第六回
「きみのお父さん、むちゃくちゃ言うね」
「…」
むちゃくちゃなのはリンネル教授もだろうと内心思っているが、口には出さない。
「ところで、直接経済支援はできないが、私も責任はこれでも感じてはいる。フィッツ副教授って知っているか」
「生物学科の」
フィッツ副教授の授業は受けたことがある。学生数は少なかったが、受けた学生たちは真剣に聞いていた。
「彼も今ある問題を抱えているんだ。勇者なのに」
「勇者?」
「彼は勇者の一族なんだよ。存在そのものが魔族の天敵の。彼はある研究をしていてだな。そのせいで大変なことになっている」
「はぁ」
「彼を手伝えば、いくばくかのお金を出してもいいのだが。ところで。彼女は家事はできるかな」
「料理はとても美味しいです。掃除もできますね」
「素晴らしい」
よくはわからないが仕事があるなら何より、なのだろうか。
---
ロザリィがフィッツ副教授の仕事を手伝えば、彼から毎月金貨5枚、更にリンネル教授も(何をどういうカラクリか学術研究費から)金貨5枚出してくれるという。何の仕事だ?
ぼくたちはフィッツ副教授のうちに着いた。そして一部は理解した。
「大家族だ…本当に実在したんだ…」
「うん」
「よく来てくれた!早速だけど…部屋を…」
にこやかにいうフィッツ副教授の背中では赤ちゃんが泣いている。部屋の散らかりようといったらない。その上元はそこそこ広い部屋のあちこちで子供たちが散らかす。
「ロザリィ…」
「うん。がんばる」
がんばるといったロザリィだが、既に目から光が消えていた。ロザリィが家の掃除をはじめたのを見て、ぼくも上の子供たちの家庭教師をやることになった。ロザリィが片付ける端から散らかる。賽の河原かここは。もっとも鬼が子どもたちで、片付けるのはロザリィだ。月金貨10枚じゃ割に合わないと思った。
---
「副教授」
「何だい」
「確かにぼくは家庭教師の依頼は受けました」
「したな」
「ですが、ぼくはそちらまでやるとは聞いていない!」
ぼくは副教授の次男と三男に木剣を向けられている。武道の稽古だと?子どもとはいえ勇者の?
「おまえたち、彼はこう見えて、かなり強いぞ。本気で行け」
「ちょっと」
子供たちが威勢のいい掛け声とともに打ち込んでくる。いい太刀筋だ。だが。
「え?」
「なんで棒一本で同時に防げるの!この人オークのフリしてるだけ?」
「ほう」
あっちゃあ…これじゃやるって言ってるようなもんだ。仕方ない。怪我させない程度にやるか。
「きみたち…いい筋してるね。ちょっとだけなら、付き合うよ!」
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適当にあしらっているうちに、副教授が背中の赤ちゃんを次男くんに預けて、木剣を持って来た。
「私の稽古も付けてくれるか」
「金貨一枚追加なら」
「よかろう」
include lt brave dt sc
using battlefield bf sc
勇者専用呪文!本気でくるのか、教授!
xnldjg2+41ndqaj426+apdojmn9
暗号化だと!?予測は無理ということだな。それは諦めよう。目には目、歯には歯、魔法には魔法!
import atx
import threads
application atx dt app
frame eq atx dt Frame None atx dt ID ANY
thread new...
あちこちから様々な魔法攻撃が迫ってくる。だが、それは!…真ん中から凄まじい一撃!…これか、勇者に伝わるという極撃魔導剣「次元流」とは!おそらく、そういうことか!
