講義第六回「変な!誤解を!受けるから!女の子だけって嫌なんです!」

「さてと、それじゃ早速論文の輪読会はじめたいと思います。今日の発表担当は…あ、ぼくだった」


 論文の輪読会?論文渡されて読まされたりするんだろうか?机に全員が集まる。何やら教授が紙を出してきた。


「シュヴァリエさんは今日は進め方みといて下さいね」

「はい…」

「ではこのプリントですが…今日の論文はJABに載ってたヤツです。アリス・ホークレーの『魔法生物特異mitochondriaの魔力はmitochondriaにより直接供給される』ってタイトルです」

「…今日はmagistic transport chain(魔力伝達系)の話?」


 フランシス先生、わかりやすく説明して下さい。何故タイトルだけでその話になるんですか?チェイン先輩がこっちをみる。


「わからないときは早めに質問しないとわかってると思われるわよ」


 言われてみればもっともだ。早速手を挙げる。


「はい。すいません先生」

「何かな」

「なんでタイトルからその話だってわかるんですか」

「研究者によって大体メインテーマや研究分野って決まってるのよ。それで、どのあたりをやってるかってのは見当がついてるわけ」


 なるほど。他の論文を多数読んでると、自分の頭が記憶結晶みたいになるわけだ。ということは相当読み込んでるなぁ先生。


「いいですか。では早速概論から…mitochondriaは化学的エネルギーを内在魔力に転換、エネルギーの通貨であるATPに転換することで細胞内のエネルギーの供給源となっている。これまで、魔法生物mitochondriaでもATPを使用して魔力を補充すると考えられていた。しかし、魔法生物mitochondriaのATPの消費量は他の細胞小器官と比較しても有意差は見られなかった。私たちは今回、魔法生物mitochondriaとmitochondriaが結合し、直接1つのmitochondria様になった後、魔力が補充されていることを確認できた。魔法生物mitochondriaに起因する魔力無力化症の治療法につながるのではないかと考えられる」

「うーん、どうやって魔力補充確認できたのかな」

「概論だけではちょっとわかりませんね」


 先輩たちは既に何やら感想を持っている様だ。ヤバい大丈夫か自分。


「ホークレー先生、図や発想はいいんですけど概論がちょっと足りてない感じなんですよねー…では早速図1から」


 そういうと教授が最初の図を指差す。


「魔力顕微鏡の拡大図です。これだけカラー印刷しました。波長の関係上蛍光色素では色つかないんで、著者たちが造影剤に対して後で色つけてます。結合したmitochondriaと魔法生物mitochondriaで別々の造影したんですね」

「複数回撮影したもの組み合わせてるの?それって大丈夫?」


 というのはフランシス先生。教授もさっそく答える。


「三回の撮影で組み合わせしてるみたいですね。捏造とまでは言わないですけど…」

「干渉顕微鏡は使えないんですか?」


 今度はチェイン先輩か。


「ちょっと今回の用途には難しいでしょうねー」


 ヤバいここまで差があるとは…学院では結構勉強してたつもりなんだけど…


「す、すいません、干渉顕微鏡って…」

「光は波の性質を持っているのは知ってるわよね」

「はい、そう習いました」


 教授がまた若干冷たい目でこちらを見る。どうも「習った」とかそういう単語が嫌いなんだな教授は。でも現時点では習いましたとしか言えない。


「波だから、光が物質が遮るとき光が回り込んで裏側が見えたり、物質の屈折率によって光の位相に差が生まれたりするの。物質との干渉によって細かくものを見る、それが干渉顕微鏡よ」

「魔力顕微鏡だけじゃダメなんですか?」

「魔力顕微鏡は生体を見たりするのには向いてないんですよ。魔力照射のために、物質を固定する必要があるので、水の中では使えないんです」


 教授が答える。そういうものなのか…それにしても教科書で読んでた内容って本当にほんの一部なんだなぁと痛感する。


「さて、図2なんですが…これが、面白いんですよねー」

「え!?微小魔力管!?mitochondriaに?」

「微小魔力管って回路能測定で使ってたとは思うけど…」


 いきなりフランシス先生や先輩たちがどよめき立つ。確かに体内回路の機能測定法として、以前から使われている微小魔力管法ってのがあるのは知っていたけれど…ある種の生物、例えばクラーケンの体内回路は大きいから測定しやすいとは知っている。しかし、魔法生物mitochondriaの魔力測定に使うとは…


