第17話 彼は島流しプー太郎

 高層ビルの中にある落ち着いたお店。

 いくらか年老いた人間が好むような居酒屋で、懐かしい人間と顔を合わせていた。松本まつもと 大輝だいき。俺の同期であり、エリート街道を走っているやつだ。


「にしても男二人で個室ってのも気持ちがわるいな!」


 快活な笑みをこぼしながらそう言った。

 元から声の大きなやつだったけど、前にも増して声量が大きくなった気がする。


「大輝、お前が選んだんだろうが! けど、らしくないチョイスじゃないか」


 彼が好む店といえば大声を出しても許されるような大衆居酒屋だ。それとビール一杯が安いお店。

 だがここの暗い照明や店内の静けさ、それにメニューの料金を見る限り、彼の好みとは真逆を行くようなお店だ。一年も会っていなかったし、単純に好みが変わっただけかもしれないが。


「だろ? 俺もカミさんにそう言ったんだけどさ」


 話が話だからちょっといい場所にしておけって、と言葉を続けた。

 顔からしてここの店は不満だったらしい。よかった、性格はあまり変わっていないみたいだ。


「なるほどね。でもわざわざ改まってどういう話だ?」

 

 こいつは確か海外の子会社で働いていたはずだ――社長として。


「もう聞いちゃうか! でもまぁ重要な話だしな。思い出話はあとにするか」


 大輝はそう言いジョッキのビールを飲み干す。

 そしてジョッキを勢いよく置き、口に泡をつけたまま衝撃的なことを口にした。

 


信太郎しんたろう! 俺の会社――シンガポールに来ないか?」



 俺は驚きのあまり、言葉を返せずにいた。

 会社からの指示で会っているのだから、それなりに重要な話だとは思っていたが……。


「本気か?」


 唖然あぜんとしながら言葉を返した。

 すると、大輝は口元の泡をシャツの袖で拭い取りながら、真剣な表情をする。

 

「本気だ。信太郎にとっても、俺にとっても大切な話だからな」


 俺はそれを聞き、顎に手を置く。

 そして大輝だいきの黒くて大きな目を見る。 



 彼とは研修合宿時の宿泊部屋が同じだったのもあって、他の同期よりも付き合いが深い。それゆえにこいつのことはそれなりに知っている。

 まず一つに大のビール好きだ。日本酒やチューハイとかには目もくれずビールばかり飲む。

 

 そしてもう二つは冗談が好きということだ。

 研修所の宿舎で同室だったノーマルに対して、おそろしい冗談おれはホモを口にして眠れない夜を過ごしたことを今でも覚えている。実際にはカミさんも子供もいるわけだが。

 


 そんなやつだから、今回もその手の冗談かと思ったが、声や表情からして本気みたいだ。俺はそう理解し、感じた疑問を口にする。


「どうして俺なんだ?」


 そう、俺である理由がイマイチわからない。

 とりわけなにか特徴のある人間じゃない。ただの営業マンだ。……田舎で働いている。


「んー……」


 少し悩むような素振りをしながら、右手の人差し指を立てた。


「黙ってろって言われたんだけど、隠し事は好きじゃない」

「……俺、お前にだけは内緒話しないわ」


 というツッコミを無視して、大輝は大きな口を開く。


「飯田さんに頼まれた!」


「っ、飯田さんって言うと」

「当然、飯田営業副部長のことだ」


 予想外の人物が出てきた。

 どうして飯田さんがこんな話に出てくる。


「ま、正確に言うとだな……」


 そう言い大輝は飯田さんにまで話がいった経緯を話した。


 

 ――彼は今シンガポールで人材を取り扱う会社をしていること。

 設立から二年経って、自分と妻だけでは、人手が足りなくなったこと。

 そしてそれを本社時代の先輩に相談したところ、話がドンドン上にまでいき、飯田副部長の耳にまで届いて――



「信太郎は知ってるか? シンガポールの人ってめちゃくちゃ頭いいのな」


 だから俺の商売が成り立ってるんだけど、と言葉を続けた。


「なんとなくは。ってそんなことより、あの人が俺を推薦したのか」


 その言葉に大輝はケラケラと笑いながら「そうだよ。好かれてんなー」と口にした。


「そうかぁ? シンガポールで働けなんて罰ゲームに等しいだろ」


 軽口を叩く。

 ……実際は当たりの部類だ。名が知れてるだけ大当たり。

 罰ゲームで行く国は、名前すら聞いたことがないような場所だ。


 シンガポールか。

 この話が進んでいって、外国に長期赴任する。

 そんな未来が俺にあるのだろうか。あるとするなら、意外と悪くないのかもしれない。


 日本にとどまる理由も、さしてない。

 

