第37話 おまけ

【おまけ1・夢オチ】


「何の為に生きてる……か」


 夢を見た。

 数年前に左遷先でほんの少し悩んだ事。

 過去の俺が今の俺に問いかけてくる。


 何の為に生きているのかと。まぁ答えは決まっているよな。


「好きだっ! だから高校の時の制服を着てくれぇええ!」

「もう、なにをおっしゃってるんですか。あなた」


 彼女――白月しらつき 理沙りさの……てあれ、なんか違う。

 理沙の声に近いけど、妙に艶のある声というか。

 俺は疑問を感じたまま目を開ける――――


「私もあなたと同じ気持ちです。でも、朝から恥ずかしいじゃないですか」

「……はい?」


 ――――開けた先には理沙の母親がいた。

 理沙と似た顔立ちに、髪の美しさ。違うところといえば胸の大きさぐらいかもしれない。

 こんなことを理沙に言ったら怒られるだろうな、ハハッと現実逃避をしていたら、


「パパもママも朝からなにやってるの……」


 綺麗な、呆れた声が背後から聞こえた。

 おいおいまさかこの声はと思いながら振り向く。


「理沙ぁあ!?」


 高校の制服を着ている理沙がいた。

 いや、制服だけじゃない。顔も雰囲気も高校時代に戻っている……。

 といっても傍から見たら気づかない差だろう。でも俺は違う! なんたって彼女と二年も同棲してるからな!

 

「ふふん」


 誇らしげに胸を張っていると理沙が「わたし急ぐから」と寝室から離れていく。

 離れていく際にボソッと「もう兄弟とかいらないよ」と言ったのは気のせいに違いない。

 俺が待ってくれ理沙! と叫ぶころには、扉の閉まる音が聞こえた。


 なんだこれ。夢?

 ぼやけた頭でそう考えていると、白月の……お母さん……妻が寄り添ってくる。

 そして指が密に絡まりあって……

 

 ああ、せめてもう一度理沙に『パパ』と呼んで欲しかった―― 

 

 

 

【おまけ2・彼女の受験戦争】


 


 年末年始の忙しさも落ち着いたころ。

 一部の高校生はある戦争に参加することになる。

 その戦争とは――受験戦争である。五十万人以上の高校生が同じ問題を解き、積み重ねてきた努力をもとに、しのぎを削りあう。まさしく”戦争”という呼び方が相応しい。

 そんな恐ろしい場所に今日彼女は参戦しようとしている。というかもう参戦していた。


 会社に備え付けられた時計を見る。

 時刻は午前の十一時を指していた。理沙は今頃世界史を解いているに違いない。


「ふぅ」


 パソコンに手を置いたまま溜息をつく。

 ……心配だ。お腹が痛くなっていたりしないだろうか。隣の人間が鼻を頻繁にすすって集中できない! なんてことはないだろうか。

 あぁなんかもうとにかく心配。こんなことなら会社を休んで受験会場まで送迎ぐらいすればよかった。でもな、それをやろうとしたら理沙に『ズル休みして、本社に戻る話がなったらどうするの』ってこっ酷く叱られたからな。でも土曜日だよ! 本来休みの日だよ!! 送迎ぐらいは話を通せば出来た気がするぅううう!!!


「まっ、大丈夫か」


 昨日の理沙の顔を見た限り、今日は充分に実力を発揮できるだろう。

 先月みたいな状態だったら心配してたけど……結構酷かったからな。なんたって、久々に理沙が俺の家に着たと思ったら、会って五分も経たずに勉強を開始。

 そしてそこから六時間。ひたすら机とにらめっこ。

 その日の会話内容は『久しぶりだね』『ありがとう』『じゃあ』の三言のみ。

 これが二日連続であったものだから胃も痛くなりましたよ。

 まぁ飲み物を差し入れた時の『ありがとう』って言葉と笑顔は最高だったけどね! なにはともあれ、


「結果は神のみぞ知るか」


 あとは彼女を信じるのみ。

 中断していた作業を再開しながら思う。祝勝会はどこに行こうかなと――

 



【おまけ3・春の訪れ】




 外へと続く玄関の扉を開く。

 すると、春の匂いが流れ込んできた。桜の咲く季節になったらしい。

 ビジネスシューズを履いて外の景色を眺める。


「いい天気だ」


 朝の晴れやかな空と太陽。

 そこに桜が加わるのだから気持ち良いことこの上ない。

 俺は体の赴くままに両手を空へと広げる。


「気持ちよさそうだね。お兄さん」


 後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。

 だが、


お兄さん・・・・?」


 少しの驚きと疑問を持って後ろへ振り向く。

 そこには鮮やかな色のカーディガンが似合う美人さんがいた。

 その美人さんは頬に手を置きながら「どうしてそう呼んじゃったのかな」と不思議そうにしている。


「その呼び方はもう厳しいだろ」


 そう突っ込みを入れながら、彼女を見てみる。……やっぱり厳しいだろうな。

 以前よりも大人びた顔。より女性らしくなった体つき。

 今の彼女はまさしく大人の女性だった。だからこそ似合わない。


「なにそれ。私がおばさんになったってこと」


 強い意思を感じさせるアーモンド色の瞳。

 ここは昔から変わってないなと思い、ついつい笑ってしまう。


「まさか。二十歳の子をおばさん呼ばわりするもんか」

「……それもそうだね」


 お兄さんはアラサーだけど。

 彼女のボソッと呟く言葉がグサリと胸を刺してくる。……こういうところも変わってないな。

 年齢の話はやめよう。そう決意して想い出話に話を転換する。


「なんだかお兄さんって呼ばれるとあの頃を思い出すよ」

「こっちに来てからそう呼んだことなかったからね」

 

 理沙は靴を履いて俺の横に並び立つ。

 横に彼女がいることに安らぎを覚え始めたのはいつからだろう。


 ――


 風が吹く。

 強い風だった。

 彼女と出会った時のことを思い出す風……

 隣にいる彼女の顔を盗み見る。風で舞う長い髪がそっと表情を隠していた。


 俺は変われたのだろうか。

 彼女は幸せなのだろうか。


 この答えを知る術は――――


「白月」


 過去の彼女に問いかける。

 俺はあの時から変われたかな。


「……」


 彼女は答えない。

 ただ、同じ風を感じ続けた。

 ……風が止み甘い香りを感じたとき、微笑む。



 私がいま隣にいる。それが答えじゃないかな

 


 理沙はそう答え鞄を差し出してくる。


「まったく……」


 俺は笑う。

 いつの間にか家を出る時間になっていたらしい。


「いってきます!」


「いってらっしゃい。ネクタイを締め直す必要は、ないね」


 夕飯楽しみにしておいて。

 彼女のその言葉を背に、俺は胸を張って歩き続ける―― 

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えんこー少女 3万円 ネームレス・サマー @namelass_summer

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