「この論文の真骨頂はこれですよ。いやこう来るか…」

「確かにヘリオス教授が喜ぶのは無理ないわね。これは面白いわ」

「教授の論文選択は尖ってるわね相変わらず…」


 なんかみんなで勝手に感動してるんですが、でもmitochondriaって確か…


「先生、mitochondriaって細胞より小さいですよね?それをどうやって…」

「そこで図3なんですよ」

「あ!そうか!結合するのを利用してやるのか!」


 おいメガネ自分だけ分かってないで説明してくださいお願いします。どうやら理解していないのは自分だけのようだ。


「魔法生物mitochondriaを細胞の中で連結してやったってことかな?」

「結合というよりは分裂させるのを意図的に阻害したっていった方がいいですねー。クラーケンが魔法生物でよかったってことですよ。イカよりも生命力高くて細胞を維持するのも楽だったみたいですね…捕まえるの大変だったろうなぁ…いずれにせよ、巨大体内回路細胞に匹敵する大きさに魔法生物mitochondriaとmitochondriaを大きくさせ、あとは…っていうわけです」


 世の中にはとんでもない事を考える人がいるものである。


「次の図はそれぞれのmitochondriaで発現しているタンパク質の…」


「さて、どうでした?はじめての論文輪読会」


 正直に言うべきか迷うが…正直な感想をいうことにする。


「…ついて行けるか、ちょっと不安です」

「…そう、ですか…」


 教授が若干寂しそうな顔をする。


「まぁやる前から出来ないって言ったら、多分何も出来ないと思うわ」

「そうですねー。やらないとできないのは確かですね」

「ヤればデキる、昔の人はいい事を言ったもんだ」

「クリス、それワザと言ってるでしょ!たく…だいたいねー」


 教授が手を叩く。


「はい、それではココまでにして実験とデータ解析を実験ノート通りに進めてくださいねー」

「教授、実験ノートって…」

「まぁ言うならばみたいなものです。設計図もなく家建てる大工さん居ませんよね」

「言われてみれば確かに」

「というわけで、みなさん実験ノートを毎朝書いて、実験したり解析したりして、それで終わったら結果をノートに貼ると」


 早速フランシス先生が魔導器の前で詠唱を行っている。どうやら解析を始めているようだ。


「フランシスくんは詠唱中だから他の子の実験見た方がいいですね。あとでフランシスくんの詠唱呪文レビューしてもらってもいいですが」


 位階6の詠唱呪文とか簡単に理解できるかどうか不安なので、先に実験の方を見た方が良さそうだ。


「教授、では実験の方を見させていただきたいと思います」

「わかりました。チェインくん、あとお願いしますね」


 というと教授は自分の部屋に戻って行った。


「あれ?教授は?」

「教授はこの時期書類書きに追われているのよ…期首はだいたいみんなそんなもんよ。フランシス先生の分もやってるとか…」

「え?」


 ちょっと変な声が出てしまった。どうしてまたそんなことに。奥でメガネが大きなフラスコに粉を溶かしている。


「東方みたいに『神殿』が使い放題だったら解析詠唱とかそこまで高度なものでなくていいんだけど、ここは『神殿』と仲悪いから…」


 『神殿』、またそれである。魔力供給だけでなく情報処理も『神殿』に依存している我々にとって、ホウライの方針というのは中々に厳しいものがある。だが、『神殿』から離れているからこそ研究の自由度は高まるとも考えられる。匿名交言霊板では1000人の変態と1人の天才を生む学院と揶揄されているが、そこまで変態は多いとは…多いとは…頻度はともかく割といるのは否定できない。


「さてと、私も実験しなくちゃ。白衣持ってきてる?」

「はい。ではよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 こうして私も実験の見学を始めることにした。


 精製寒天にDNAを流し、魔力泳動を開始しているのを見ている時だ。


「あれ?『ライトレディ』は?」


『ライトレディ』?誰の事を言っているのだろう?というよりこの人は誰?


「…解析ですか?」


 教授がやってきてちょっとイヤそうな顔でその女性をみる。


「あと『ライトレディ』ていうの彼女嫌がってますからやめてあげて下さいよ」

「まぁまぁ。そう言わずに…ってあら?また女の子?相変わらずのハーレムっぷりね」

「…そんなんじゃないです!全く!!」


 教授、軽くキレている。


「変な!誤解を!受けるから!女の子だけってイヤなんです!」


 …自分で選んだわけでもないから、憤慨は割と正当だと思う。それにしても誰なんだこの人は。


「生物学科第六研、生体構造研究室のキャスカ・ブロケット。よろしく」

「レイチェル・シュヴァリエです」

「ヘリオス教授は狩らないでね、共同研究者だし」


 …なんでみんな揃って同じことをいうのか。


「あれ、でも今は彼女に解析とか別に頼んでませんよね?」

「あーそっちじゃないですよ。たまには気分転換しない?ってお誘い」

「それはそれで。彼女のこと、よろしくお願いしますね」


 学院でもそういうのもあるんだなぁ。


「でもです、渾名の方はちょっとやめてあげてくださいよ」

「別にそこまで変な渾名じゃないと思うんだけど…」

「結構気にしてるんですよ。彼女」


 教授は研究面以外は甘いのかもしれない。なんとなくそんな気がする。


「キャスカじゃない?第六研がらみの解析?」


 フランシス先生が解析室から出てきた。


「そっちじゃないわよ。気分転換のお誘いよお誘い」

「んーどうしよっかな…」


 そういうとフランシス先生が教授の方を見る。教授、目で行ってきていいよと言ってる模様。


「で、それいつやるの?」

「再来週の週末。どう」

「多分大丈夫だと思う。教授、いいですよね」

「はい。楽しんできてください」


 なんだかんだで学院内は仲がいいのだろうか?…最も後で知ったことだが、学院外に敵が多いからまとまっていた、とも言えなくもなかったみたいである。


 夕方になって一通り作業が完了したのでみんな集まってきた。


「来週末なんですが、野外実習です。森林なんで、動きやすい装備でお願いしますね」

「ヘリオス教授は例のミスリルショートスピアですか」


 さすがに教授だ、いい装備を持っている。


「シュヴァリエさんも一応武装お願いしますね。聞くまでもないですけど、許可書ありますよね」

「冒険者許可書なら、シルバーコーティング持ってます」

「すごい。ぼくとフランシスくんは、片手間なんでまだブロンズコートなんですよね」

「まぁ本職じゃないしね。害獣駆除50回で昇格だよね?」

「先輩たちは?」

「まだコート前。ペーパーです」


 チェイン先輩が許可書を見せる。一応取っただけか。


「同じく。まさか学院で冒険者やるとは思わなかった」

「せめてブロンズコートはしておいた方がいいんじゃない?」

「時間あったら昇格させます」


 この世界では冒険者はそう多くない。とはいえ生物駆除、遺跡発掘など需要はなくはない。特に遺跡発掘となると学院出の考古学専門家の出番とも言える。


「ところで皆さんクラスは何にしてます?」


 パーティの構成次第では装備を考えないといけない。私は早速聞いてみた。


「僕はナイトとエンチャントウィザードですね」

「私はウィザードとヒーラー」


 先生たちはまぁ想定通りか。


「め…クリス先輩は?」

「一応レンジャーよ」


 まぁ先生たちがメイン火力だろうから補助職の方がいいかもしれないな。


「私はメイジ」


 チェイン先輩も魔法職か…


「魔法系火力偏重じゃないですか?」

「『神殿』から監視の騎士の人たち来るからそうでもないわね」

「監視の?」

「一応ぼくの監視なんですよ、『神殿』に近いところでは目を光らせろ、だそうで」

「最も騎士の人たちは今じゃすっかり教授と仲良しだけどね」

「彼らのおかげで女子偏重パーティにバランスがとれます」


 教授、そんなに気にしているのか。


「騎士の人たち『この人の何を監視しろっていうのかわからない』ってよく言ってるわ」

「何もないのが一番ですよ。一応お仕事ですけど気楽にやってもらえるのが何よりです」


 それはまぁその通りだと思う。

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