「ひっでー! 俺はそんな場所で社長として働いてんだぞ」


 自分のノリに合わせてか、大輝はおちゃらけて答えた。

 そしてそのまま言葉を続ける。


「でも、どうやって今をトキメク出世魚――イイダを捕まえたんだ?」


「捕まえたって……たまたまだよ。たまたま」


 大輝の顔から視線をそらしながら答える。

 たまたま、そうたまたま、アイドルのコンサートで出会ってしまっただけだ。

 ハッピを着て、一人激しく踊っている飯田さんに。


 我ながらウソ臭い出会いだなと考えていたら、


「やっぱお前は凄いな。……いや、それだからこそ気になった。信太郎、どうしてこんな場所にいるんだ? こんなド田舎に」


 言葉を選ばない大輝の言葉につい吹き出してしまう。

 俺ですら人前ではド田舎なんていわないと言うのに、相も変わらず豪快というかなんというか。


「うーん、そうだな、大輝になら話してもいいかもな」


 彼の日に焼けた手を見ながら、俺の転落人生の始まりを思い返した――




 ◇




中村なかむら信太郎しんたろうは七月一日付をもって本社から――エリア支社勤務を命ずる」


「……はっ?」


 夏というにはまだ早い、六月の朝。

 俺は二日酔いで頭をふらつかせながら、飯田営業副部長の個室へと入る。

 飯田さんは椅子に浅く座りながら、俺に向かって信じられない言葉を口にした。


「それ転勤ってことですよね。いや、そもそもそんな場所に支社が」

「あるんだよ。まぁ、ここにいる奴らの大半には縁のない場所だがな」


 黒い机を指で叩きながらそう言った。


「追って連絡が行くはずだ。それまでに住居ぐらい探しとけ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 俺がそんな辺鄙へんぴな場所に飛ばされるようなことしました!? これって左遷させんなんじゃ……?」


 俺は唾を飲み込みながら尋ねる。

 本社から田舎のよくわからない支社に飛ばされるなんて、誰がどう見ても左遷だ。

 だが、どうしてだ。左遷させる理由がわからない。ノルマは毎月、毎期、必ず達成している。取りこぼしは一つもない。営業成績の面で言うなら俺に文句の付けようはないはずだ。そういう風に調整・・してきた。

 波風立てず、されどもオッサンになったら役職に就けるポジションにはいたのに。いたはずなのに。


 成績が理由ではないだろう。なら、いったいなにが理由で……?

 俺が思い当たる節を洗い出していると、飯田さんは顔をそらすようにして椅子を半回転させる。そして、


「残念だ」


 重々しく口にした。

 そのあと、俺は湧き出てくる疑問をいくつか問いかけたが、飯田さんはその黒い背中で全てをさえぎった。




 部屋を出て数分、呆然とした足取りで廊下を歩いていると――


『話がある。今日の夜、空けておけ』


 ――という飯田さんからのメールが届いた。




 時計を見ると時刻は深夜の二時を指していた。

 もうかれこれ四時間以上、お酒を飲んでいることになる。いい加減に帰りたい……そんな気持ちを口に出したところで、この人は帰してくれない。


「同志! グッズは丁寧に運ぶんだぞぉ」


 大衆居酒屋ということもあって、客層は大学生がメインだ。そんなこともあって周囲は騒がしい。

 なのに飯田さんの声はハッキリと聞こえる。酔っていても声は大きいままだ。

 はぁ、ここが一軒目のお店じゃなくてよかったと思いながら返事をする。


「それ何回目ですか……。わかってますよ、ちゃんと指示された倉庫にしまっておきますから」


 話がある。

 というから大事な彼女との予定を一日ずらしたのに、これだもんなぁ。


「うぅん。間違っても家に送りつけるなよ。家内と娘にバレたらどうなるか」


 頭に巻いたネクタイを弄りながら飯島さんは呟く。

 

「もうバレてるんじゃないですか? だって休みの日のみならず、海外出張の時にまで見に行ってるんですし」


 呆れながら、対面にいる人物へと口を開く。

 この人のアイドル好きは尋常じゃない。オタクとかマニアとかそんな言葉ですら生ぬるい。

 仕事にかこつけて、海外のエセアイドルのライブを見に行くなんて普通じゃないね。……その時は俺も荷物持ちとして同行していたわけだが。堂々とサボるのって最高!


