第33話 彼と彼女のゲームプレイ
冷え込む季節。
外の冷気に影響を受けてか、部屋の中も寒い。
けれど、布団の中は暖かい。だから眠る。ただひたすらに眠る。
――普段なら許されない行為。
だが、今なら許される。この時期なら許される!
お 正 月 最 高 !!
ああ、このぬくもり。これが楽園だよと思っていたら――
「いつまで寝てるの。体に悪いよ」
――悪魔のような天使が掛け布団を引っペがした。
さむぅぃいいいい! 死ぬぅううううううう!! と叫ぶ。
……叫んでいるつもりだったが、実際に口には出ていなかった。
「もう十時だよ。朝ごはんも作ったから、起きて」
仕方がないだろう。
いまは布団を剥がされて体が冷えていく最中。多大なエネルギーを必要する状態で叫ぶなんてとんでもない行為だ。そんなことをするぐらいなら、エネルギーを温存して熱に変える――
はっ!
いま“仕方がない”という禁句ワードを平然と使ってしまった……!
く、くちには出してないからセーフだと信じたい。
俺はそう信じながら掛け布団を払いのけ、ベッドから勇ましく立ち上がった。そして白月に「おはよう!」と言った。
すると、彼女は驚いたように目を丸くしたあと、
「もう」
そうつぶやき、肩をすくめる。
そして「おはよう、朝から元気だね。お兄さん」と苦笑いをした――
「メイクイーンは弱キャラじゃないんだよぉっ!」
だが、しかし。
十戦九敗という現実が自分を苦しめる。
「……それならお兄さんが弱いってことになるんだけど」
白月の無情な言葉。
そして、画面に中央に映し出される『LOSE』という文字。
それを見て俺は泣いた。コントローラーを床に投げつけた。……うそだけど。
「つうか白月が強すぎるんだよ……ええい、ワンモア!」
隣にいる彼女に再戦を申し込む。
すると不敵な笑みを浮かべながら「なんどでも」と答えてきた。
きいぃぃい! くやしい!
「絶対に勝ってやる!!」
俺は彼女と肩を合わせながら、再戦ボタンを押したが――
――勝てない。
家に置いてある家庭用ゲーム機。
それを起動してからはや一時間。俺は格闘ゲームで白月に負けっぱなしだ。
「うそだろ……」
俺は放心したままつぶやく。
あぁ、朝食を食べているときは幸せだったのに!
まさかその数時間後にはこんなみじめな気持ちになるなんて……。
自分が肩を落としていると白月が「いい加減キャラを変えたら?」と聞いてくる。その言葉に俺は首を縦に動かそうとした。
しかし、そうはしなかった。だって悔しいんだもん!
確かにキャラを変えた方がいい。元々自分は一キャラを極める。というよりも、色々なキャラをバランスよく使うタイプだ。キャラを試合ごとに変えたほうが勝てるだろう。
けど! あのゲームセンターで白月にコテンパンにやられた日。
メイクイーンは確かに泣いていた。泣いていたんだよおォォォ!! と思いつつ、タイトル画面にもどる。
このままやっても勝てないからね、うん。というか一回は勝てたから。……白月の
「ゲーム、変えるの?」
彼女の疑問に俺は否定で答える。
そしてコントローラーを操作しながら、ある対戦モードをやることにした。
「ここは白月の強さを見せてもらおうじゃないか!」
ある対戦モード――オンライン対戦。
ここで白月の強さがどのレベルなのかを調べよう。調べて、彼女が強いと客観的に判断できれば――俺が、メイクイーンが弱くないってことの証明になる!
