講義第二十四回「怪物なんかより、余程恐ろしいのが『専門外ですがよろしいでしょうか』」


 第三種危険生物が学内に突入した事件だが、不幸中の幸い犠牲者は出なかった。それにしてもである。教授たちの魔法の強力さには恐れ入るしかない。

 対融合生物専用魔法アンチキマイラマジック「Chimera slave」によりキメラが結合面から大量の出血をしながら絶命するのは恐怖すら覚えた。もし2人が敵になったら、99%勝てないと思ったがあれは間違いだ。120%勝てない。生物学的知識を魔法に持ち込むのは反則じゃないのではなかろうか。既存でない魔法に対する対策、そんなもの考えられるだろうか。

 そんな教授達によるキマイラ討伐の話は、箝口令が敷かれたわけでもないが蔡都民の話題に登ることは意外な程少なかった。


「おかしい…どの新聞にも出てない…」


 討伐に参加したメンバーにはそこそこの現金が支払われ、自分も今年は短期で働く必要がなくなった。それにしても、どの新聞にも載ってないというのはどういうことか。唯一載ってたのがゴシップ誌のスポーツ蔡都だけという有様である。仕方なく駅の売店でそれを買うことにする。


「すいません、コレ下さい」

「あいよ、大銅貨2枚」


 大銅貨二枚を手渡す。駅の売店のオバさん、なんでこんな娘がおっさん向け新聞を…という顔で見ている。


「うわ」


 …なんでメインが自分なんだ。教授達のことは端っこの方にチラッと書いてある。


「…なお、あの『女騎士』は今ホウライ学院の魔法生物学を学んでいるということだ。今回の討伐での彼女の活躍も英雄と呼ぶに相応しい…今回の討伐に『女騎士』の他、冒険者資格を持つ学院教授らも加わったという」


 なんだこれは…メインが逆になってる…


「おや、あんた、なんかその写像の子に似とるね」


 怪訝な顔のお話ちゃんがこっちを覗き込む。ヤバい、気づかれた?


「そ。そうですか。よく言われます」

「うーん、でも、写像の子に比べたら全然怖くないわ」

「は、はは」


 …戦闘時の写真だからそりゃ怖い顔くらいするだろ。これ以上ここにいるのはまずい。さっさと研究室に行こう。


 ---


「おはようございます」

「…おはよう」


 若干不機嫌そうなフランシス先生。教授はそうでもない。


「…先生、どうしたんですか?」

「どうもこうもないわ。なんで、あのキマイラ事件がどの新聞にも載ってないの!?」

「…『神殿』が抑え込んだんでしょう」

「12年前の龍事件の時もそうだったじゃない!」

幻脳魔導機構アストラルでは結構話題になってますね」

「それもそれでどうなんだろ」

「なんか幻影ビジョンも上がってますよ」

「…なんか変なメッセスクエアが出来てる」

「げ」

「なにこれ」


 ヴィシャ板で交言霊板をみると、「オークがキマイラ倒した?」「なにこのエグい魔法」「オークって魔法使えるっけ?」など普通のスクエアの中に「オークの隣の子むっちゃかわいい」「prprぺろぺろ」「何歳なんだろ」「むしろ女騎士prpr」「刺されろ」など遠目の先生と自分の画像で変な方向に盛り上がっている。


「うわぁ…『幻脳魔導機構アストラル』の『悪霊』の皆さんってやはり変た…」


 教授も最近自重してないんじゃないか?フランシス先生睨んでるぞ。


「それ以上言ったら帰ったら絞り尽くす」

「…学会前なんでやめて下さい」


 そうだった、もうすぐ学会なんだよなぁ…


「冗談はさておいて、もうすぐ学会なんで、そろそろ準備しないといけないですね。今年は蔡都でやるんで、楽な反面若干残念ではありますが」

「あー…そうですね…今年はヘリオス教授のワークショップと、フランシス先生と私のポスターの準備ですね」

「あれ?ロワイエ先輩は?」

「…今年はちょっとムリ…」

「選んだのがアレってのはキツいと思うんだけど。クレア、悪いことは言わないわ。変えるなら早い方がい」

「…ロザリィ」

「でも教授」

「…いや。そうですね、決めるのはロワイエくんです」


 ロワイエ先輩、しばらく考えて


「んー。もうちょい頑張ってみます」

「そう。なら頑張って」


 フランシス先生は若干悲しそうな表情をみせる。…教授が言っていた『神殿』に関する研究と関係してるんだろうか?


「学会はちょっと出れないかなぁ」

「一応1日は出といたほうが良いですよ。新しい知見を得るのは大切です」

「なら2日目だけ出ます」

「フランシス先生とチェインくんはポスターの原稿出来たら僕に見せてくださいね」

「用意してあるのでご指摘お願いします」


 チェイン先輩って凄いな。もう出来てるのか。


「んー…ちょっと情報過多ですね、全体的に。でも、多いのから削る方が少ないのから増やすよりはやりやすい部分はありますよ。図は丁寧にできてますね。まだ時間もありますし、どんどんよくしましょう!」

「はい!」


 教授、褒めるの上手いんじゃないかと思う。


「で、フランシス先生は」

「ま、まだちょっと…準備してます」

「論文からまとめるだけなんじゃないですか?」


 教授の目が若干冷たい。…絞るとか言うからではないか?