木剣と棒が火花を散らす。双方が折れてしまった。
「わかってしまったか」
「一撃に全てを託すという、ドワーフの斧術に端を発するんですよね」
「でも、何故避けなかった?」
「魔法の方は飽和並列詠唱で妨害しました」
「君が魔族の側に居なくて本当に良かったよ」
子どもたちがぼくと副教授の双方を見比べて、驚いたような顔をしている。
「父さん、オークってこんなに強いの?」
「ぼくの父はぼくより強いですよ、魔法ありだと流石に勝てますが」
「えぇ!」
「…ヘリオスくんたちは特別強いんだよ…」
まぁ確かにぼくの父並みに全部のオークが強かったら、人類はおろか魔族すら危うい。そんなことを言っていると、副教授の長男がロザリィといっしょにやって来た。
「何やってんですか父さん!次元流使うとか!」
「うちの長男。頭が硬くてな」
「…一番いい子の間違いだと思う」
何があったロザリィ。汚れた服を見ると想像はつく。
「でも剣の腕はバカにできんぞ、この歳で一本取られたことがある」
「剣なんかより、ぼくの勉強みてもらいたいんですよ、ヘリオスさんに!」
「おお、そうだな」
長男くんは才能があるのに、勉強の方が好きなのか。ちょっとだけ親近感を覚えてしまう。ぼくも父に鍛えられるのはあまり好きじゃなかったなぁ。
---
副教授の長男くんに勉強をおしえていると、ロザリィがひと段落したのかお茶を持ってきてくれた。
「フィッツくんは筋がいいね。この歳で高等数秘術Iをはじめてるんだって」
「え?まだはじめてなかったの?」
何を言ってるんだロザリィ?まだって、普通この子くらいだと中等ですら始めたとこだろ?
「あとデュラル、これ書いたのデュラルよね」
「そうだけど、何?」
「間違えてない?」
「え、うそ?…あ、本当だ…ロザリィ…きみは…」
…ロザリィは想像以上に高い知能を持っているようだ…数秘術のセンスはぼくより上か。
「ひょっとして…家庭教師ロザリィがやったほうがよくない?」
「え?え??」
副教授もこちらにやってきた。
「きみはどこかで学んでたのかな」
「神殿では高等数秘術は学院レベルでは学んでます」
うそ!ロザリィってぼくよりだいぶ年下だぞ。
「…生物にオスとメスがいるのも把握してなかったのに…どうなってんだ神殿の教育」
「ちょっと!それは言わない約束でしょ!」
「ほう…勿体無いな…」
「副教授?」
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ロザリィにフィッツ副教授が進学を勧めるようになったのはそのすぐあとである。こうして彼女は普段は副教授のうちの家政婦をしながら、夕方には長男くんと一緒に勉強、学院進学をめざすことにしたのだ。
生活の方は安定し、普段はぼくは学院、彼女はフィッツ副教授の家。週末にはぼくとロザリィは時々デートしたり、お金がない時には
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一年後、ロザリィは無事学院進学を決めた。合格したその日に、彼女の部屋でお祝いをしようとした。のだが、ロザリィ、浮かない顔している。
「どうしたの、せっかく受かったのに」
「学部長に呼び出されたの」
「へ?なんで?」
「…次席だったって」
「すごいじゃん」
「…やる気ないのかって言われた」
「バカな!勉強だってきちんとしてたよ。ぼくがみている」
「本来の『聖女』ならこの程度な訳はない、って」
意味がわからなくてぞっとする。ぼくは次席などではないけど、成績はそれなりに良かった。もちろん呼び出されることもなかった。さすがに次席でやる気ないのかって言われるのは異常だと思う。
「…『聖女』って化け物なのか」
「多分、わたしは
「バカなこと言うなよ」
「欠陥品だから、破門されても仕方な…」
ぼくは彼女の口をキスで塞いだ。
「それ以上言ったら、本気で怒るよ」
「ごめん」
気がついて二人とも赤くなってしまったようだ。何やってんだぼく。
「もしそうだったとしても、他の聖女なんかよりはるかにきみの方がぼくには尊い存在だね」
「…ごめん」
その日の夜は寝かせないことにした。なにやってんだぼく。次の日、また太陽が黄色かった。
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