それでいいのか、という心の声を無視しつつ、彼女の試合を観戦することにした。
「わたし、オンライン対戦とか好きじゃないんだよね」
そんなことを言う白月の対戦成績は……
「これだけ勝ってよく言うな」
一六勝一敗。いまやっと負けたところだ。
このゲームにチャット機能がなくてよかったと思いつつ、彼女に尋ねる。
「にしても、どうしてこんなに強いんだ」
前に聞いた話だと、弟と対戦していたから。なんて理由だったはずだが。
「ん、どうしてだろう。特に意識してなかったけど」
「あら、やだっ! これが天才ってやつね」
「そういうのじゃないから。あとその口調やめて」
白月がジト目でこちらを見ながらそう言った。
それに対して俺は「はい……」と答えるしかない、悲しい。そう感じていたら、彼女がコントローラーをカーペットの上におく。そして口を開いた。
「……やっぱり特に思い当たる理由はないかな。対戦も弟とするぐらいだったし」
「ああー……じゃあ弟くんが結構強かったとか?」
それなら納得がいく。
強い相手と戦っていたら自然と上手くなるからな。
……だとしても彼女の強さは目を見張るものがある。
「どうなんだろう。友達の中では一番だ! なんて言ってたけど」
そんなに大したことないんじゃない。彼女はそう言葉を続けた。
だが、俺はそうは思わない。理由は三つある。一つ目はは色々なキャラを巧みに扱えていること。二つ目はキャラ対策ができていること。そして、三つ目は……高校時代からやり込んでいた自分を平然と倒しているという事実だァアア! 俺だってそんなに弱くない! むしろ平均よりは上だ。なのにここまで倒されるなんて、白月の練習相手がよっぽど優れていたに違いない。そう思いながら、彼女に一つの疑問をぶつける。
「ちなみに、弟くんとの対戦成績は?」
おそるおそる俺が尋ねると彼女は、
「だいたい私が勝ってたかな」
涼しげな顔で答えた。
……やっぱり天才なんじゃないかと思います。まる。
部屋の中に歪な音が響き渡る。
他人が聞けば不快な音だろう。でも、自分にはその音が愛おしく感じた。
「なんか、ここで指がひっかかっちゃう」
彼女はギターの弦に触れながら、首をかしげる。
それを見て俺は立ち上る。そして、ギターを借りて実演をする。
「ここはこの曲の中で一番難しいからな。何度もトライするしかない!」
俺は大学時代の動きを思い出しながらギターを弾く。
――ゲームを切り上げて、ギターを取り出し、白月とのマンツーマン特訓。この特訓、もう何回目だろう。3、4回はやっているはずだ。なんせ彼女が家出をしてきてから毎日やっているしな。
少し昔を振り返っていたら、
「ありがと。今のでわかったかも」
白月がこちらを見ながらそう言った。
ならやってみれい、ということで対面にいる彼女にギターを渡す。
彼女はギターを首からぶら下げて、音を奏でる。
…………
……
「できない」
白月は悔しそうに唇をすぼめる。
……悔しそう、といっても他人からは判断できないだろう。彼女をよく見てきた俺だからわかるぜ! と思いながら、彼女を慰める。
「仕方がない。むしろ、初心者でここまでやれるなら凄いもんだ」
実際、彼女の成長速度はかなり速い。
この分なら特訓を始めてからの目標である“曲の一番を全部ミスなしで弾く”も達成できるだろう。
と考えていたところで、気づいた。おれ、いま、なんていっちゃった……?
仕 方 が な い。
確かにそう言ってしまった。ぬあぁぁ! あの仲違いした日から言わないようにしていたのに!!
俺は焦りながら彼女に弁明――謝罪をする。
「すまん! いまのはちょっと気が緩んでいたというか、とにかくすまん!」
必死に頭を下げる。
こ、こんなことで白月に呆れられるのは嫌だ! 土下座いくか……? と考えていたら、彼女が「気にしてないから、頭を上げて」と言った。
俺はビクつきながらゆっくりと顔を上げ、彼女を見る。
「「…………」」
無言で見つめ合う二人。
あれ、なにこの雰囲気。なんで白月が気まずそうな顔をしているの。
俺が疑問を感じていると彼女が口を開く。
「その、言っちゃったわたしが言うのもあれだけど、仕方がないって言葉は使ってもいいと思うよ」
「えっでも。俺のそういう――仕方がないって言って諦めるところがよくないんじゃ」
「ん、簡単に諦めるのはよくないよ。けど、仕方がないの全てがそういう意味じゃないと思うんだ」
白月は自身の白くて透明な頬を指でさわる。
そのあとにだって、と言葉を発した。
「いまのお兄さんが言った“仕方がない”って言葉。わたしを気遣ってでしょ? そういうの嬉しいって感じる」
だから、
「仕方がないって言葉は使っていいと思うよ」
彼女は微笑みながら言う。
俺はそれを見て「じゃあ気兼ねなく使わせてもらうよ」と答えた。
すると、彼女は表情を変えて、申し訳なさそうに口を開く。
「ごめん。なんか誤解を招くような言い方をして。ずっと気にしてたんだよね」
「そう……かもな。でも諦めの常套句で仕方がないを使ってたのは事実だし」
だから! と笑顔で俺はハッキリと言う。
「仕方がない! そんな誤解が生まれる時もあるさ。でも、こうやって解決したわけだし、よかったよかった」
というわけで、特訓を続けるぞっ!
そう言葉を発して、彼女を抱きしめながらギターを弾く。
「……おにいさん、セクハラ」
静かな言葉がギター音の旋律にのる。
セクハラ、という言葉を聞いて離れようか迷う。
迷い、そして離れようとしたら、彼女の「ま、いいけど」という声が微かに響いた。
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