第9話 彼の苦手なもの
☆
『入るね』
『どうしたの? そんなに驚いて。カラダ硬くなってるよ』
『まぁいいや。洗ってあげるからそのままジッとしてて』
『ん、やっぱり男の人っておおきいね』
『なに……その不満そうな顔。スポンジじゃイヤって言われても』
『はぁ、そういうことね。ハイハイ』
『ん……ん……どう? おにいさん。満足でしょ』
『バスタオルも脱いで欲しい、ね』
『そっか……ふぅん』
『ダメ』
『わがままを言うお兄さんにはお仕置きが必要かな』
☆
俺は
なぜならベットの上で女子高生と絡み合っているからだ。
あ、こう言うとなんかイヤらしいな。そう考えていると、
「ひぎぃぃぃいい」
俺は唯一自由に動かせる左手でシーツを強く握り締め、そして声を出す。
今の自分にはこれしか痛みをごまかす方法がない……! 無力だ。
「大げさな気がするんだけど」
全然大げさじゃない。お前もこの技を一回くらってみるか!? と考えていたら、
「はい、終わり」
祝福の声が聞こえ、それと同時に技が緩められていく。
あぁ……俺はまだ生きている。救いはあったんだ。やっぱり白月様は最高だな。
「でも、もう少し見ていたかった……」
シャワーを浴びている時にした妄想は、痛みと共にどこかへ消えてしまった。
悲しいなぁ、でもその儚さが妄想のよさだな、うんうんと自分に同意する。
「なに言ってるの」
背後から白月の声が聞こえる。聞いた限り普段と変わらない
高校生の女子が一時間以上もプロレスの技をかけたら疲れそうだけど。俺だったら間違いなく筋肉痛になるなと思いながら、なんでもないよと返事をした。
「そう。じゃあいつも通り延長しておくね。時間ギリギリだし」
「ああ、頼むよ」
あーしばらくはベッドでゆっくりしていよう。俺は枕に顔をうずめながら、気づいた。そういやあれを話していないな。痛いけど仕方がない。俺はカラダ全体をピクピクと震わせながら、白月の方へ振り向く。
「ちょっとお願いごとがあるんだけど」
「……言ってみて」
「来週もお願い――」
したいんだけど、という言葉は
なぜなら、
ヤ ツ が居たからだ。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
なんでこんな時期にいるの!? 嘘でしょ! いやぁああああ。やめてくれ、近寄らないでくれ!
俺は
「えっちょっと、どうしたの。布団! とりあえず布団を動かすのやめて。私が床に落ちちゃうから」
「おちろ、おちろ、おちろ!」
俺は感情を排してひたすらに布団を振り動かし続ける。
だが、落ちない。なんなのこいつの粘着力。もう、いや! お前はここにいちゃいけないやつなんだよォォォ! 俺の魂の叫びに怯んだのか、もう少しで落ちる! クモが!
プルルル。
周囲から声が聞こえるが気にしない。
俺は目を大きく開きながら布団を動かし続けていると、
「っ、いい加減に……しろ!」
「あてっ」
コツンと頭に何かが当たる。あれ……俺は一体何をやっていたんだ。
「はぁ……やっと止まった」
白月は肩を落としながらそう言う。
「で、どうして突然あんなことしたの」
「あ、ああ。実はってそうだよ! まだ、まだそこにいる」
俺と白月の中間点を指差す。指は震えていた。こわすぎる。くそっ、やっぱりヤルしかない。再び布団を動かそうとすると、制止の声がかかった。
「もしかしてだけど、このクモを落とそうとしてたの」
「そうだ! それ以外ないだろ」
白月から視線を変えてクモを見る。ひぃぃ、なんておぞましい姿をしているんだ。糸まで垂らしてやがる!
この世に存在しているだけでもイヤなのに、目の前にいるなんてありえん!
「ちょっと待ってて」
そう言い白月は立ち上がり、俺の側に落ちているティッシュボックスを拾い上げる。そしてそこから数枚ティッシュを手に取り、なんと……クモをつかんだのだ……。
「信じられん……」
唖然としていると、少女は窓を開けてティッシュを払った。
おそらくクモを逃がしたのだろう。だが、なぜだ。
「どうして殺さない!」
俺の言葉に白月はああ、と言ったあと、
「夜のクモはよくないんだっけ。忘れてた」
ちがう……! そうじゃない!!
