第24話 彼女と彼女の幼馴染
昼休みも終わりに近づいたころ。
側にいる友達2人の話を聞きながら、左側の窓から差し込む冬の日差しに目を細める。
その日差しから逃れるために、視線を正面の黒板に移すと――1人の男子生徒と黒い蝶がいた。
「きらい、かな」
ぼんやりとした頭のまま、自然と口が開いてしまう。
「ええっ、
友達の1人がすかさず言葉を挟み込んできた。
まさか聞こえているなんて思っていなかった。自分でも喋ったのかわからないくらい、小さな声だったのに。
「こいつはスクープだね! 皆に知らせないと! ……それより、理沙がだれかを嫌い。って言うの初めて聞いたかも」
「私も初めて聞いたよ。リサちゃんがそんなことを言うなんてよっぽどだよ……」
森井君がなにをしたの?
と、もう1人の友達が椅子から立ち上がり、真剣に聞いてくる。
「2人とも勘違いだから。私は人って言うより、蝶――虫に言っただけ」
…………
…………
誤解は解けて、話題はクリスマスのことに移っていった。
そうは言っても「理沙って虫キライだっけ?」って疑われちゃったけど。
「今年もクリスマス――24日の終業式が終わったら街へ直行! ってことでいいよね」
虫が嫌いなわけじゃない。
ただ、虫を見て焦ったり、戸惑ったりする人が嫌だった。
「私は大丈夫だよ。でも、エミちゃんはいいの? 彼氏さんがいるんだし」
「あーいいのいいの。アイツも男同士で集まるみたいだから」
大っ嫌い。
あの夜、自分の心から思って口にした言葉。
今だにふとした瞬間、頭の中で思い出される。
そして、その度に思う。
本当にお兄さんのことを嫌いになっちゃったのかなって。
……そんなわけないよね。
「リサちゃんも24日、大丈夫? エミちゃんがもうお店の予約を入れちゃうみたいだけど」
下を向いていた私の顔をのぞき込むようにして聞いてくる。
そんな彼女の顔をぼんやりと見ながら「大丈夫だよ」と答えた。
「よかった! リサちゃん最近元気がないから、ダメかなって思ってて」
クリスマスイブ、楽しもうね。
彼女は桜が開いたような笑顔を浮かべたあと、そっと微笑むように言う。
……心配かけちゃったな。自分では顔に出していないつもりでも、わかってしまうみたいだ。きっと
いい加減、吹っ切れないとダメかな。
お兄さんのことは嫌いじゃない。……好きなんだと思う。
それでも、今の私になにかできる勇気なんかなくて。あんな酷いことをして、合わせる顔なんてないから。
だから、もう繋がりは必要ない、よね。
スマートフォンを取り出してアドレス帳を開く。
・中村 信太郎
結局名前を一度も呼んだこと、なかったな。
クリスマス――25日にデートの約束までしていたのに。
なんだかそれが不思議で、つい笑ってしまう。
周囲の友達が気づかないような、かすかな笑いを終えたあと、削除ボタンに手を触れる。
……仕方がないよね。もう、会えないんだから。
”仕方がない”か。私も
これじゃあお兄さんを責められないね。
「ばいばい」
そう言い削除をしようと思ったら、一通のメールが届いた。
削除を後回しにして、メールを見ることにした。まさかとは思うけど、お兄さんじゃないよね。着信拒否にしちゃっているし……。
ありえない可能性。だけど、ほんの少しの期待を込めてメールを開いてみると、
「
幼馴染の名前が書かれていた。
そして本文には『放課後、屋上で待っている』とだけ書かれている。
「直接言えばいいのに」
教室の真ん中に辺りにいる、進へと視線を向ける。
すると、彼もこっちを見ていたのか、視線がぶつかり合う。
けれど、彼は視線をすぐにそらして、男友達との会話を再開した。
どういうつもりだろう。
昔と比べて話をすることも減っているのに、わざわざ呼び出すなんて。
「ふぅ」
……あれしかないよね。お兄さんと会っていたことを聞きたいんだと思う。
迷惑、かけないようにしないと。
