講義第二十五回「いったい何がどうしてこうなったのか、ぼくにはわけがわからないです」
キマイラ襲撃事件から2週間がたった。事件などなかったかのように学内ではある準備が進んでいる。学院祭である。学生たちはみんな思い思いに準備を進めている。学会発表も近い研究室配属者には関係ない、そう思っていたのだが…そんな中。土曜日の朝、研究室に顔を出した時のことだ。
「おはようございま…って先生?」
フランシス先生がチェイン先輩に物秘的にイジられている。
「あの、チェインさん?流石にわたしちょっとこのカッコキっツイんだけど…」
大破壊前の遺跡から発掘された「魔法少女の像」みたいなピンクのフリフリのカッコをさせられている。
「ん!想像通り!やっぱり先生似合う!!」
「まぁ、エルダー・サッキュバスは外見的な加齢が大変遅くなりますからねぇ…」
「ちょっとデュラルまで!」
…状況を整理してみよう。
1. そもそもこういう弄り役はメガネの仕事ではないか?
2. 先生はなんの理由でそのようなカッコをさせられているのか?
3. 外見的な加齢が遅くなるってどういうことか?
「あのー…なんでこんなことになっているんでしょうか」
疑問があったら即調べたり聞いたりってのは研究者にとって大切な資質である。
「ぼくもいまいち分かってないんですが」
「教授はそのままでもいいですけど」
「なんでです!?」
チェイン先輩、これは一体どういうことなんでしょう。
「あのーチェイン先輩、コレって一体…」
「いゃつぱり先生かわいい!かわいい!!」
ロザリィ先生は羞恥の感情でプルプルと小刻みに震え、チェイン先輩はこれまで見たことがないレベルでテンション上がっている。
「ってシュヴァリエさん、見てよ先生かわいいでしょ!」
「た、確かに」
外見的なことだけいうと下手したら20歳以下といっても通る先生である。確かにかわいいことはかわいい。一部のパーツが凶暴ではあるが。
「チェインさん、ちょっと胸がキツいんだけど…」
「でも先生、胸抑えないとちょっと…」
「違う格好にしたらいいんじゃないですか?」
「わかってないなぁ教授は…」
いやだからかわいいのは良いんだけど、何がどうしてこうなったのかがわからない。
「なんで先生こんなカッコしてるんですか?」
「まぁ元はといえば、いくら休日出るのも当たり前の研究室でも、お祭り位ちょっと見に行ってもいいかなぁって先任教授が昔言ったんですよね」
「そうすると、当時の研究室メンバーはみんな賛成」
「それでまぁそのうち、研究室メンバーが学祭に駆り出される羽目になった、とこういうわけです」
先任教授、ノリが良すぎではないか。いやむしろ、教授を含めた研究室のメンバー全員か、ノリがいいのは。
「で、今年はなんか大破壊前にあった『Halloween』なる行事をマネてみるという呪文学部の古代研の人らの話を聞いてね」
「なんでも『Halloween』では怪物と闘うための衣装をまとったらしいんですよ」
…そんな行事なのか。古代人も大変だと思うが、彼らは一体何と戦っていたのか。
「闘うための衣装の1つが『魔法少女』だそうでね。怪物と闘うための正装だそうよ」
「…ってわたしオバさんになってるんだから『魔法少女』なんてとてもムリ!若い子に勝てるわけないでしょ!」
…今更お前は何を言っているんだ。着る前に言おう、な。
「それでなんで先生を『魔法少女』に?」
「私の趣味」
チェイン先輩、誇らしげに言わないで下さい。
「チェイン先輩は真面目だと思っていたのに…」
「いや、研究では真面目な学生だと思いますよ。ただ…」
「…趣味は自由だけど人にも押し付けるの、やめてほしい」
しみじみと言わないで下さい先生。
---
学院祭ってヤツにこれまで行ったことがなかったのだが、経済学部の皆さんが模擬店と言う名のリアルな経済学に励んでおられる。…なんか教授クラスっぽい人達までいるぞ、大丈夫かホウライ。
「時給単価高そうな出店ね」
フランシス先生も呆れ顔である。
「ですね。さて、ぼくたちは考古学研の手伝いですか」
「それにしても教授…」
教授はオークの衣装(顔以外肉じゅばん)をしている。なんだかなぁ…
「怪物と闘う衣装以外に、怪物のフリしてやり過ごすという方法もあったとか。ま、たまにはいいのではないかと思うんですけど、ぼく」
「いやそこじゃなくて…」
自分はと言うと、自前のアーマー持ってきて女騎士のカッコ?である。
「なんで私だけコレなのよ!」
フランシス先生の気持ちもわからなくはないが、犬にでも噛まれたと思って諦めよう、な。
「教授やシュヴァリエさんはこっちのが似合ってますし」
「他のはなかったの他のは!」
「あとはそうですねー、サッキュバスとか…」
「…ごめん魔法少女でいいや」
チェイン先輩、何故そこでその名前を。アレそういえばメガネは?
「先生たち遅い…ってフランシス先生それ」
半笑いのメガネが考古学研で待っていた。メガネは古代の「巫女さん」とか言うののカッコしているようである。
「…何故笑う」
フランシス先生怖い。
「いや…似合いすぎてて…すいません」
「全く…」
「それで、ぼくたちは何をすればいいんでしょう」
「まずはチラシでも配ってくださいとの話ですよ」
ふむ。まぁ基本ではあるか。
「で、考古学研の皆さんはってうわあ!」
教授が突拍子も無い声を出す。
「おや、ヘリオス教授」
馬頭の男と妙な鎧?を着た男が現れた。誰だこいつら。
「考古学研のシュペーリマン教授」
「どっちが?」
「…古代の変身ヒーローの方」
そのフルプレート、へんしんひーろーっていうのか…古代人のセンスは(ある意味で)すごい。
「ぼくがびっくりするのもなんですがなんなんですかその頭」
「あ、これは着ぐるみなんで」
「…ですよねー…そんな種族いたらびっくりですよ」
馬頭の種族なんて聞いたこともない。いてたまるかそんなもの…といいたいが教授だって豚頭といえるし…うーん…
「いるよ」
変身ヒーローがとんでもないことを言い出す。
「…えぇ?」
「中つ国の先の国に、大昔、馬の特性を組み込んだ種族がいるって。ウチの学部にも留学生きてる」
「…道理でホウライがぼくを受け入れてくれたわけだ…」
ホウライ、カオスすぎではないだろうか。馬頭の人までいるんじゃオークくらい普通ってことか。蔡都でも見たことがないが…
---
さて古代研のチラシを配っていると、見知った顔が現れた。
「嬢ちゃん!なんだい女騎士のカッコかい!」
「カーク船長!お久しぶりです。どうしてここに」
「学祭なんて楽しそうなんでな。嫁と来てみたんだ」
カーク船長の奥さんが後ろにいる。
「はじめまして」
「どうも」
カーク船長の奥さんが何かに気がついたようだ。
「あれ?あなた…女騎士って…」
「いや見た目だけだろ?」
「でも確か…」
「それより色々回ろうぜ、それじゃな」
どうやら船長の奥さんは自分があの紛争の『女騎士』だって気がついたのだろう。船長、とうとう気がつかなかったのか。…二人は出店の方に食べ物を買いに行ったようだ。
「…チラシ、受け取ってもらえないですね…」
教授が哀しそうな表情でこちらに来た。
「まさか本当にオークと思われているのか。いやぼくオークですけど」
教授、アイデンティティが何者かになってます。
「わたしが配るから半分渡して」
「ロザリィ…」
みるとフランシス先生(魔法少女)、まだ自分も配り終わってないのにチラシを配りおわっている。
「すいません、不甲斐ないオークで」
「そんな大げさな」
「別のカッコすれば良かったのでは?」
自分もそうかもしれないな。女騎士もイマイチウケが悪いような気もするが、魔法少女はちょっとキツい。
「…ぼくも魔法少女にでもなればよかったのか」
「…デュラル、そっちは崖よ」
二人の漫才を見ながら、引き続きチラシを配ることにした。そういえばチェイン先輩は?
「ふー。チラシ配り終わりました。アレ、先生たちまだ終わってないですか」
なんでこんなトコに『聖女』が?教授たちが身構え…
「ってチェインさん?なにその『聖女』みたいなカッコ」
「これは古代の『修道女』って人たちのカッコです」
「焦ったぁ。全力で逃げないとまずいと思ったから…」
「アレ、もう逃げなくてもよくなったのでは?」
「そうでした」
チェイン先輩、紛らわしいかっこしないでください。古代の対怪物戦闘装束らしいけど…自分もそういうカッコにすれば良かったな。
---
チラシを配り終わり、古代研に戻ると人だかりができている。なんか本が飛ぶように売れている。本を売ってるのは変身ヒーローだ。
「おやみなさん。ご協力助かりました」
「凄い人気ですね」
「大破壊の前の文化についての研究、『天空の棺』経由で色々わかって、部分的には現代以上に進んだ文化があったことが判明したわけで。今世界は空前の『古代史ブーム』ですね。つまり私の時代が…ククっ…クククク」
おい変身ヒーロー、闇堕ちしかかってるぞ。
「でも本当に大破壊の前に本当にこんな文化があったの?少なくとも大破壊前には魔法なんてなかったはずでしょ」
魔法少女がアイデンティティを否定する発言をしている。
「古代の遺跡の図で、奇跡的に残っているものから判断すると、格好に関しては間違いなくしていたと考えられます。魔物がいたのか、戦ったのかはわからないです」
馬がそんなことをいいだす。
「まさか大破壊の原因って…」
「…古代史の研究において問題なのは、古代の人々が創作大好きだったことなのですよ」
「創作」
「史実と言われているものがどこまで正しいかわからないですね。古代には歴史修正なる発想もあったようです。そのために歴史的な資料を焼き払ったり捏造したり…」
真面目なことを言われても変身ヒーローなので説得力が半減以下である。
「あれ?そういえば教授は?」
「おかしいわね、くる時までいたんだけど。連絡してみる」
フランシス先生が教授に連絡しようとした。
「私よ。うん。…えぇっ!?捕まってる!?」
「なんだってぇ!!!」
一同、衝撃の事態である。
----
警備室で教授は肉じゅばんを脱いで、普通にシャツとズボンのカッコになっていた。
「いったい何がどうしてこうなったのか、ぼくにはわけがわからないです」
「すいません、ちゃんとした服着てて、顔もきれいにしてたら僕らもそんなことしないんですけど…」
「…いや、本当はみなさんの気持ちもわかりますよ。警備してて半裸のボサボサの服着てるヤツがきたら…」
そりゃ人間だろうとオークだろうと捕まると思う。
「でもぼくの顔忘れちゃったんですか?」
「忘れてないですけど、メイクで別人、いや別オークじゃないですか!」
警備員さんには同情しかできない。
「…来年以降は絶対別のカッコにします」
「できたらわかるように身分証とか首から下げておいてください」
「…そうすればよかった」
「そもそも来年以降もやるの、仮装?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます