんはあいつとまた会いたいのか」


「会いたい」


 即答した。

 彼の言葉に驚きはしたが、それで答えが変わるわけじゃない。

 白月ともう一度会って、絶対に謝りたい。できれば、また仲良くしたい。願わくば、付き合いたい。


 その考えを変えるつもりはもう、なかった。


「じゃあスマホを貸せ」


 彼はぶっきらぼうに、俺の方へと手を伸ばす。


「……警察に通報するつもり?」


「ちげえよ! そんな面倒なことはしねえ」


 アドレスを交換するだけだ、と言葉を続けた。

 意図が読みきれないが、不器用そうな彼のことだ。嘘はついていない気がする。

 俺はおとなしく彼にスマホを差し出した。


「なぁ」

 

 彼はスマートフォンを操作しながら、言葉をかけてきた。


「おっさんとあいつ、いつからの知り合いなんだ」


「いつから……そうだな。たしか三ヶ月前ぐらい……かな」


 俺がそう答えると、彼は大きなため息を吐く。

 そして、


「……たった三ヶ月のやつにかよ」


 吐き捨てるように言葉を呟いた。

 どういう意味かは考えないことにする。……彼のために。


「…………」


 彼はスマホを操作する手を止めて、こちらをじっと見る。

 そしてスマホをこちらに差し出そうとして――


「これ以上は聞かねえ。でも、最後に一つだけ答えろ」


 俺はつばを飲み込みながら頷く。

 きっと彼にとっても、俺にとっても大切な質問だ。


「お前と理沙は、いったいどういう関係だ?」






 電車の振動が俺の体を揺り動かす。

 その動きを少しでも抑えるために、空いている手でつり革に掴まる。

 車内の暖かさ、それとはやる気持ちが合わさりあって、手汗が出る。


 季節は冬。十二月の二十五日――クリスマスだ。

 





『予定変更。東口から西口のロータリー前で待ち合わせ』


 新幹線の止まる駅を降りたところで、彼――進くんからメールが届いた。

 きっと白月が東口の人の多さに嫌気がさしたんだろう。それで、西口へ移動したに違いない。そう考えると、つい笑いがこみ上げてくる。


『了解。ありがとう』


 彼にメールで返信し、スマホをスーツのポケットにしまう。

 いつか彼にお礼をしないとな。ここまで段取りを取ってもらったんだし。

 クリスマスの日に約束を取り付けるなんて、相当苦労しただろうな。その苦労を想像すると、申し訳なさと絶対に成功させるという気持ちが湧き出てくる。


 緊張なんて、していられない。

 俺は左手の荷物を揺らさないようにしながら、人の山カップルをかき分ける。

 そして、西口へと足を向けた。




 ◇




「はぁ!? クリスマスに呼び出せっていうのかよ」


 驚く彼に俺は頭を下げる。

 

「ここ以外、都合のつく日がないんだ」


「来週――日曜日でもいいじゃないか。土曜日だって構わないだろ」


 それじゃあ遅すぎる。

 クリスマスを過ぎてから会うということは――俺が白月より仕事を取る――シンガポールへ行くと決めたあとだ。それだと謝罪することしかできない。いくらその先を望もうとも、俺は白月になにも言えない。


 それは避けたかった。

 なぜなら気持ちが通じ合うのが、俺にとっての一番のベストだから。

 できれば……彼女にとってもそうであってほしい。


「頼む。難しいことは承知している。けれど、金曜日、クリスマスの日じゃないとダメなんだ」


 それより前の木曜日や水曜日は学校があるのを知っている。

 それをサボらせるわけにはいかない。なら、二十五日しかないんだ。


「頼む。土下座とかお金とかそういうのでよければ、いくらでも……」


「やめろ! バカ! そういうのは望んでねえよ!!」


 そのあと、彼は切なげに呟いた。

 俺はただ……と。




 ◇




 あの時と同じように、雪が降る。

 風が吹けば消えてしまいそうな、淡い雪。

 

 でも、実際は違う。

 雪は風が吹いても消えることはなく、地面へと重なり落ちていく

 ただ、この街を白く染め上げるためだけに。


「白月――」


 名前を呼びかける。

 だが、白月はまだ気づいていない。

 彼女は傘をさすこともなく、雪空を眺めていた。


「……」


 一歩、足を踏み込む。

 彼女は円形のベンチに座っていた――空を見上げ、ひとり寂しそうに。


「…………」


 もう一歩足を前に出す。

 幻想かもしれない。ひとり寂しそうに、なんて自分のただの妄想かもしれない。

 でも、


 ………………


 彼女と一緒にいたいという気持ちは本当だ。

 

 だから、声をかける。

 雲のかかった満月、その隙間から溢れる光に照らされた――


白月しらつき!」 


 彼女に。


「……お兄さん」  

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