「メインの図は全比較の系統樹の図でいいとして、教授作成の魔法生物と対応した系統樹をどうするか考えているんです。重ねようか並べようか…」

「そこはもうお任せしますよ。君は学生じゃないんだから…」

「冷たくない?」

「あと、700種全部載せたら何だかよく分からなくなりますよ」

「うーん…待てよ…ポスターのサイズって…よし!ポスターを目一杯使ってみます!」

「まさか描画のために魔法構築するとか言わないですよね、今から!」

「既存の魔法じゃムリです!ちょっと描画魔法構築してきます!」

「…ちゃんと夜は寝るんですよ」

「…はい」


 どうやらフランシス先生も方向性が決まったようだ。


「さてぼくもワークショップの原稿、はできてるから発表練習しないと…」


 やっぱり仕事が異常に早いな教授。


 ---


 今日は珍しくメガネ、もといロワイエ先輩と作業をしている。他のみんなは学会準備中だ。教授とチェイン先輩は発表練習、フランシス先生は何か魔法構築中だ。先生は若干楽しそうである。


「ロワイエ先輩は今何を培養しようとしてるんですか?」

「知りたい?」

「そりゃもちろん」

「…くっくっくっ…それはね」

「それは」

「『魔法』」

「魔法?言ってる意味わからないんですけど」

「まぁね。これじゃわからないね、でも」


 フラスコを持ち上げる。淡く緑色に輝いている。


「今『魔法』って『神殿』が管理してるね」

「はい。内在魔力以外は、精霊行使か『神殿』由来の魔力使うしかないです」

「じゃあなんで『神殿』は『魔法』を制御できてるの?」

「…わかりません」

「精霊は一種の生物だし、魔法生物も生物で、それらは魔法生物mitochondriaで魔力を蓄積や放出しているよね」


 確かにそうである。


「なんで私は思うんだけど、おそらく『神殿』は生き物なんだって」


 何言ってるんだこのメガネと言いたいところだが、あながち否定できない。いや、むしろ…


「…レイチェルも聞いたよね?あの話」

「はい」

「…あたしは『見た』」

「え」

「小さかったあたしは、あの場で、見ちゃったんだ…『聖柱』を」


 ロワイエ先輩も、アレを見たというのか…


「…知ってる?普通の家庭で使うのは、内在魔力と『精霊』なんだって。『神殿』の魔力は精霊が輸送するんだ」

「あれ、だとすると『神殿』の魔力は」

「そう、『神殿』の魔力は神殿内にしか存在できない。だけどさ、考えてみてよ。魔法使える生物や精霊の中って、『神殿』の仕組みみたいなのあるはずだよ」


 だからか…教授がロワイエ先輩の研究をやらせているのは。まさにうってつけだ。うまく行きさえすれば。


「『神殿』の仕組みを再現するのはムリかもしれないけど、生物の中身を再現するのはなんとかなるかなぁ…と思いたい」

「かなりムリなんじゃないかなと」

「はは、そう思う?でもね?」


 ロワイエ先輩、ニヤっと笑って


「ムリだって思ったらムリなんだって、言ってたよ。昔の人が」

「そんなもんでしょうか」

「そんなもんだよ。だから、魔法生物mitochondriaの培養、なんとか成功させるんだ」

「あー…なるほど…」


 確かに大仕事だ。それは。


 ---


「ワークショップ…ぼくのあとグレモリー先生ですか…魔研の」

「気が重い?」

「重くもなりますよ。魔導技師論文前の学会発表でコテンパンにされました」

「教授がコテンパンって想像できないなぁ…」

「正直キマイラより怖いです」

「そこまで!?」

「教授に同意。グレモリー先生は怖いわよ」


 フランシス先生もなんかあったんだろうな。


「怪物なんかより、余程恐ろしいのが『専門外ですがよろしいでしょうか』」

「要はあれって『お前を、殺す』って宣言ですよね」


 教授…一体何があったんだ…


「ぼくの時は魔法生物比較ってそんなにメジャーじゃなかったんで、近縁かと思ってたドラゴンとワイバーンの比較やったら…これがあまり似てなくて…」

「『何故似てないのでしょう』…わかったら発表してるわよね」

「…そうですね。『似てないとしたらそれぞれの種は何から、どこから分岐したと思いますか?』…いまだに完全にはわかりません」

「私の発表の時も怖かったなぁ」

「確かに。フランシスくんのは精霊の比較解析だったんだけど『相同な部分があるというのは分かりましたが、どのような意義があると思いますか?』」

「…比較するのでいっぱいいっぱいでそこまで考えてなかったのバレバレだったわ」

「…ぼくの時の話したじゃないですか…何故準備をしない…」

「教授の言われるのももっともだけど…いうは易くするは難しです」


 教授たちも昔から怪物じゃないとわかると若干ホッとする。


「ですので、今度はちゃんと用意をしておきたいと思います。フランシスくんも時間ある時手伝って下さい」

「わかりました。リベンジね」


 教授と先生は拳を突き出して軽く突き合わせた。


「それでは学会当日まで頑張りましょう!」

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