「ないない。ってそうだ。これから一人でライブ行くのか。つら~」


「つらーって、元々一人で行ってたんでしょ」

「そうだけど、やっぱりマジだれかと一緒に行くの慣れると寂しいんだよぉ」


 駄々をこねるようにテープルをパンパンと叩く。

 とても四十代後半のおっさんに許される言動、行為とは思えない。

 これが次期社長候補というのが信じられないよなぁ。世の中って不思議。


 そんなことよりだ……


「それはご愁傷様でした! 自分は清々しますけどね、アイドル好きじゃないですし!」


 いい加減にしてくれ! という想いを込めて口にした。

 急に左遷とかなんとか言われて、混乱して疲れているのに、誘われてさ……。

 


 『話がある』

 なんて言うから大切な話かと思ってほいほいとついて行ったら、いつもと変わらないアイドル談義。そして心配するのは彼から預けられたグッズの行方のみ。

 

 流石にね、怒りますよ。

 今日ぐらい慰めるか、ほうっておけよ! このばーか、ばーか。

 目上に対する態度じゃないとか、知らん。ぺっぺっ。 



 明日は彼女に慰めてもらおうと決意していたら、


「ほぉう……」


 飯田さんがわった目をしてこちらを見ていた。

 仕事でとんでもないミスをした部下を見るような目だ。慈悲はない。

 

「好きじゃないと言ったな?」


「っ! ええ、そうですよ。ライブに付き合わされるこっちの身にもなって欲しいですね」


 ヤケクソ気味にそう言い切る。

 どうせ飛ばされるんだし、ビビってられるか。

 

 それに実際、アイドルはちょっと好きって程度だ。

 飯田さんに誘われない限り、アイドルのライブに行くことはないだろう。

 この人と出会うきっかけになったあのライブだって、お得意さんにチケットを貰ったから行ったわけだし。


 ふつふつと飯田さんとの衝撃的な出会いを思い返していたら……


「ならば」


 そう言い飯島さんは、自身の細長い体を立ち上がる。

 そして立ったままの状態で水をグイっと飲み干し……


「はい! はい! あーー よっしゃ行くぞー!」


 手拍子をしながら叫び始めた。

 ……普通なら、ふつうなら、ここは「うわっなに言ってるんですか」と引く場面なのだろう。

 だが、その叫びに体が勝手に動いてしまう。俺は立っていた。


「タイガー!ファイアー!」

「っ! サイバー!ファイバー! あーあーハイ!」


 俺は、今だにサイバーの言葉の意味なんて知らない。

 けれど、言葉の意味なんて知らなくても叫ぶことはできる。手を叩くことはできるんだ。

 

 俺たちはアイドルのコールを飽きるまで続けた。

 そして俺と飯田さんは優しい瞳をぶつけ合いながら、力強く手を握り合った。


「お店、出ましょうか」




 ◇  



 

 今思い返したことはほとんど口にせず、大輝に俺の転勤事情を説明した。

 さすがに他人の趣味を暴露するのは腰が引ける。……こいつなら笑ってなるほどな~とか言いそうだけど。


「そりゃご愁傷様だ。会社、つうか本社の体制が変わりつつあるってのは聞いてたんだがな」


 魚の唐揚げを口にしながら、大輝はそう言った。

 本社の体制――端的に言えば結果主義から過程主義への変化。

 

「サボリに対して厳しくなったわけだ」


 俺はコクりと頷く。



 ――店を出たあと、飯田さんが俺の転勤の理由を二つ話してくれた。


 一つは俺のサボりが問題になっていたことだ。

 俺のというよりも“営業マン”全体のサボりと言った方が適切だろう。

 ここ数年、会社の業績はマイナス傾向にある。それを株主や社外取締役がせっついて、話が営業の方にまで降りてきた。

 そして業務効率の改善とかなんとかで、サボりに対して厳しい姿勢が求められるようになったらしい。

 

 と言っても、これは転勤の口実にされただけで実質的な問題ではなかったと聞かされた。


 肝心なのは二つ目だ。

 支社で退職者が出てしまったこと。これが転勤の最大の理由だ。

 ただの退職者ならなんの問題もなかったが、辞めた人間が本社出身というのが問題だった。

 どうにも支社から、代わりの人を寄越して欲しいと、本社へ要望が来たらしい。 

 その要望は受託され、その前任者――鮫島さんの代わりとなったのが自分……自分というわけか。


 こっちも慣れてみるとそう悪くない。

 都会の騒音とは無縁だし、電車も満員になることはない。

 人も――田貫さんやおじさんズ、それになにより白月しらつきと出会えたのは幸運だったと思う。

 

