講義第五回 「そう思っていた頃が、私たちにもあったなぁ」

「おはようございまーす、っておや?」


 メガネ女子とショートボブ女子がやってきた。どうやらここの先輩のようだ。


「新しく配属された学生?」

「うわーわかーい」


 わかーい、ってどういう感想だ。先輩達も、フランシス先生ですらそんなに自分と変わらないだろ。


「よろしくお願いします、レイチェル・シュヴァリエです」

「…シュヴァリエ?ってあの?」

「えーもしかして『女騎士』?うっそ超有名人じゃない」

「先輩命令、サインください」


 …どんな先輩命令だ。教授が苦労してるのがよーーーくわかった。


「…って教授、フランシス先生?」

「あぁ、おはよう」

「…おはよう」


 フランシス先生、まだ若干不機嫌な模様。教授はというと、申し訳なさそうな顔をしているが…


「あー…フランシス先生、そんな顔してたらダメだよー」

「…顔は生まれつきです」


 うわめんどくさ。そういう感想が出るあたり、どうも自分は女子より男子よりかもしれない。


「なになに夫婦喧嘩?」

「「夫婦喧嘩じゃないです!」」


 教授とフランシス先生、ぴったりとハモっている。先生達実は夫婦なのではないか?それは冗談だが…いや…


「…ったく…デュラルは…」


小声で名前呼びしてるのに気がつく。…時々名前呼びしてるんだよなぁ。


パンパン。


 教授が手を叩く。


「それはともかく、二人とも自己紹介して下さい。これから後輩になるんだから…」

「はい教授」

「まぁそうよね」


 ショートボブの先輩の方が右手を差し出しつつ


「わたしはマーサ・チェインっていうの。この研究室には3年いるわ。よろしくね」


 と普通の自己紹介。こちらの先輩はまだめんどくさくなさそうである。私は彼女と握手した。


「よろしくお願いします。勉強不足なのでわからないことが多いと思いますので、ご指導していただきたいです」

「硬いなあ…」


 その返答にもう一人のメガネっ子、面倒くさそうな発言をする。間違いない、こいつは問題児だ(他のメンバーは問題児でないとは言わない)


「わたしはクレア・ロワイエ。この研究室には2年いるわ。よろしくね。あとサインもよろしく」

「は、はぁ…」

「ちょっと、わたしの時だけそれは無いんじゃない?」

「すいません、よろしくお願いします…」

「わかればよろしい」


 …本当にめんどくさいなこのメガネ。オーク教授が頭抱えるのもよくわかる。実際頭抱えてはないけど溜息ついてるのを私は見逃していない。


-


「で、チェイン先輩とロワイエ先輩はどういう研究をされてるんでしょう?」

「私はまだ2年だから今テーマの検討中なんだ。『神殿』の何かテーマにしたいんだけど」

「やめてくださいぼくの胃が死んでしまいます」

「『神殿』生物仮説の後継者がそれを言ったらおしまいでしょ」


 フランシス先生、まだちょっと根に持ってるな…。早く仲直りして欲しいと思ってたら、


「フランシス先生と教授の夜の作業、進んでます?」


 …夜の作業?何言ってんだこのメガネ。教授とフランシス先生が一瞬だけギョッとした顔をする。


「…フランシスくんの論文が遅れ気味なんで、ぼくが手伝ってんですよ」


 ちょっとの沈黙のあと教授が答える。


「でもなんで夜の作業なんですか?」


 …さすがに夜である理由が理解できない。


「昼間は解析の仕事を生物学科や魔法生物学科から振られてるから、なかなか論文書けないのよ」

「論文出さないと困るんですけどねぇ。生物学科の先生達、ちゃんとフランシスくんを著者に入れてくれないと僕も困る。魔研費とか持ってかれてるのは…」

「…それより自分の論文書く時間がないのが…」

「フランシスくんは論文書くのあまり得意じゃないですからねぇ」

「教授が書くの速すぎなんですよ!ていうか夜ちゃんと寝てます!?」


 フランシス先生…まぁ人には得意分野があるからしょうがないとはいえ…


「いや、テンプレート用意してデータはめ込みしたら大体…今は似たようなこと複数やってますから…」


 何故かズルいなぁと思うんだが、それでいいのか?水増しとまでは言わないが…


「…テンプレート、私が使うわけにはいかないしなぁ…」

「そこは上手くやってくださいね。魔研費とかの獲得にも影響してくるんで」

「…ふぅん」


 おいメガネちょっと待ってみようか。どうやらこの研究室の闇その三くらいはこの二人の関係のようだ。…そりゃ男と女なら関係もあるかもしれないが…でもオークと女とは…。


「では、チェイン先輩は」

「私は魔法生物mitochondriaと魔法生物genomeで関係する部位の研究をテーマにしてるわ」

「あー…正統派ですね」

「まだどうやって対応付けるか悩んでるところなんだけどね」

「普通に考えたらprotein interactionでいいんじゃないかな」


 フランシス先生の意見を聞いた途端、オーク教授がフランシス先生を見る目が若干怖くなる。


「…魔法生物mitochondriaのことを考えると、capacitor構造には触れないといけませんし、ブルーブラッド、金属系についても考える必要ありますよ」

「でもデ…ヘリオス教授、優先度から言ったらprotein interactionを」

「…普通の生物なら、protein interactionやenzyme interactionから追っかけるのが当然なんですが…魔力の流れがありますからね魔法生物には」

「それでも普通の魔法生物はあくまで生物よ。central dogmaから解き放たれているわけでもないし」

「…と、いう具合に教授とフランシス先生でも意見が割れてて…」


 チェイン先輩が肩を竦めてるのをみて、二人が顔を見合わせる。バツの悪そうな顔をしてオーク教授がいう。


「…あぁ、これはさておき、一番いいのは両方やることなんですけどね、一人で両方ってキツいんじゃないかと思うんですよ」

「そうね、あとはどちらから攻めればいいかってことなんだけど…これは正解ってないかもしれないわ」


 研究テーマを決めるというのは、なかなか大変である。しかし先生達古代語使いすぎで一部意味が理解できない。


「さて、では自己紹介も済んだことですし、輪読会を始めさせてもらいますね。夕方に来週のフィールドワークの話を」


とのたまう教授だが、なんだか嬉しそうな顔をしている。


「あー…春の訪れと共に『森の精霊』と『お話し』しないといけないのよね」

「お話し」

「そう、お話し。『森の精霊』から魔力をどの程度もらうかの交渉なのよ」

「もらう代わりに『森の精霊』が十分に生育できる場所を確保しないと…『グレイグー』をそこに運ぶのがまた大変なんですよ…」


 今日一日で知らない単語出すぎだろうと言いたくなる。


「知らない単語がこんなに出てきて、自分やっていけるか不安です」


 そりゃ本音も漏らしたくなる。


「大丈夫大丈夫、私でもなんとかなってるんだから」


 メガネの発言に、教授とフランシス先生の目が訴えている。『なってないなってない』と。


「クレアはともかく、実際不安なのはわかるわ」


 チェイン先輩もメガネのことそう思ってるんだな…


「でもね、研究なんだからわからないことはあって当たり前。やってみて初めてわかることもあるの」

「そうですね。何事も、挑戦ってことで」


 教授がまとめようとしたら、メガネが


「そう思っていた頃が、私たちにもあったなぁ…」


 …本当にロクでもないなこのメガネ。


「…なんでそういう後輩の心を折ろうとするようなことを…」


 そういうフランシス先生、あなたと教授はナチュラルに私の心を折ってるんでるがそれはいいんですか。

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