講義第二十二回「かなり前に遭遇したことがあります…第三種危険指定魔法生物…」


 実験結果を書き込むためヴィシャ板を操作していた時、不意に教授が息を切らせて走ってきた。


「ロザ…フランシスくんは?」

「いえ、こちらにはいませんが。実験室か解析室では?」

「ヘリオス教授?」


 フランシス先生が会議室にやってきた。


「…ロザリィ…前のあの件…理由がはっきりしましたよ…魔族です…もう、これで全て隠す理由はなくなりました」

「!!」

「魔族?」

「通じていたんです、『聖女』が!」

「そんな…ありえないでしょ!なんで!」


 さすがにフランシス先生も狼狽している。


「ある意味じゃ僕らとおんなじです」

「え?」

「とにかく『神殿』の情報漏洩がはっきりとわかったんです」

「でもなんで私たちが関係してるの!」

「…以前、ぼくら『天空の棺』から遺伝子解析魔法系を召喚しましたよね」

「うん。でも、それは別に問題ないはずでしょ?」

「はい。学院と政府は把握してますし、『神殿』の上の人たちには連絡して了承も得てます。しかしある時、遺伝子解析魔法系について知らされていなかった下部の一部の派閥が『神殿』の情報漏洩だと騒ぎ出しまして。タイミング悪く、そこに別の『神殿』の情報漏洩が発覚したんです」

「ええ?」


 教授たち、完全にとばっちりだ。『聖女』って言っても賢い人ばかりじゃないのか?


「で、疑われたのが君です、ロザリィ」

「なんで!神殿から破門されてるし、神殿にアクセスなんてしたこともないわ!」


 先生が見せたのは憤慨というより驚きの表情である。


「…悪魔の証明なんですよ。情報漏洩があった。おまけに遺伝子解析魔法系がないはずのところにある。ではどこから?」

「そんなの『天空の棺』にあったんだからそれを証拠にすれば」

「…もちろんそれは正論なんですけど、タイミングが悪すぎたんです。『神殿』の一派、まず、ロザリィを殺そうと思ったらしいです。でも元とはいえ『聖女』を直接害することは彼女たちにはできません」

「『絶滅機構』ね」

「そうです。人や聖女を直接害そうとすると、彼女たちは強制的に『聖柱』にされます」


 …超人的能力を得た代償なんだろうか…


「ならどうってことは」

「でもぼくなら殺せます。ぼくはオークなんで人間ではない。ロザリィの魔力を消費させた状態でぼくを殺せば間接的に殺せますからね。極端なことを言えば、ロザリィに関してはたとえぼくが死んだとしても、魔法生物mitochondriaを破壊した状況を再び作り、別の魔法生物のものを導入するという手もあります。けど、それも動けなくしておけば不可能になる…」

「なんでよ…悪いことしたわけでもないのに殺されるとか!」


 本当にその通りだ。一方的すぎやしないだろうか。


「状況が変わったのはつい数日前です。犯人がわかりました。別の『聖女』が魔族と通じていたんです。『天空の棺』に匹敵する古代遺跡システムをある魔族たちが手に入れたようです。彼女たちの防御機構を突破できたのはそれが要因ですね」

「…そんな」

「彼女は『処分』されました」


 …殺されたわけではないのか。聖柱化して封印したんだろう…


「悪いのは魔族なんじゃないですか?」


 普通に考えてそうだろう。自分からしたら少なくともそう思える。


「彼女が通じていた原因は一種の洗脳ですね」

「洗脳」

「魔力回路含めての洗脳に成功したようです。厄介なのは、今大きな戦争したくない魔族側がシステムを入手した魔族たちから犯人を見つけました。そして犯人を突き出してきたんですよ。こうなると手打ちにするしかない」