 でも、代償として結婚間近の彼女と別れるハメになったけどさ。

 友達とも関係を修復する機会はないだろうし。これは、転勤とかあんま関係ないけど。



 だけど、なによりこの話で一番救えないのは、俺の選ばれた理由が――


「本社のメンツの犠牲になったか」


 ――平凡な成績をしていたから。というのは笑えなかった。

 

「まぁそんなとこ。平凡以下のやつを送れば本社は支社に舐められるし、有能なやつを送ればもったいない」


 というかすぐにやめちゃうだろうし。と言葉を付け加えた。

 

 自分のことながら運がないよな。

 平凡な成績であり続ければ、面倒な出来事には巻き込まれないと思ったのに。とんだ貧乏くじを引いた気分だ。少しだけアンニュイな気分になっていると、


「あ~~! なっとくいかねえ。納得いかねえぞ。なんじゃそりゃ」


 大輝はそう言い、新しく運ばれてきたビールを飲み干した。

 相変わらず騒がしいやつだ。でも、少しだけ嬉しかった。


「だろ? 俺みたいな平凡なやつを飛ばさなくてもさぁ――」


「――そこじゃねえよ! 信太郎が平凡ってとこに納得がいかねえんだよ」


 どういう評価をしたらそうなるんだよ、ったく。

 と言いながら、彼は髪を手で激しく掻いた。


「おいおい、大輝が有能なのは認めるけど、俺だってそこそこではあるぞ?」


 無能の範疇はんちゅうには入らないはずだ。


「待てよ、ちがう。俺が有能なのはもちろんだけど、信太郎もそうだって言いたいのさ」

「……ありがたいけど、そんなことはないだろ」


 大輝の熱い言葉とは対照的に、俺の言葉は消え入りそうなほど静かだった。

 自分が優れた人間じゃないことを誰よりも信じているから。

 

「なに言ってんだか。ここ二年のことは知らねえけど、それより前は俺や蛇島へびしま、それに優斗ゆうとと成績を競いあってたじゃねーか」


「そんなこないさ。俺は大輝含めてその三人に勝った試しがないし」


 蛇島に優斗か。久々に名前を聞いたな。

 二百人近くいる同期の中で、最も優秀な奴とその次に優秀な奴だ。超エリートコンビ。

 いや、トリオか。目の前の情熱ひとたらし野郎も超エリート人間だな。同期の中であの二人と対抗できるのはこいつぐらいだろう。



 俺よりも遥か上にいる存在。

 能力も、向上心も、バイタリティも、並外れていた。


 

「どっこいどっこいだったろ。つうかさっきから一番信じらんねえのが、サボり? 仕事大好き人間の信太郎が? 『一日は二百四十時間ある!』って名言を残したくせに」


「おいばかそれはやめろ。忘れてください」


 数年前に堂々と吐いたセリフが、今では心にくる。

 どうしようもないほどに恥ずかしい。


「と、というか大輝だって『スーツは営業にとっての防具。最高の物を用意するべきだ!』とか言ってたじゃん」


 俺の仕返しとばかりに言った言葉は……


「ん? 事実じゃん」


 平然と返されてしまった。

 数年経ってもこいつの心境に変化はないみたいだ。まぶしいやつ。




「考えてみりゃ俺も二回留年したしな。サボりたくなる時期ぐらいあるか」


「パチプロ目指すために留年したやつと比べられると、さすがにイラっとするんだが」


 しかも大輝の場合、留年だけじゃなく、浪人も二年していからな。

 その浪人した理由が更に馬鹿げてる。二つ年下の彼女と一緒の学年で大学に行きたいからという信じられない理由。

 でもその彼女と結婚して、子供までいるんだし、その判断は正解だったのかもしれない。それにこいつが人に好かれるのも、学生時代に数多のアホすぎる経験エピソードがあるからかもしれない。


「でもまぁ、俺としては好都合だな。ここに飛ばされていて」

「身も蓋もない言い方をするよな、まったく」


 俺は焼き鳥をかじりながら、ぼやいた。


「だってよぉ、蛇島や優斗みたいにどっかの経営アドバイザーやってたら引き抜けねえもん」


「おまえ、死んでも蛇島とは組まないとか言ってなかったか?」

「例えだよ、た・と・え。あいつとは死んでも組まん!」


 組んだらあいつに手柄を全部横取りされるからなと言葉を続けた。

 その言葉に「同意」と口にする。あいつは敵にも、味方にもしたくないタイプだ。出世のためならあらゆる手段を使うからな。自分も胃を何度痛めたことか……。


 俺は胃の痛みを紛らわすために、首元のネクタイを緩めた。

 そして呼吸を整えていると、

 

