講義第四回 「遺伝子なんて文字列だから解析簡単?だったら自分で解析してよ!」
「フィールドワークで回収したサンプルから遺伝子を構成してるDNAを取り出すんだけど、結構いろいろ薬品がいるのよ。基本酒精で分離することなんだけど」
「合成酒精は高価なんですよ…なんで火酒を使ってますね。通常の分離ではこれでも十分かなぁ」
「むしろ最近だと酒精なしの精製をした方がいいなんて話もあるわね。目的によっては」
何となくフランシス先生が元気になってきた。
「遺伝子から精製したDNAを増幅するのに使うのが水属性などの回復魔法ね。かなり特殊な回復魔法を使ってるわ。一歩間違うと毒にもなるけど…」
「回復魔法…」
分子に回復魔法って効くんだ…どういうメカニズムかわからないけど、一歩間違うと毒とか意味がわからない。
「増幅したDNAですが、錬金術系の加水分解で、DNAを単分子化して微小魔力検知管内を通して魔力変動を見るってのが最近流行ってるやり方なんですよね。ぼくみたいな火と風属性もちは、わりとこの方法使うのが主流ですね」
…そもそも教授、人じゃないじゃないですか。普通の人っていうのは普通の「研究者」のことだろうけど…
「せいぜい数百単位しか把握できないんですよね。この方法じゃ。これでもいい方ではあるんですが…」
「…人によっては1万単位読めた!なんて人もいたけど、詐欺で捕まったわね」
「そこで普通にやらない方法が開発されたんですが…DNAを増やすenzymeの情報ってのが『天空の棺』に登録されてましてね…ほかにも恐ろしいというか素晴らしいというか…」
「問題なのは今度は光魔法使えないといけないのよ。光魔法適正ある子なんて殆どいないし」
「うちにはフランシス先生がいてくれたんで幸いでしたけどね」
…ダメだもう全く理解できない。魔力検知で遺伝子を読むって発想がおかしいし、さらに光魔法で遺伝子読む!?いったいどこからそんな発想が湧いてくるのか。
「シュヴァリエさんは第4位階でしたっけ」
「は、はい。火属性だけですけど」
「火属性か…女の子で火属性得意ってあんまりいないのよね。物秘学だと重宝されるんだけど…」
「属性としたい研究ってあんまり一致しないんですよね」
教授は何をしたかったのだろう…。
「教授と先生の魔法の主属性は何なんですか?」
「ぼく火、風の第五位階までと、土の第三位階は使えるんですよ。でも多分これ以上伸ばすのは無理っぽいですねー」
「私は光属性第六位階以外に水属性が第五位階、他属性は全部第二位階だけど…」
「先生たち化け物ですか」
素直な感想である。サラッと三属性使えるとかこの若さで第六位階とか…研究の世界ってそれが当たり前なのだろうか?教授がオークだってこと以上に驚くことがあるとは思わなかった…
「まぁそんなわけで、二人だと大体の属性カバーできるんで使えない魔道具ないのはありがたいですよ」
「どちらかが使えるわけだからね。教授の魔法は分子量測ったりするのには必須よ」
「風属性は質量分析には欠かせませんからね」
「火属性も色々と役には立つと思うけど、他の系統も出来ればカバーしてくれると嬉しいわね」
とりあえず自分の目標は、さしあたっては風か土属性の位階上げといったところだろうか。もちろん基礎的な生物の知識もないから学んでいかないといけない。先が思いやられる。
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「いずれにしろ色々な方法で集めた遺伝子情報を、まずはこれに記録するの」
そう言うとフランシス先生が透明な八面体を取り出した。中にさらに小さな八面体が含まれているようだが…
「先生、これは…」
「記録結晶。ここに光魔法で遺伝子情報を書き込むのよ。光魔法で書き出しを行うこともできるの」
光魔法ってなんでもありなのか?光で遺伝子読んで記録結晶に書き出し?…逆に言うと光魔法が使えないとアウト?
「記録結晶の情報を取り出してもらい、他の生物と比較するために『天空の棺』とアクセスしてデータを送る…これは天気がいい時でないとムリなの」
「どうしてですか?」
「通信速度をなるべく上げるため光魔法による超高速通信が必須なの。うちの大学では学長含め五人しか光魔法通信は使えないわ」
「光魔法以外の通信もできることはできますね。もっと速度は遅くなりますが、フランシスくんが手が離せない時は僕も通信してます」
「幾つかの生物の遺伝子の記録結晶も用意はしてあるの。処理能力の関係で並列演算魔法だけは私達二人同時でないと実行できないのが悩みどころね」
「『神殿』を用いた演算処理をやってる大学もあるようなんですが、うちは『神殿』とあまりうまくいってないんで…主にぼくのせいで…」
どうもオーク教授は過去に『神殿』とトラブってたようだ。
「デ…あれはヘリオス教授のせいではないって言ってるのに、もう…学長や蔡皇陛下だって教授が」
蔡皇陛下?なんでそんな雲の上の人が出てくるのか?
「あっと、陛下も生物の研究を行われているのは知ってる?」
「?いえ」
「結構有名なハズなんだけどなぁ…」
「まぁ専門分野違ったら知らないこともあるのは仕方ないですよ」
「でも東宮殿下も遺伝子研究をされているわ」
「そうでしたねー」
どうも自分は、まだまだこの学問の世界のことを知らないようだ。もっともこれは学問という話でもないような気がするが。
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「話がズレましたね。ともかくこのようにしてぼくたちは遺伝子を比較したりしているわけです」
「大事なのはここからなんだけどね。塩基配列を決定するために文字列化したデータを繋いだり並べたり…そのための魔法を持ち出すのは厳禁なのよ。『神殿』の秘術なんだって…」
「…もっともその秘術って、『天空の棺』に同じものあったことがわかりましてね…」
なんだかなぁ…『神殿』の人達って何なんだろう…
「配列解析の為、魔道具揃えて並列演算魔法を『召喚』して…苦労はしたけどこれでやっとこ『東方学院』にちょっとは追いつけたわけ」
「ぼくのせいもあるんですが、そもそも『神殿』と仲が悪すぎなんですよここホウライは…こうまでこじれると大変です」
「でも教授」
1つ疑問が湧いた。実際には山のように疑問があるのだが、それはさておき。一番気になっていることというのはだ。
「『神殿』からの魔力供給なしでは魔導具は使えないのでは?ここの大量の魔導具はどこから魔力を?」
「…無人の『神殿』を動かすことができる、と言ったら?」
『神殿』は聖女なしでは動くはずがないと思うのだけど、一体何を言い出すのかこの豚は。
「といっても魔力供給、だけに限定すればの話よ。情報制御なんてできないわ。とはいえ魔力供給なら普通の『神殿』並みに行えるので、それを国に卸してるのよ。ここの学費安いでしょ」
そういう裏があったのか…確かに貴族でなくても十分に安い学費のホウライ学院なら払えるし、ホウライ学院は一般市民の出身も多いと聞く。
「ある程度なら情報制御って魔法でできるんですよねー。東方は『神殿』複数で情報制御やってるみたいなんですが…」
「『神殿』抜きの情報制御、結構大変よ…それなのに…あの教授たちときたら…こっちの身にもなってよ!!」
フランシス先生が急に声を荒げる。先生落ち着いてください。
「遺伝子なんて出たデータは文字列だから解析簡単?だったら自分で解析してよ!」
「…ごもっとも。まぁぼくらも負い目があるんでついつい頼まれたらやっちゃうんですよねー」
「おまけに、こんなもの解析してもjunkだろってものまで解析させられて…実験やる前に相談しなさい!!」
相当ストレス溜まってるんだろうなぁフランシス先生。ガラナがぶ飲みしてるフランシス先生に、軽く溜息をつきながらオーク教授が諭すように言う。
「…それ、フィッツ教授の台詞…まぁ実験系の研究者のみなさんはフィッツ教授を見習ってほしいものです」
「…私生活は見習わなくていいけどね。あの人、何であんなに…」
一体何のことだろう。とりあえず聞いてみる。
「フィッツ教授って、生物学科の?」
「ええ。フィッツ教授は生物を群集数秘術的に解析し、そこから良い形質を交配で引き継ごうとしてるんですよ」
「…問題なのは、それを自分たちの身体でやってるってこと」
「自分たち?」
「…フィッツ教授の、お子さんたちです…」
「そんなんでついたあだ名が『真のオーク教授』『群集数秘術のグレートファーザー』」
「…オークって別に子だくさんじゃないんですが…」
オーク教授が額に手をやる。…オークが豚並みに子供作ったら人類は滅亡した上オークも滅亡する気がする。
「子だくさんって、何人くらい…」
「12人」
「12人」
形質を引き継がせる人体実験って…魔術などで引き継がせないんだ…
「さらに研究費の名目で子供たちの生活費を計上しようとして問題になりましてね」
なるに決まってるだろ…群集数秘術ではトップの業績かもしれないが、人間としてはボトムですフィッツ教授。
「彼との共同研究自体は楽なんでありがたいですし、他の研究も手伝ってもらってるんであまり悪くは言えないんですけどね」
「…でもウチの研究費、かなりフィッツ教授に出してるのよ。よくてトントン、下手したら私たちがフィッツ教授の子供たちの養育費払ってるわ!」
「…それは言わない約束でしょう」
「そもそも『勇者形質の継承による人類進化』って…一体何と闘うつもりよ!」
「継承できるというのなら普通に『魔族』相手では?」
「そんなんで魔族どうにかできるならとっくに成功してない!?」
フィッツ教授も大概な研究をしているかもしれないが、それで勇者形質が引き継げるのなら人類の未来は明るい、かもしれない。
「遺伝学の研究は、確かに『天空の棺』の解析以降は爆発的に進みましたが、それでもぼくらの知ってることは僅かです。形質の継承の研究が成功すること自体は悪いことではないとぼくは思います」
「それはそうだけど」
フランシス先生が何故かこちらを横目につぶやいた。
「研究材料にされてる奥さんや子供たちはかわいそうだし、無責任よ」
「…」
無責任よ、のところでフランシス先生がオーク教授を睨む。オーク教授、急に黙り込んでしまった。この二人の関係、よくわからない。
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