「その魔族の犯人は?」

「処刑されました。かの一派は立てこもっているようですが、まぁ鎮圧は時間の問題かと思われます」

「…誰も得しない事件ってこと?」

「一部の魔族に『神殿』の情報が漏れたってことで、魔族側に得はありそうに思えます」

「…」

「それにしても何をやったの魔族側は」

「…この画像をみてください」


 教授がヴィジャ板を操作する。


「なにこれ」


 そこには若い女性と男性が微笑ましくデートする光景が写っていた。


「…感情の操作。そんなことでどうにかなるとは思ってなかったですが…多数の聖女、神殿をマーク、そしてやっと遺伝子適合で洗脳できる相手を検出」

「…」


 そこまでやるのか、魔族という連中は。


「彼女は『処分』されるまで気づかなかったんでしょうか…わかりませんが…」

「でもそれじゃ私たちと同じとは到底いえないわ!私は!私自身の感情で!ここにいる!」

「…」


 教授は黙りこくってしまった。経緯は違うとはいえ、似た側面が全くないとはいえないだろう。


---


 事態が急変したのはその3日後のことである。サイレンの音が鳴り響いた。ウィジャ板から異音がなる。拡声ラッパからメッセージが聞こえる、


『緊急生物災害警報です、緊急生物災害警報です。第三種危険生物が蔡都に向かっています。くれぐれも建物から出ないで下さい、繰り返します…』


 第三種危険生物?一体何がいるというのか。ワイバーンに餌を与えていたロワイエ先輩が戻ってくるなり、


「ちょっと、これ…第三種危険生物って知ってる?」


問いかけてくるが、さすがに軍にいた時ですら聞いたことがない。


「あいにく知りません」

「マーサは?」

「私も知らないわ。十年前の龍事件みたいなことにならないといいけれど…」


 教授がやってきた。厳しい顔をしている。


「かなり前に遭遇したことがあります…第三種危険指定魔法生物…キマイラ」

「キマイラ?」

「もう存在しないと思っていたんですが、まさか…の中にデー…」

「キマイラってどんな生物なんです?」


名前だけは知っていたが、本当に名前だけでは仕方がない。


「ライオン、ヤギ、ドラゴンを組み合わせた生物ですね。ドラゴンのブレスも吐き、地上ではドラゴンより高速です。ドラゴン頭部は詠唱も可能かもしれません。飛行能力まであり、非常に厄介な存在です。自然には発生し得ません。魔族が最後に使ったキマイラは、古代に凍結封印されていたものでした。ぼくの両親が追い払い、軍の集中砲火であえなく死にました」


 でもここには先生のお母さんはいない。軍もいない…


「おそらくキマイラも、狙うとしたら龍同様に『神殿』でしょう。無人の『神殿』ならここホウライにもありますよね…魔族やつらの他の狙いは…ないと思います…多分…」


 つまり奴は学内の無人『神殿』を狙うと、こういうことか。


『学院内の冒険者資格所持者は至急支援活動に入ってください。繰り返します…』


 そんなことをしないといけないのか?かなりの非常事態宣言だな。


「シュヴァリエさん、手伝っていただけませんか?多分放置したらかなりの被害が出ると思います…」

「私でよければ、しかし…」

「デュラル!私も出るわ!ファインブルグ研も出るって!」

「お願いします。前衛が少ないなぁ。神殿の人たち間に合わないだろうし…」

「教授、私たちは」

「…みなさんはここにいて下さい。いざとなったらワイバーンくんの側にいて下さい。彼は最後の切り札です。できれば切りたくないですが」


---


 勇者の血筋のフィッツ教授と自分、そしてヘリオス教授が前衛、後衛にロザリィ先生、爆裂研のファインブルグ研の面々…フィッツ教授の剣、なんか妙に光ってるんですが何ですかその剣は…他の冒険者ホルダーの面々も別のところに展開している。軍ではない冒険者集団なので、集団戦闘には期待できない。


「キマイラの目的ですが、おそらくは無人の『神殿』で間違いないと思います」

「例の龍と同じってことか」


 フィッツ教授も例の件は知っていたのか。フランシス先生や教授の表情が曇る。


「…そうです。なんで待ち構えるのが1番です。『神殿』からの支援が来るまで待ちこたえられたら僕らの勝ちです」

「いつ来るんだ支援は」

「…1時間はかかるって…」


 ロザリィ先生の声が暗い。結構厳しいな。もっと早く来てくれないものか。


「今全速力で向かってはいるけど、まさか学院が狙われているとは思わなかったってことか」

「ウォルフガングのヤツは?」


 え?ギーテン教授も冒険者なのか?


「彼は今日は不在ですよ。なんか文芸誌の取材らしいです」

「あんなヤツでもいてくれないと厳しいな」

「ヘリオス教授。学内の無人神殿だが…ここ落とされたら、学院が『倒産』するの知っているな?」

 ファインブルグ教授、そうなんですか?

「…えぇ」

「再就職先探さないとな…」


 12人子持ち諦めるなよ。


「…ぼくはここ倒産したら、冒険者にでもなりますかね」

「えー…冒険者とかきついなあ…」


 意外なこと言い出すヘリオス教授。フランシス先生何言ってるんですか。


「…それが嫌なら、死なない程度に必死になるとしますか」

「そうね。さすがに倒産はちょっと困るわ」

「確かにな。この歳で再就職先探すのはきついからな」


 …皆さん戦う目的って、それでいいんですか?現実味というか何というか…。いずれにしろ、キマイラと相対するとなると苦戦は必至だろう。


「さて、おしゃべりはここまでね。来たわ!」


 フランシス先生の魔力検知に引っかかる。想像以上の巨大な魔力を感じる。まっすぐ神殿狙いか。単細胞でありがたいな、涙が出て来る。他のところに展開してた冒険者ホルダーのみなさん!早く来てください!後神殿騎士のみなさん!そんなことを心の中で叫ぶ。


「ファインブルグ教授!」

「任された!」


 ファインブルグ教授の頭上に巨大な火球が出現する。キマイラに向かって火球が飛んで行く。轟音が辺りに鳴り響く。


「…火炎系は効果少ないな、抵抗レジストしやがった…というよりほとんど無効化と言っていいな」

「では物秘的な攻撃に切り替えるとしますか!」


 教授、フランシス先生、ファインブルグ研の面々が岩石をめいめいの方法で加速させる。しかしヤツは意外にかわして来る。


「頭が複数あるのに、判断どうしてるのよ?」

「どうやらメインの脳があるようですね!」

「数より有効打だ!行くぞ!」

「まさか学院が戦場になるとはな…」

「!皆さん!ブレス、来ます!」


 急にドラゴンの首がこちらを狙う。火炎放射が自分達を襲う。焼き尽くされ…ない。


「ふー…5年ぶり3度め。間に合った!」


 これが水膜か。フランシス先生、ブレスの防御は慣れたものなのか。

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