「じゃあ信太郎の近況も知れたことだし、話を仕切り直そうぜ」


 大輝はさっきと同じようにビールをグイっと飲む。

 そして目を一度閉じたあと、喋り始める。



「シンガポールに来てくれ。お前と一緒に働きたい」


 

 さっきよりも力強い言葉だ。

 ……今の話を聞いて、まだ勧誘する気があるなんてな。昔のような存在じゃないのに。


「どうしてその結論になった。理由は?」


「俺が今回欲しい人材は信用できる人間だ。その条件を信太郎は満たしている。昔と同様にな」

「…………」


「きっかけは飯田さんが信太郎を勧めたからだ。けれどな、お前を勧められた時、俺は心底喜んだんだよ。

だってな、いつか自分はこいつの部下になるかもしれない。って男を逆に部下として使えるんだぞ。そりゃ喜ぶに決まってんだろ」


「冗談が好きだな、大輝は」


 いつもそうだ。

 こいつは冗談のようなことばかりを口にする。大真面目に、真剣に、熱を含んで。

だから人がほだされる。こいつのために人が動いてしまう。


「冗談なもんかよ。能力もあって、人付き合いも上手い、機微を見抜くのに飛び抜けている。綱渡りもお手の物だから、下手な争いにも巻き込まれない。

後ろ盾がないのは弱点だが、それを補って余る情熱がある。俺と同じな」


 わかっててこいつは言っている。

 今の俺には仕事に対する情熱が枯れ果てていることを。いや、そもそも情熱なんてものはなかった。

 周囲の熱と親に対する反抗心だけが、一瞬、俺を駆り立てただけにすぎない。

 

 このまやかしの情熱は二度と戻ってこない。

 高すぎる壁を知ってしまったから。


 壁といえば後ろ盾――学閥の影響力も想像以上だった。 

 これは仕方がないことだが。いや、全てが仕方がなかったことだ。


 左遷されたことも、彼女と別れたことも、エリートには打ち勝てないことも、

 全てが仕方がない。運がなかった。


 だから、


「俺はお前が欲しい。俺の片腕になれる信太郎だからこそ、必要なんだ。頼む」


 ほだされてしまってもいいのかもしれない。

 本当の情熱を持っている大輝に――――






「ええ、それでは」


 飯田さんに礼を告げたあと、電話を切った。

 時刻は夜の八時を過ぎたばかりだ。


「ふぅ」


 大輝と思い出話をいくつか重ねたあと、解散になった。

 ――シンガポールのクリスマスは暖かいという言葉を残して。

 

「あいつにしてはシャレた言葉だよな」


 大輝はクリスマス前後に、また帰国するらしい。

 家族サービスと“俺の返事”を聞くために。つまり返事の期限はそこまでということか。思っていたよりも短い。


 ああ、海外になんて行く気はなかったのに。

 だけど今の俺の心は間違いなく揺れていた。あいつとならシンガポールも悪くないかもしれない。

 そう考え出すと、まだ見ぬ未来に心がたぎってくる。


 だが――俺は頭を振り払い、その考えを止めた。

 家に帰ってからじっくり考えよう。


 それより今は、


「八時かぁ、さすがにもういないかな」


 白月しらつきを探すとしよう。

 ビル街のある西口で大輝と解散したあと、俺はそのまま繁華街のある東口へと足を運んでいた。


「……」


 視線を彷徨わせている時に思った。

 最近慣れてきちゃってるけど、女子高生とホテルに行くのって相当ヤバイよな。


 ふぅー! シンガポールに行く前に捕まってしまいそう。

 俺は警察官を避けるように歩きながら、東口と繁華街を結ぶ――大きな公園に潜入した。

 お目当ての人はここにいるはずだ。お宝は頂いていくぜ、とっつぁぁん。


 ル○ンごっこをしながら、白月を探す。

 そういえば○パンの着ている服ってスーツでいいの? 俺とお揃なの? 色とかは全然違うけど。

 

 そんな疑問を頭に浮かばせながら、公園内にある噴水の近くまで来た。

 いるとしたら多分ここに……


「なんだあれは……?」


 白月はいた。

 だが、三人の男と話している……違うな。囲まれてるのか? 俺はいぶかしみながら、コートを再び着る。そして、その集団へと歩みを進めた。


 何事もないことを祈って――

  


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