講義第三回 「たまに思うんですよ、魔法生物を作ったのは誰だよって」
「まずはフィールドワークです。野生の魔法生物を捕まえないといけません。もっとも捕まえると言っても、ちょっと血を貰ったらゴメンねーって自然に返したりするんですが」
「本当にいろんなところに行くのよ…山や森に、川や海、西の砂漠に行ったこともあるわ…」
「西の砂漠!?あんな所に生物いるんですか?」
海と言ってもいい程の大きさである大西湖から少し離れた土地に、大きな砂漠がある。人は住んでいないとは聞いているが…
「あそこの生物は乾燥に耐える仕組みがある上に、魔法で水分を集めるの」
「もっと他の土地に住めばいいんじゃないんですか?」
「生存競争が激しいんですよ。特に魔法生物が席巻しているこの世界では…」
魔法生物は普通の生物よりも数は少ないものの、普通の生物ではできないことを平気でやれる、ということなのだろうか。大型の魔法生物である場合、かなり広大な土地を縄張りとしていることも多い。必然的に縄張りを確保できない魔法生物が、環境の厳しい土地に住まわざるをえなくなる。
「人し…いや、『大破壊』以後の世界の環境は魔法生物はもちろん多くの生物にとっても大変なものだったと思いますよ。『大破壊』で地球上の大型生物の75パーセントが絶滅したとの話すらあります」
大破壊の際に一体何があったのか、私たちには殆んど知らされていない。
「今のところぼくが知る限り、魔法生物は大きく分けて700種類程度しかいません。新種の魔法生物探しも仕事なんですが、シュヴァリエさん、新種の魔法生物が最後に発見されたのいつだと思います?」
「うーん…数年前とかですか?」
「300年前」
フランシス先生が投げやりに机に体を投げ出しながらつぶやく。
「つ、ま、り、新種発見という点では私たちのやってることまーったく無駄なのよねー…ははっ…」
乾いた笑いをフランシス先生が発する。
「そこでやさぐれてるロ…フランシスくんは置いといて話を続けましょう。そういうわけで、新種魔法生物はまぁ見つけられないんですが、魔法生物と生物の類似性から魔法生物の『原種』を見つけることができます」
「教授はある時を境に、生物が魔法生物に『なった』んじゃないかと考えているみたい。なったとするなら、一種の進化と言えるわね」
フランシス先生、テーブルの上に載せられるサイズなのか…人のコンプレックスを…
「それにしても、何が原因でいろいろな生物が魔法を使えるように?」
「うちの学長が最初『水平伝播』を原因だと考えていたみたいです。ところが実際には魔法因子のサイズは水平伝播では考えにくいサイズですね」
「すいません、水平伝播って何でしょうか?」
「水平伝播というのはある生物の遺伝子が他の生物に移動しちゃうことよ。そうあることじゃないんだけどね」
「virusやbacteria由来のものは人間にもあるらしいです。人類と病原体の闘いの歴史が遺伝子に刻まれているんですよ」
知らなかった…人間の歴史は闘いの歴史というが、遺伝子レベルでも闘いの歴史だったとは…。
「次に考えられるのが、魔法生物を生み出す因子を持つ微生物との共生です。人間を始めとした殆んどの真核生物には『mitochondria』と呼ばれる存在があり、これによって非常に多くのエネルギーを得られています。これははるか昔に真核生物と共生した生物の可能性が高いのです。実のところ、魔法生物のmitochondriaには複数の種類が存在するんですよ」
「だったら魔法生物はその微生物によってなったと?」
「ところがそれだけじゃないのよ」
「え?」
「魔法生物からmitochondriaを取り出して、他の生物に移植する実験、軒並み失敗してるのよね」
どういうことだろうか?
「魔法生物のmitochondriaは魔法生物でしか存在できないようなんですよ。魔法生物のgenomeと魔法生物にしかない特殊なmitochondriaが揃ってはじめて魔法生物になれるみたいですね」
「なるほど…」
「これは非常に妙なんですよ。魔法生物のmitochondriaが真核生物に取り込まれ、その機能を使える遺伝子ができたという現象がはるか昔に起こったならば、魔法生物はもっと多種多様でないといけないんです。ところが実際には魔法生物はごくごく僅かな存在です」
「変なのはそれだけじゃないわ」
何が変なのか何が変でないのがさっぱりわからない。
「大破壊以前の地層に、魔法生物の骨は一切存在しません。このことは魔法生物が大破壊以後に発生したことを示唆しています」
「わからない?」
フランシス先生が物分りが悪い学生に教える時の顔をしている。そんなこと言われてもなぁ、とは思うのだが。
「うーんと、たった数万年の間に生まれた魔法生物どうしには、種の違いがありすぎるのに、その魔法を使う仕組みは複雑、おまけに魔法生物になるきっかけもないと?」
「ざっとまとめるとそういうことになるわね」
「だからね、ぼくは」
オーク教授、急に真顔になる。
「たまに思うんですよ、魔法生物を作ったのは誰だよって」
魔法生物を、作る?ダメだこの豚やっぱりぶっ飛びすぎている。でも、ここまで教授の提示した話が真実であるなら、魔法の由来はあながち否定できることではない。つまり人類や各種生物は魔法生物に「自然となった」のではなく「させられた」可能性が高い。問題は、誰に?ってことだ。
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「あれ、そういえばうちの子たち今日はまだ来てないのはなんででしょうか」
「…昨日のフィールドワークの疲れがまだ残ってるんじゃないですか?」
「えー、そこまでハードじゃないと思うんですけど…」
「ヘリオス教授は!もう少し!女の子に優しくすべきだと思います!!」
フランシス先生もなんだかんだで大変そうだ。
「ちょっとヘキサゴン山系まで行って来ただけですよ。あの山せいぜい1000メートルないですし」
確かにヘキサゴン山系ならばそれ程ハードな山登りってわけでもない。それは女だからと甘やかしすぎなのではないか。
「ヘキサゴン山系なら、私も訓練で登ったが、普段の行軍訓練からしたらハイキング感覚だったな」
「でしょう」
「…ってあなたは軍の人だったんでしょ!一般市民と同じにしない!」
一般市民でもあの程度ならハイキングに毛の生えたようなものだと思うが…あまり反論するとめんどくさいことになりそうなので我慢しよう。
「…フランシスくん、もうちょっとフィールドワークにも興味持ってもらいたいなぁ…我々の資金源の魔力収集の仕事もあるんだから…」
「仕事はちゃんとやってますよ!教授が急に野生に還るから!!」
「…はいはい、そこは後で話しましょうか」
野生に還るってどーいうことですか教授。いやまあそちらの方が何となくオークっぽいが、軍の連中見てたらオークでなくても男なんてそんなもんじゃないかと私は思う。自然を見たら子供みたいにはしゃぐ部分が、男って存在にはあるように思える。それを見てバカっぽいと思うかカワイイと思うかは個人差があるだろうが。
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「さて、話がまた脱線しましたがこうやってサンプルを回収したら次は遺伝子を調べます」
「ここからは私が説明するわ」
一見すると第六位階の高位魔術技師とは到底思えないが、レジュメから判断する限り彼女はこの学内でも五本の指に入る高位魔術を行使できることになる。第六位階ともなると、古代技術の一部の再現を自らの身体や魔導具を組み合わせて行えるともいう。
「わからないことがあったらどんどん聞くのよ。配属されたばかりの学生がわからないことがあるのは当たり前なんだから」
フランシス先生が先生の顔になってきた。無論普通に教えようってつもりがあるのだろうけど、どことなく自分のが偉いんだぞアピールを感じる。童顔でバカにされたりするんだろうか。ちょっとめんどくさい。
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