教室に響く授業開始のチャイムを聞きながら、決意した。
「好きだッ!」
誰もいない学校の屋上。
燃えるような夕日を背に、私の幼馴染――
「……本気?」
3歩先にいる彼へ、つい問いかけてしまった。
酷い言葉だと思う。告白かどうかを疑うなんて。
でも、いきなりすぎて信じられない言葉だった。
「本気も本気だよ。中学の辺りからずっと好きだった」
拳を握り締めながら、歯を噛み締めながら、私の頭上にある赤い空へ視線を向ける。
「本気、なんだ」
夕日の熱さとは違って、屋上に吹く風は寒い。
この寒い空の下で、サッカーの大会中である彼を待たせてしまったことに、まず罪悪感を感じてしまった。
そしてそれ以上に罪悪感を感じていることは、彼の気持ちが本気だと知っても、その“好き”信じられなかったこと。
私ってこんなに酷い人だったかな。
家族以外で、一番付き合いの長い人の気持ちさえ、今の今まで気付けないなんて。思わず白いため息が出てしまった。
「ッ、本当は大会が終わってから告白するつもりだったんだ。けど、あのおっさんと仲良くしているところを見たら、もう耐えられなくて……!
そうだ。俺、この前の試合でハットトリック決めたんだぜ、優勝候補のところからよ。だから優勝も目前で――」
酷いな、私って。
幼馴染に対しても、お兄さんに対しても。
「ごめん、進とは付き合えないよ」
彼の必死な言葉が私の胸に突き刺さる。
それらの言葉をこれ以上聞く気力がなくて、私は最初から決まっていた答えを返した。
「……! う、噂のことを気にしているなら安心してくれ。口が堅い友達がたまたま見たってだけで、俺と友達しか知らねえから!
なんにも後ろめたさとか感じる必要ねえし、仮に噂が広まっても俺と付き合ってれば、すぐ噂なんて消え――あ」
そこで彼は口を閉ざした。
「いや、待て。今のは付き合わないと噂を広めるぞ。って脅しじゃないからな! そんな卑怯なこと……」
「わかってるよ、それくらい。進が曲がったことを嫌いなのは知っているから」
進の慌てふためく姿に、ついクスッと笑ってしまう。
今までの重たい気持ちが少し軽くなってしまった。
「将来の夢は警察官だもんね。でも、今は大会頑張ってね。応援しているから」
私はそう言って彼に背を向け――扉へと歩みを近づける。
「待ってくれ! どうしてオレじゃ、ダメなんだ」
答えられなかった。
だから、歩く速度は緩めなかった。
……仮に進の好意にもっと早く気づいていたら、どうなっていたのだろう。
「俺とおっさんの、なにが違うって言うんだ」
けど、いまはっきりとわかるのは、好きにも違いがあるっていうことだった。
進に感じている好意は、由紀子や恵美にも感じていることで……
お兄さんへのこの気持ちは、お兄さんにだけ感じるもの。
“好き”のちがいに気づくのが、こんなタイミングだなんて。
進に対して酷いことをしてばっかりだね。でも、これ以上の酷いことはしないから。
「安心して。お兄さんと、もう会うことはないから」
一瞬だけ彼を見る。
そして
けれど、その自分が言った言葉を耳にしたら、どうしようもないほどに胸が痛くなった。笑顔なんて作れなくて。
「お前なんで――」
進の呟きと同時に、私は顔を背ける。
「…………っ」
走る。
屋上の扉を開けて何も考えないようにしながら、階段を降りる。
でも。
お兄さんにとってはお遊びで。
自分にとっては初恋で。
どうして、大嫌いなんて言っちゃったんだろうね。
…………
……
「お前なんで……そんな俺が見たことのないような笑顔浮かべながら、泣きそうなんだよ」
どうしてそんな顔をしながら、会わないなんて言ったんだよ。
クソッ! 俺がそういうのを無視できないってわかってるだろう。
「好きな奴には笑っていて欲しいんだよ。バカが……」
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