俺は怒りを拳に閉じこめる。あっ、なんかさっきよりもカラダが痛い。
「でもこれで大丈夫でしょ、お兄さん」
「それは……確かにな。ありがとう」
ちょこんと頭を下げる。
白月の冷静な声を聞いたおかげか、俺も落ち着いてきた。
久々にヤツと遭遇したせいでどうにも熱くなっていたみたいだ。
「どういたしまして。それにしてもお兄さんって虫が苦手なんだ」
ベッドに浅く座りながら聞いてきた。
丸い形のベットのせいか思ったよりも距離が近い。
「いや、虫っていうよりクモがダメなんだ」
「珍しいね。じゃあカブトムシとかは大丈夫なの」
「もちろんさ。昔はクワガタvsカブトムシとかやってたよ」
今にして思えば結構アレって酷いよな。死ぬ寸前まで戦わせるし。純真さは時に残酷ってやつだろうか。
ふぅ、思い出していたら久々にクワガタを見たくなった。あのハサミはロマンに溢れている。全てを噛み砕けヘラクレスオオカブト!
「へぇ、男の子って感じだ。私はそういうのやらなかったな」
白月の子供時代をイメージしてみる。
うーんいいところのお嬢様っぽいな。昆虫と戯れてる姿は似合わない。
でも、今のこう垢抜けているというか蠱惑的な雰囲気を幼少時からもっていたら……似合うな。
他人の過去を勝手に想像していると、白月がゴキブリは大丈夫なの、と聞いてきた。俺はそれに対して問題ないよ、と答える。
「クモに比べたら万倍もマシだね。好きではないけど」
「あれを好きな人は早々いないでしょ。私も苦手だし」
照れたように頬を掻きながらそう言う。
言葉のなりは堂々としていたけど、ちょっと恥ずかしかったらしい。白月の貴重な姿にドキッと心臓の音が高鳴った。でも女の子なんだし恥ずかしがるようなことじゃない気がするけど。
「そうすると本当にクモだけ苦手なんだ。なにかあったの?」
「…………」
俺はこくりと静かに首を振る。
そして口を開いた。パンドラの箱を開けるかのように、そっと。
「あれは小学四年の学習旅行で山に行った時の話だ――
――起きたら顔面にボトボトとね」
「なんだろう。思った以上に生々しい話で驚いてる。それはイヤにもなるね……」
白月はゲンナリとした顔をしながら答えた。
俺はどういう顔をしているのだろう。おそらく神妙な顔をしているに違いない。
「こっちこそごめん。女の子に聞かせる話しじゃなかったね」
「私から聞いたんだし気にしないで」
「うん……」
苦く静かな空気が広がる。気まずい。
あれもこれもクモのせいだ! ンン? でも待てよ。そう言えば聞いたことがある。こういう空気になるのは妖怪のせいだと。はっ、わかったぞ! つまりクモは妖怪だったのか。なんて野郎だ。昆虫類のフリして、その実クモ類なんてわかりにくいカテゴライズされていると思ったら、それもフェイクだったのか!
とくだらないことを考えている内に、言おうとしていたことを思い出した。
「その、お願いごとの件なんだけど」
俺は白月の顔を見ながらおそろおそる尋ねる。
「そういえばなにか言ってたね」
「ああ、そのできればなんだけど、来週もしてもらえないかなって」
可能であれば日曜日も……と付け加える。
白月は一度目を閉じたあと、猫のような目を俺に向ける。
「お兄さんも好きだね。いいよ、土日両方してあげる」
「おおっ! ありがとう!」
布団をまくり上げて喜んだ。
その反応を見て、吹き出すように笑う。新鮮で可愛かった。
もしかしたら初めてこの子の年相応な笑顔を見たかもしれない。
「大げさだな、でも会えなくても恨まないでね」
大げさなんてことあるもんか!
これで営業成績が二倍になるかもしれん。ってこれは欲張り過ぎか。
そう思いながら、もちろん、と返事をする。
「他に用事が入ったらそっちを優先していいから。だけど、土日のどっちかはいて欲しいな」
「ハイハイ、わかったよ。なるべくそうするね」
白月の呆れた笑いを見て、俺もつい笑ってしまう。
それを見てまた笑みが増えるという幸せの循環活動を行っていたら、扉を叩く音が聞こえる。
そして――
「お客様、ご利用時間が過ぎています。お部屋の方に失礼してもよろしいでしょうか?」
――従業員らしき声が聞こえた。
じわりと流れる汗をそのままに、白月をチラリと見る。
「……延長してなかったみたい」
俺はその言葉を聞き、少女の格好を見る。
制服。せ い ふ く。学校の制服を着ているのだ。
ヤバイ。だらっと汗が流れ出る。
「……失礼致します」
どこか緊張を含んだ声が聞こえる。おそらく従業員は中で事件とか起きてんじゃねーだろうな、と思っているに違いない。はい、その通りです。えんこーしています。どうすればいい!? どうする……。
そうだ!俺は従業員が扉を開きかけた所で叫んだ。
「こすっ、コスプレしてただけなんです! 制服プレイしてただけなんですよぉぉお!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます