講義第十三回「そんなに簡単に未確認生命体が見つかったら苦労は無いんですよ!」


 自分たちは今、臨海実習に来ている。

 生物学科でも野外実習があるところはあるし、臨海実習もあるところにはある。そして夏。夏といえば海。海といえば臨海実習、だそうである、教授によると。


「教授それはわかりました」


 自分はそう言いながら準備運動を始める。教授は何故か自分たちに背を向け、いそいそと準備運動をしている。愛用のミスリル・トライデント(錆びにくい)は浜辺に置いてある。この海岸、砂浜と岩場が近くにあるのだが、中々人が来にくいところにあるため、ほぼプライベートビーチとなっている。これで実習でなければ最高なのだが。教授にこれから何をするのかあまり聞いていない。


「ところで教z」

「ではみなさん、海洋生物を各種捕獲してください。魚以外を中心にお願いします!」


 と後ろを向いたまま言うが早いか、教授はすごい勢いで海に飛び込んだ。そしてあっという間に少し沖の方で採取を開始した。


「教授、張り切ってますね…って、ちょっと」


 フランシス先生を見てちょっと引いた。何もそんな露出の激しい水着用意するなよ。


「全く、教授は野外実習だとすぐに野生に帰るんだから…」


 私はあまり感がいい方ではないが、さすがに理解し始めた。そりゃこんな格好されたら困るだろう。いくら男と女、もといオークと女とはいうものの、そんなに扇情的なカッコを見せつけられて、気のない風を装うのは大変だろうなぁと。早く楽になろう、教授。


「本当ですね」

「全く教授は」


 おいおいおいおい。先輩たちもか。さすがにちょっとどうなんだと問い詰めたくなる。もっとも先生に比べたらかなり大人しい方ではあるが。そりゃ教授も逃げたくもなるだろう。多分先輩たちはなんか反応したらからかうんだろうし、先生に至っては…まぁ先生の場合は割と精、じゃない、生死に関わる問題ではあるので手を変え品を変えないといけないのはわからなくもない。わからなくもないが、もっとこう、プライベートでやって欲しい。


 格好はともかく、各種の生物採取はみんな真面目にやっている。魔法生物の類縁を探すと言っても、例えばローバーやヒドラの近縁種って何だろう。手当たり次第解析しまくるという力技しかないようだ。当たりをつけられている生物もいそうではあるが。


「シュヴァリエさんは海は?」


 フランシス先生が立派なものを揺らしながらイソギンチャクを採取しつつ問いかける。羨ましいやら腹が立つやら。


「実は始めてです」

「そうね、蔡都辺りだとあまり海に行く人少ないからね」

「まさかこんなところにヒュージワイバーンでくるとは思いませんでした」

「あの子もたまには飛ばしてあげないといけないから、ちょうどいいのよ」


 ドラゴンの近縁種の中では知能が比較的低いが、ヒュージワイバーンは人間に慣れる性質があり、複数人を載せて飛ぶことも出来る。帰巣本能が強く、学院を巣と認識しているので帰りは学院まで自動操縦だ。


「結構海って危険な生き物もいるから注意しなさい。解毒魔法も完全じゃないの。一部の生物の毒には効果が出にくいから」

「効果がない毒って…」

「tetrodotoxinのような毒素は分解にかなり時間がかかるの。下手したら間に合わないかも。例えばだけど、ヒョウモンダコとかには要注意ね」

「ヒョウモンダコ」

「ムラサキ色の斑点がある目立つ色をしたタコなんだけど、猛毒があるから絶対触っちゃダメよ」

「教授は大丈夫なんですか?」

「ヘリオス教授は…大分前から野外実習してるから覚えてるって言ってたわ」

「さすがですね」


 しかし海の動物、あまり触りたくないものもある。フランシス先生、ナマコも黙々と手掴みで回収している。ちょっと触りたくない。貝とかならそうでもないが。あ、貝かと思ったらヤドカリ。


「シュヴァリエさん、ヤドカリとか平気?」

「ナマコに比べたら…」

「だったらヤドカリもだけど、カニとか採取してね」

「あの、先輩たちは…」

「あの子たちはなんでも採取してるわよ」


 みると先輩たちも、教授と同じ位のとこでいろいろ採取している。遠くから飛び込む音や潜る音が聞こえてくる。野生に帰ってるなぁ先輩たち…教授はと言うと、こちらも相変わらず野生化中で、海生生物かと言いたくなる潜りっぷりである。

 一方、フランシス先生はというと、こっちはこっちでこんどはアメフラシを手掴みでバケツに入れている…強いなぁみんな。


「さてそろそろ、協力してくれる漁師さんたちと沖の方に回収に行きま…って服着ましょう、みんな」


 オーク教授、浜辺近くで頭だけ出してこっちにそう言うのだが、こっちには来ない。


「教授も男ってことかな」


 ってメガネおまえサラッと酷いこというな。


「野獣とは程遠いのよね。紳士なのはいいんだけど、もうちょっとそっちでも野生を見せて欲しい気もする…」


 フランシス先生、何言ってるんですかあなた。ってこれ臨海実習だからな。みんなが上にシャツを着た後ようやく教授が上がってきた。

 フランシス先生は何で白衣まで着てるの?っていうか白衣持ってくんな。


「そろそろ来ると思います」


 教授、ちょっと顔が赤くなってるのは仕方がないことなんだろうけど。フランシス先生が軽く溜息ついているのがなんともはや。


---


 漁船で沖まで行き、網かごを引っ張り上げる。先輩たちや先生が何かぶつくさ言っているが聞かないことにする。自分と教授は漁師さん達と共に綱を引っ張る。


「嬢ちゃん力あるな、ウチに来ないか?」


 とか言われる。悪い気はしないが…漁師はちょっと肌に良くなさそうである。引っ張り船で沖のカゴの中のカニなどを回収しながら、


「ところで教授、ひとつ聞いていいか?」


 船長のカークさんが不意に質問を投げかける。教授も網カゴからエビを外している。


「何でしょうか?」

「この辺りの海に『シーオーク』ってのが出る、って言われてるんだが…?」

「シーオーク?」

「あぁ。なんでもオークみたいな顔つきだが、海の中にいるって言うんだよな」

「…それってひょっとして僕のことかも知れませんよ」


 教授がおかしなことを言い出す。


「え?」

「いやいやそれはないでしょう教授」

「いや、ありうるかも」


 フランシス先生まで変なことをいう。


「実は3回目の臨海実習の時、今日みたいに潜ってたら、サポートの漁師さんたちとは別の漁師さんたちの網に捕まったことがありましてね」

「あの時は大変だったわ。『シーオークだ!新種の魔法生物だ!』って漁師さん大騒ぎ」

「そりゃ僕魔法生物ですけどね。人間程度には」

「でもそれ私たちが泳いでたら網にかかって『人魚だ!』っていわれるようなものよね」

「なまじ魔力探知できる漁師さんがいたのが問題でしてね。危うく新種魔法生物扱いです。今でもたまにそれが尾鰭ついて噂になってるのかも」


 …実のところ教授って新種の魔法生物と言えなくもないような。そもそもオークは魔法生物じゃないし、魔法を使えるオークって時点で、オークとは別種と言えなくもない。交配に関してはどうだろう。


「ははっ、そりゃ災難だったよな」

「ですねー。全く、そんなに簡単に未確認生命体が見つかったら苦労は無いんですよ!」

「そりゃそうだ」


 カーク船長も笑いながらかえす。


「でもまぁ、シーオークなんていないと思うんで…え?ちょっと…みなさん…あれ…」


 教授が急に黙って前に指を指す。みんな無言でそちらをみる。みたこともない生き物がそこにいた。人のようにも、そしてオークのようにも見える。


「教授、アレは…?」

「そ、そんな…ありえない…大破壊前に絶滅したはずの種ですよ!!ロザリィ!」


 教授が叫び声を上げる。フランシス先生が凄まじい早さで詠唱を始める。詠唱により空間に…目?が出現した。一体あれはなんなのだろう…?そしてあの生き物は?

 不思議な生き物はこちらをちらっと見る。子供も頭を出す。ちょっと可愛い。しばらく人間たちと生き物たち、お互いが見つめ合う。やがて波間に生き物たちは姿を消した。


 波間に生き物が消えた後も少しの間全員が無言だった。


「教授、あ、アレ…」

「ぼくの記憶が正しければ、あれはカイギュウと呼ばれた生物の仲間です…大破壊前には多くが絶滅して…まさか…生きてるなんて…」

「あの生き物のことを漁師さんたち、シーオークって呼んでたのかな」

「映像撮れたわ!これ、下手したら大発見?」

「下手しなくてもですよ!しかし…」


 教授がイマイチ嬉しくなさそうである。


「教授?」

「ぼくも歳なんですかね…そんなのありえない、と言った矢先にこれって…ははっ」


 珍しく教授が自嘲するように、そう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る